06 アマハラの庭と乙女

最近寮が騒がしい、と思っていたら何やら業者が出入りしているようだ。
雪男が何事かとメフィストに尋ねてみると、鞠亜が燐監視のために寮で暮らすのだという。
その為に一室を鞠亜の使いやすいようにリフォームしているのだとか。
鞠亜からそんな話は聞いたこともなかったため、流石に狼狽えてしまった。

「私は奥村先生を信じていますよ。よい寮生活を送ってください」

あの、どうしようもなく底の知れない笑みを向けられて、雪男は胃が痛むのを感じた。
牽制をする位ならば同じ寮に入れなければ良いものを、なぜ目の前の上司はそんな事をするのだろうか。そこに一体何の考えがあるというのだろう。
色々口出しをしたいところが、したところで何かが覆るわけでもないのだ。
無事に寮生活を送るしかない。

「うわっ、たけぇぇぇ!」

燐の声が響く。

悪魔祓いの依頼のために雪男は仕事に向かう所だったのだが、燐も同行すると聞かなかった。雪男はそれをしぶしぶ了承した。
寮の部屋から用品店の鍵を使い、外へ出ると、そこは寮の廊下ではない。
学園町のどことも知れない塔の外へ出た。
目の前には一本橋が続いていて、その先には建物が木々に埋もれるように建てられてあった。

「その鍵ってワープみてーだよな〜」

一本橋を渡りながら、燐は先程来た扉を見遣り呟く。
燐の前を歩いていた雪男は、この世界に疎い兄に説明を始めた。

「この学園は祓魔師……正十字騎士團にとって重要な拠点なんだ。だから理事長フェレス卿の力によって中級以上の悪魔の侵入を防ぐ魔除けや結界・迷路などに守られてる」

鍵はそうした魔除けや結界に干渉されずに学園内を行き来出るようになっているのだ。
祓魔師の称号を与えられれば鍵は必要に応じて支給されていく。この職業に置いて欠かすことのできない道具なのである。

「ふーん……よく解んねーけど、やっぱあのピエロただのピエロじゃねーってことだな」
「じゃあ先に買い物してくるから、兄さんは少し外で待ってて」
「俺は入れねーのか?」
「店には祓魔師以上しか入れない。すぐ終わるから」
「わかったよ」

雪男は店に続く石段を上がるが、途中で立ち止まると燐に顔を向ける。

「勝手にウロチョロしない触らない!」
「行けよ早く!」

再度の注意に燐はムカッとする。

「チッ、雪男のやつ……完全にこの俺をガキ扱いしやがって……! 『ウロチョロしない!』『なにマンガ読んでるの!』ペッ、お母さんかっつーんだよ!!」

そう言われる様な言動を取っているのだから、燐が悪いと言えば悪いのだが。
怒る燐を見ていると思わず笑みがこぼれてしまうのだ。

「燐、また雪男君に怒ってるの?」
「うおっ!? えっ、鞠亜!?」
「鞠亜でーす」

ひょっこり後ろから現れた鞠亜に、燐は吃驚して後ろに飛びのいた。
なぜこんな所にいるのかと思ったが、以前監視がどうのと言っていたのを思い出す。
きっと自分の監視のためにここにいるのだろうと思うと、なんだか渋い顔になってしまう。

「散歩してたらフツマヤに向かう二人見えて来ちゃったよ〜」
「とかいって、俺の監視だろ? どうせ」

拗ねたような、呆れたような調子で言う燐に、鞠亜は目をぱちくりさせた。
おやおや、いつから燐はこんな残念な子になってしまったのだろうか。

「そんなんじゃないけど。んー、それより、二人はどうしてここに?」
「雪男がなんか悪魔祓いの仕事なんだと、あとここに買い物しに来た」
「なるほど、燐は祓魔師じゃないから外でお留守番なんだ〜?」
「なっ、悪かったな! くっそー! 雪男のやついつか『頼むよ兄さ〜ん』とか言わせてやる……!」

唸りながら何やら決意めいたことをいう燐に鞠亜は一人で笑った。
少し言えばいつもの調子に戻るのが燐の良いところだ。
雪男ならこうはいかない。

「あれ、燐? 勝手に動いちゃダメでしょ?」

気が付けば、目の前にいた燐が移動していた。
店に続く坂道とは別に伸びた坂道の先に、燐が興味深げに鉄格子の門の中を覗いていた。
何かあってはいけないと、鞠亜もすぐに燐に駆け寄った。

「うおーすげーキレー」
「フツマヤのお庭だよ。確かおばあさんと“しえみちゃん”が手入れしてたんだよね」

相変わらず綺麗に庭の手入れがされていた。
薬を買いに来ることはそんなにはないが、個人的な付き合いもあり、たまにフツマヤには出入りしていたのだ。
一年振りに来たが、店の女将の娘であるしえみは元気だろうか。

「あ」

庭の奥に視線を向けると、着物の少女が座り込んで庭をいじっているのが見えた。
燐にあの子がしえみであることを話しかけようと視線を向けると、彼も同じようにしえみを見ていた。
食い入るように見るその視線が意外で、鞠亜は燐をそのまま見てしまった。

バキ

変な音が聞こえたと思ったら、燐が痛いと声を上げて手を押さえている。
あっと思ったのも束の間だ。
門が音を立てて倒れてしまった。

「あ、ああああ、いや俺は何も……かってに……」
「あ……悪魔……!」
「え……っ」

鞠亜は目頭を押さえて、どうしようかと悩んだ。
これを雪男が知ったらまたストレスが溜まりそうだ。可哀想に。

「魔除けの門が……! 悪魔にしか反応しないのに……」

慌てるしえみと顔を青くさせる燐。
やはり、燐は嘘をつくということが苦手なのだなぁと鞠亜は横から見て思った。
これから先も悪魔であることを隠すのは難しそうだ。

「ど、どうか見逃して……入ってこないで」
「お……俺は悪魔じゃねぇ! 人間でもないけど……勝手に決めつけんな!!」
「ちょ、燐……」

それはしえみには逆効果だ。
案の定吃驚して怖くなったのか逃げ出すありさまだ。
横に鞠亜がいるはずなのに、悪魔の存在のせいで目に入ってもいないようだし。

「こないでー!!!! 誰か……!」

しえみは四つん這いで逃げるが、側溝にハマったのか体勢が崩れたのが見える。
燐がすぐに走って駆け寄るのため、鞠亜もすぐにそれに続く。

「……だ、大丈夫かよ……」
「……!」
「……お前って……足が悪いのか……」

燐はしえみの足を見て、呟いていた。
鞠亜も同様にしえみの足を見遣り、雪男がここに来た理由を察した。

「しえみちゃん、大丈夫?」
「え……えっ、も、もしかして、鞠亜さん?」

安心させるように笑いかけると、しえみはようやく鞠亜と燐を交互に見て、自分が誤解していたのだと気が付いたらしい。
使い魔なんだねと力強く言うしえみに、鞠亜は苦笑しながら違う違うと否定した。

「彼はちゃんとした人間よ。ただ、門も壊せる怪力ってだけ」
「お、おい! 鞠亜!? それ俺が野蛮人になるじゃねぇか!」

そう変わらないよと笑って言うと、燐は心底傷付いたように肩を落としていた。

「大丈夫、ね?」

しえみを起こして頭を撫でる。
燐を見てから、しえみは頷いて、ごめんなさいと囁いた。

「さっきはびっくりして……」
「……まあ、俺が門壊したっぽいしいーけど……」
「そうだよ、しえみちゃんを吃驚させた燐はちゃんと反省としてしえみちゃんのお手伝いしなさい」
「う……っ、わ、わかったよ……」
「良いの?」
「良いの良いの。勝手に人の家のものを壊すのは良くないもの」

しえみは鞠亜と顔を合わせてから、やっと笑顔を見せて、それじゃあと話し始めた。
鞠亜はちらりとフツヤマの方に視線を向けてから、庭全体を見回した。
雪男がここに来たのは明らかにしえみに関しての事だろう。
足を見てもそれは明らかであるし、雪男ならすぐに終わらせることが出来る。
それにしても、場繋ぎのために手伝いをさせるべきではなかっただろうかと、二人を見ながら考えてしまう。
これを雪男が見たら胃に穴が開いてしまうんじゃないだろうか。

「鞠亜さん、久しぶりだったから一瞬わからなかった……!ごめんなさい」
「いいよ。一年も会ってなかったんだもんね」
「どこ行ってたの?」
「ヴァチカン本部。長期出張してたんだ」

出張の際はバタバタしていて、しえみに会う時間も出張の事も伝えられなかったのだ。
燐の監視で来たが、こうして久しぶりに話が出来るのはタイミングが良かったかもしれない。

「ありがとう。足が悪くてなかなか進まなくて……助かりました」

門を直した燐に、しえみは先程のおどおどさはなく、笑顔でお礼を言っていた。
昔は人見知りをする女の子だったが、少し変わったのかもしれない。
でなければ、しえみが燐に握手を求めるなんて考えられない。

「仲直りしてくれる? 私……あなたがいい人だってわからなかったの」
「……い、おっ? ……べ、べつに……してやらんこともない、けど……」
「ほんと? よかったー。私、杜山しえみ。あなたのお名前は?」
「お……奥村燐」

燐は照れくさそうにしえみと握手を交わした。
しえみにも、友達と呼べる存在がやっと出来たのかもしれない。

「このお庭はね、おばあちゃんの庭なの。私この庭でおばあちゃんから色んな事教わった。私……この庭が……おばあちゃんが大好き」

ふと、しえみの口調が気になって、鞠亜は彼女から視線を外した。
前と変わらず、この庭は奇麗に手入れがされている。

「でも、おばあちゃんは今年の冬に事故で死んでしまったの。……きっと、一足先に“天空アマハラの庭”に行ったんだわ。そうだといいな……」

鞠亜がヴァチカン本部にいる間に、しえみのおばあさんは亡くなっていたのか。
道理で、彼女一人が庭の手入れをしているはずだ。
彼女のおばあさんは、しえみに似て朗らかで優しく、素敵な女性だった。
仲の良かった二人に、よく天空の庭の話をされたのを覚えている。

「あ……あの、天空の庭っていうのはね、神さまが世界中の植物を集めて創った場所の事なの。この世界のどこかにあって……そこに行けば世界中の草花に出逢えるんだって……」
「へー……! アマハラの庭……良く解んねーけど……いいな、そーゆーの。行けよ!」
「あはは……! 行けないよ、お伽噺だもん。それに、この足だから……」

しえみはそういうと足を撫でる。
昔、その天空の庭の話をメフィストにしたことがった。
彼はなんとも素敵なお伽噺だと皮肉ったような笑顔で言ったのを良く覚えている。

「でももし本当に“天空の庭”があったら、世界中の草や花や木に逢えるなら……行ってみたいな……」
「……」
「鞠亜さん……?」

買い物が終わったのか、店から雪男と女将がこちらに歩いてきた。
なんで鞠亜がいるのかと、雪男は疑わしげな視線を向けるが、鞠亜はそんな事など気にせず笑みを浮かべて手を振る。

「兄さん! ……ちょっと……! どうしてそういう事になっちゃったの? 油断も隙もない……!」
「おー雪男」
「雪ちゃん!」
「ゆきちゃん!?」

鞠亜は雪男の後ろからついてきた母親に顔を向けると、会釈をした。

「お久しぶりです、家須鞠亜です」
「ああ、そういえば本部勤務だって先生から聞いてたよ。戻ってきたんだね」
「ええ、おかげさまで」

女将は軽く笑みを作った後、すぐに険しい顔つきに戻った。
彼女はしえみの足の事が心配なのだろう。

「しえみ、今日は先生に足を診てもらいな」
「お母さん……!? わ、私……悪魔になんか!」
「念のためです。診て何もなければそれに越したことはない」

悪魔の仕業でなければ、祓魔師ではなく医者にかかればいいだけの話だ。
この場でどうにか出来るならば、事を解決した方が得だろう。
何より、彼女のそれは専門的な事であることには変わりはない。

「……診せてもらえますか?」
「……は、はい」
「ありがとうございます」

雪男はしえみを心配させないよう微笑み、しえみの動かなくなった足の具合を見ることになった。
着物の裾から見えるふくらはぎには血管が無数に浮き上がったような痛々しさがあった。

「……“根”だ。これは魔障です。悪魔の仕業に間違いない」
「そ……そんな」
「じゃあ、しえみは……!」
「いえ、“憑依”はされていません。これは人に憑けるほど強力な悪魔の仕業じゃない」

これほどしえみの足が根に侵食しているならば、彼女はとっくに悪魔に取りつかれているだろう。
それどそうなっていないという事は、雪男の言う通り上級、中級悪魔ではないという事だ。
根が張っているということは、地の眷属の悪魔の可能性がある。
山魅か緑男、木霊くらいがだとうだろうし、この庭の植物に憑依してしえみと接触した可能性は高いだろうが、鞠亜はそこまで考えて先を考えることをやめた。
依頼されたのは雪男だ。

「しえみさん……悪魔は通常会話で人の心に付け入る隙を作る。あなたは悪魔と会話したはずだ。心当たりを離してください」
「わ……私、悪魔と話してなんか……」
「しえみ! お前はもうこの庭から出るんだ!! いくらおばあちゃんが大切にしていたからってこんな庭! お前が身体壊してまでやる価値はないんだよ」
「……こんな庭……? この庭はおばあちゃんの宝物なのに!!お母さんなんか大っ嫌い!!」

しえみは声をあげて女将を怒鳴ったけれど、興奮しすぎたせいかその場に倒れ込んだ。
既に歩けないほど彼女は悪魔に精力を取られているのだ。
頭に血が上って意識を失う事もあるだろう。
倒れたしえみを、雪男が抱えて倉の中に運び込んだ。

「あいつって昔からああなのか?」

後ろから問いかけられた声に鞠亜は振り返った。

「……さぁ、どうだろう。でも、しえみちゃんは意地っ張りなところがあるかもね」

女将に聞こえないように、鞠亜は燐に囁いた。
しえみをベッドに寝かせた雪男は女将と共に蔵から出てきた。

「あんなところで寝起きしてるなんて不思議だろ。あそこは祖母が暮らした蔵さ。祖母が亡くなってからあの蔵に籠って庭にかじりつくようになった。足が悪かった祖母そっくりね……」

鞠亜は女将と雪男が店の方に戻り始めている後ろに付いていくことにしたけれど、燐は蔵の前で動かなかった。

「……おばあさんも悪魔に憑かれてたのかもね」
「鞠亜さん」

女将から少し後ろに並んで歩いていた鞠亜と雪男。
鞠亜は思ったことを口にすると、彼は眉を寄せて見てきた。

「今日はどうしてここに? 兄の監視ですか?」

雪男の問いかけに、鞠亜は言葉を発することなく笑みを浮かべるだけだった。
肯定と取っていいのか、はたまた違う理由があるのか分からない。
どちらにしろ、彼女がここにいるのはどこか異質だと雪男は思っていた。

「あの子に聞こうと思ってもすぐああやってケンカになっちまう。あたしはダメな母親さ。小さい頃から学校へ行くと身体を壊す子だったから、店で忙しいあたしの代わりに祖母があの娘の面倒をみてくれていたんだ。店ばかりにかまけれたバチがあたったのかね……」

彼女は自分が上手に母親をできなかったことに今更悔いているのだろうか。
鞠亜はそんなことを考えながら首をかしげていた。
実の母親が手づから世話をしなかったからと言って、子どもが真っ当に育たないという話は鞠亜にはよくわからなかった。
どうしてそんな思考回路になるのかが分からなかった。
なにより、大事なものを他人に蔑ろにされれば親にだろうと怒るのは普通だろう。しえみはいたって普通だと、鞠亜は思った。

「!! 兄さん!?」

突然振り返った雪男は、どうやら燐が付いて来ていないことに気が付いたらしい。
一瞬鞠亜に向けられた視線は、疑いの目だ。燐が付いて来ていないことを知っていただろうという目。
その目に、鞠亜は笑顔を崩すことはなかった。
問いただすのも無駄だと思ったのか、雪男は来た道を戻り始めた。

「ま、これも良いかな」

鞠亜はそういうと女将にここに残るように告げて燐の元へ向かった。
かすかに聞こえていた泣き声がはっきりしてくると、しえみが燐に泣きついている光景を確認できた。

「いわないよ……! ううう、うわあああああ。私……バカだ……もう足が動かないよ……!」
「こんな根っこ、俺がぶった切ってやる!!!」

なんだか熱い展開だ。
漫画なら結構盛り上がる場面なんじゃないかなぁと、鞠亜は他人事のように考える。
まあ、燐が考えもなしにぶった切っても悪魔が消えるわけではないのだけれど。

「……盛り上がってるところ申し訳ないけど、そんなザコあっという間に祓えますよ」
「うわァ雪男!! いつの間に!!」
「しえみさん、足は動きます。あとは貴女の心の問題だったから」
「……雪ちゃん」

やっと解決かと思ったその時、侵食していた根が動き始めた。
しえみが小さく悲鳴を上げると根は呼応するように成長を始める。

「き……きゃああぁ!」
「しえみ!」

瞬く間に根に縛り上げられたしえみは叫び声も上げていない。
悪魔の成長に一気に精力を持っていかれたのだろう。
パンジーのような姿で悪魔はこちらを威嚇してきた。

「あたし達は一生一緒……一生この庭で生きていくのよ……ぎゃはははははははははは!!!!」
「……完全に彼女を盾にとられた……兄さん」
「あい!?」
「少し手を貸してくれないか?」

雪男がそう言った瞬間の燐の顔と言ったら、嬉しそうなしてやったり顔とでもいうのだろうか。
フツマヤに来る際に言っていたことが現実になって喜んでいるのだろう。
燐は分かりやすいなぁと、鞠亜は保護者のような気持ちで頷いた。

「へっへっへっ……しょぉ〜がねぇ弟だなぁ?」
「やれやれ……」
「この俺が手を貸してやらんこともない……!」

意気揚々と剣を鞘から抜いた燐だが、本当にしえみが起きていなくて良かったし女将もあの場に残しておいて良かったと心底思う。
やっぱり近いうちに燐が悪魔だとバレそうだ。どうしたものか。

「とりあえず兄さんは僕のする事は一切気にせずあいつの相手をしてくれ!」
「! あんた同族あくま!?」
「わかった!」
「チョット! 無視すんじゃないわよ!!」

悪魔は腕のように伸ばした蔓で燐を攻撃し始めた。

「切れるもんなら切ってみなさい!このカワイ〜イあたし達・・・・に赤い切れ目が入ってもいいならね!!」
「くっ、くそぅ」

確かに、燐の剣なら人間も傷つけてしまう。
青い炎でも16年前のように死者が出てしまうだろう。
まだ祓魔師の学校に通い始めた燐では対処が思いつかないのも無理はない。
でも、雪男は違う。下級悪魔の対処法など簡単なのだから、焦る必要もない。

「どーすんだよ先生!!」
「仕方がない……こうなったら彼女ごと撃つしかない」
「!? は?」

銃口を悪魔としえみに向ける雪男に、燐は呆気にとられていた。
でも、これが一番手っ取り早い対処法で、鞠亜が雪男と同じ立場なら、同じことをした。

「きゃははッ! ハッタリね! あたし達だまされないわ!」
「そう思うか? そうかもしれないな? さてどっちでしょう」
「……クソ偽善者エクソシストどもが!!! 撃てるワケねぇだろが……!」

突進してきた悪魔に、雪男は躊躇なく発砲する。
それはしえみの肩口に命中した。

「!! 雪男」
「ヒィ、ギャアアアァァ」

撃ち込まれた瞬間、悪魔は慌てたようにしえみの身体から離れはじめた。
宙に投げ出されたしえみは雪男が受け止めたおかげで無事である。

「離れた、兄さん!」
「てめぇ! 謝っても許さねぇ!!」

すぐさま小さくなって逃げだそうとした悪魔を燐は一刀両断する。
刀身を鞘に納め、間髪入れずに雪男に詰め寄ろうとした燐だったが、その前にしえみが目を覚ましたのだった。

「雪ちゃん……?」
「……よかった。足の根も消えている……もう立てるはずですよ」

雪男はそういうと、ゆっくり地面にしえみを下し、手を取って立たせた。
そんな光景に燐はおろおろと業況が呑めずにいるようで、鞠亜が歩み寄って自分の考えていたことを話した。

「多分、打ったのは栄養剤とかだと思うよ? ね、雪男君」
「ええ。ハッタリには十分ですから」
「なッ……そーゆーオチかよ! ビビらせやがって……!」
「しえみ……!!」

朗らかな空気が流れていたところに、女将の気の張った声が響いた。
しえみもすぐに体をこわばらせて、母親を見遣る。

「おかあ……」
「行けよ、ホラ!」
「兄さん! やさしく!」

先ほどまで悪魔に憑かれていた人間の頭を叩くあたり、燐らしいと言えばらしい。

「サクッと謝ってこいよ。今いっとかねーと本当に後悔すんぞ?」
「………………」

いっぱい悩んでいたのだろう。
しえみは燐の言葉に押されるように、おずおずと母親の元へ歩いて行った。

「……あ……あの……お…………おかっ」

女将はしえみの言葉をさえぎって抱きしめた。

「バカな娘だよ……! 心配かけて……!」
「おかーさん……ごめんなさい……!」

ようやく仲直りができたようだ。
しえみの声が大きく耳に届いてきて、人ってこんなに泣けるんだと鞠亜は考える。
そういえば、もうずっと泣いたことがない気がするのを思い出した。

「なんかいいな。こーゆーの」

隣にいた燐はぽつりと零した。
燐は、藤本が死んだ日に何があったのだろうか。
彼の言葉には妙な重みがあって、きっと雪男や鞠亜が言ってもしえみには届かなかった重みなのだ。
そう思うと、なんだか、昔の幼かった燐が大人びて見えるような気がした。



2018.4.22


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