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「あー…眠い」

盛大にあくびをする私を、跡部は呆れた顔で一瞥した。

「夜中まで起きてるからだろ。早く寝りゃいいじゃねーか」
「夜中にならないと眠れないの」
「相変わらず寝つき悪いのかよ」
「まぁね」

私は幼い頃から寝つきがすこぶる悪い。ベッドに入ってから、2、3時間眠れないことも珍しくないほどだ。最近は寝不足が続いて体調もあまりすぐれない。
幼馴染で両親が多忙な私たちは、幼い頃はお互いの家に泊まることも珍しくなかったから、跡部もそのことを知っている。

でも。
私の寝つきが悪くなった理由は知らないんだろうな。

「…だめ、ほんとに眠いから保健室で寝てくる。先生にうまく言っといて」
「わかった」

私の寝つきが悪くなったのは、跡部のせいだ。最初は寝つきが悪いんじゃなくて、寝るのが嫌だった。
両親が忙しかったって言ったけど、忙しかったのは親だけじゃない。跡部財閥の跡取りである跡部自身も、子供ながらに多忙だった。習い事に勉強、親と一緒に社交界やパーティに出たり。

だから。夜眠る時は一緒でも、私が起きる頃にはいつも跡部は隣りにいなかった。私はそれが嫌だったんだ。起きる時には跡部がいないことをわかっていたから、跡部と眠る時には寝ることを嫌がった。いつしかそれが癖になってしまい、寝つきが悪くなってしまった。

とどのつまり、私は幼い頃からずっと跡部が好きなのだろう。それは、一緒に眠ることも、お互いの家に泊まることもなくなった今でも変わらない。


「跡部の、せいだ」


授業開始を告げるチャイムの音を聞きながら、無人の保健室のベッドに横になる。何の温もりも持たないベッドは、あまり寝心地は良くなかった。
眠気から目を閉じてみるけれど、眠れそうに無い。


思わずため息をついたとき、保健室の扉が開いた。

「え」
「よう。具合どうだ」

そこには、授業を受けているはずの跡部が立っていた。そして私のいるベッドの傍までやってくる。

「どうして、跡部までここに?」
「あーん?俺様がいちゃ不満なのか?」

そう言って、跡部はベッドの傍にある椅子に腰掛ける。

「そうじゃないけど…」
「なら早く寝ろ。体調良くねえんだろうが」

そう言う跡部が、幼い頃の跡部に重なる。寝るのを嫌がる私を、こうやってぶっきらぼうな口調でたしなめていた。けれど、そこには確かな優しさがあって、私はその優しさに甘えてワガママをたくさん言ったものだ。

「でも…」

「ここにいてやるよ」

「え?」

「起きるまで、いてやる」

跡部は笑うでもなく、怒るでもなく、ただ淡々とそう告げる。視線も私と合わせようとしないから、表情から感情は読み取れない。でも、長い時間を過ごしたから分かる。

これは照れ隠し、だ。

そうわかった瞬間、思わず表情が緩む。

「わかってたの?」
「何が」
「私の、寝つき悪い理由」
「当然だろ。俺様を誰だと思ってる」

相変わらず私を見ようとしない跡部に、思わず少し笑ってしまう。恥ずかしいくせに、それでもいつも私を気にかけてくれる跡部が、好きだった。お互いの家に泊まることがなくなっても、一緒の時間が減っても、変わることの無い距離感が、好きだった。

「さすが跡部。じゃぁ、さすがついでにお願いしていい?」
「何だよ」
「手、握ってて」


昔みたいに。


そう付け加えると、跡部はバツが悪そうに顔を逸らしながら、「ほらよ」と私に手を差し出した。


差し出された手にそっと触れる。

私の知らない内に、跡部のそれは幼さを失っていた。大きくて、骨張っていて、手のひらには肉刺がいくつも出来ていた。それでも、伝わってくる温もりは昔と何も変わらない。愛しくて、大好きで堪らないそれをぎゅっと握る。

跡部の温もりに触れると、不思議と瞼が重くなる。やっぱり、私の寝不足は跡部のせいだ。この暖かさがないと、私は眠れやしない。


「満足したなら、とっとと寝ろ」
「わかった。…ねえ、跡部」
「あーん?」
「ありがと、ね」

返事の代わりに、手に少し力を込めて握り返される。その感覚が心地よくて、安心する。



幼い頃。寝たくないと駄々をこねる私を、困ったように見ながら、私が眠るまで起きていてくれた跡部を思い出す。私より早く起きる跡部は、きっと私より寝不足だったはずだ。それでも跡部は文句一つ言わなかった。

心の中で、ありがとうともう一度繰り返した。そして、目が覚めた時もこの温もりが傍にあることを信じて、意識を手放した。

そして王は、妃の額に口付ける

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