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手塚君は、とても真面目な人だ。理知的で聡明で、賢い。けれど、同時にとても不器用で、口下手な人でもある。

そんな手塚君の全てを、私は好きになった。

「手塚君は、私のどこを好きになったのかな?」

突拍子もない私の質問に、手塚君は切れ長の目を数回瞬かせた。シャープな眼鏡のその奥にある瞳は色素が薄く、透き通っている。

「何故、そんなことを訊く」
「私が手塚君を好きになった理由は無限にあるけど、手塚君はどうしてなのかなって不思議に思っただけ」

私は不細工と言われる程ではないが、手塚君に見合うほどの美人ではない。最低限の常識やマナーは備えているけれど、真面目で面白みのない人間で、性格も胸を張って良いとは言えなかった。
それでも、手塚君と交際を始めてもう1年を過ぎる。愛されている自覚もある。それだけで満足過ぎるほどに満足ではある。そこに理由を求めてしまうのは愚かだろうか。

「みょうじは、同じ質問を俺にされたらすぐに答えられるのか」
「手塚君の好きなところ?冷静沈着なのに、内側に熱いものを持っているところ。真面目でストイックなところ。努力家なところ。頭がいいところ。テニスが上手いところ。低くて透き通る声。色素の薄い髪と瞳。シャープな輪郭や細い鼻梁。細いのに薄っすらと割れた腹筋。アキレス腱がくっきりな足首。伸びた背筋と背骨。きゅっと締まったウエスト。太ももの内側のホクロ。耳と首筋が弱いと」
「待て。もういい」

私が早口にまくし立て、軌道に乗ってきたタイミングで手塚君は制止する。

「どうして?まだまだあるのに」

手塚君の傍に寄り、その首筋に唇を寄せる。清潔感のある石鹸の香りがした。

どうしてだろう。
手塚君は禁欲的で潔癖な雰囲気があって、こんなに健全な石鹸の香りなのに、色っぽく感じてしまう。

目の前の首筋に軽く舌を這わせると、触れている手塚君の身体が強張るのがわかる。

「っ、待て。話の途中だろう」
「あれ、嫌だった?」

話しながら、私は手塚君のシャツのボタンを上から2つほど外す。いつ見ても華奢なのに男らしく美しい鎖骨が覗き、胸の鼓動がグッと速さを増す。

「そうじゃない。まだ…みょうじの好きな部分を、俺が答えられていない」

そう言って、手塚君は私の肩を掴んで少し引き離す。けれどその手には力はほとんど込められていなくて、手塚君が本当に嫌がっていないことが伝わってくる。そしてその反応に、私は毎回安堵するのだ。

「別にいいよ?なんとなく聞いて見ただけだし、手塚君が私を大切に思ってくれてることは伝わってるから」
「駄目だ。お前にあれほどスラスラと答えられて、俺が答えない訳にはいかない」
「真面目だね」
「悪かったな」
「悪くない。真面目なところ、大好きだもん」

そう言うと、手塚君は親しい人にしかわからないくらいの微笑を浮かべる。冷たい手塚君の表情もドキドキするけど、この笑顔も心臓に悪い。
そんな手塚君に見惚れていると、私は背中と、その次に視界に写る景色にも違和感を持った。

「え……?」

視界には手塚君と天井と電気の明かり。背中には床があった。

押し倒されていた。

「そうだな、まずは…」

手塚君は先程私が彼にしたように、首元に顔をうずめて、鼻先で擽るように首に触れてくる。

「ちょ…っと、手塚君?」
「先程のように、女性にしては積極的なお前も、魅力的だな」

喋る度にかかる吐息と、鼻先に擽られる感覚に、体全体に力が入る。

「ああ、その堪えるような表情も良いな」

今度は唇で、首元を啄ばむように弄ばれる。時折聞こえるリップ音に、体温は上がる一方だ。

けれど、いつになく積極的で饒舌な手塚君に違和感がある。

「っ…、て、手塚君っ…」

私が耐え切れずに呼ぶと、耳元でふっと笑う吐息を感じた。

首元から顔を上げた手塚君を見ると、やっぱり少し笑っていて。

「俺の気持ちが、少しは理解できたか?」
「か、からかったね?」
「いつもの仕返しだ。俺ばかりがからかわれていては不公平だろう」
「私は別にからかってないよ。さっき言った手塚君の好きな部分も、全部本当だもん」
「ああ。俺だって嘘はついていない。全て本心だ」

堂々巡りな会話に、お互いに笑う。結局のところ、手塚君も私も、お互いのことが好きなのだ。そんなことは前から知っていたはずなのに、手塚君に魅力的だとかいうらしくない言葉を言われて、私は酷く舞い上がっている。シチュエーションがシチュエーションなだけに、素直に喜んでいいのか疑問ではあるけれど。

「手塚君の冗談は、わかりづらいね」
「別に冗談のつもりはないが」
「あれ、冗談じゃないんだ。じゃぁ続けるの?」
「お前が始めたんだろう。その気だったんじゃないのか?」
「ふふ、そうだったね。じゃぁ、運んでくれる?」
「仕方のないやつだな。捕まっていろ」

私を抱えて移動する手塚君に、私は抱きつく。どうしようもないくらいに大好きで、どれだけの時間を共に過ごしても心臓の音は落ち着いてはくれない。

本当に、どんな魔法をかけられたのか知らないけれど、悔しいくらいに私は彼の虜だ。

結局のところ、手塚君が私のどんなところを好きになってくれたのかはわからない(さっきの理由だけが全てではないと思いたい)。

だから私に出来るのは、手塚君への気持ちを包み隠さずに伝えることだけだ。彼に対して正直であることだけだ。
不器用で口下手な、彼の分まで。

私のどこが好き?
(女の子なら、誰だって知りたいもの)


カウントダウン企画で、リクエストを頂いた109日の手塚です。
それでは、リクエストありがとうございました!
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