05 戯れ

「燐、おはよう」
「おー、はよ……て、鞠亜!?」

自然に返事をしようとしていた燐は改めて鞠亜を認識したようで、思わず椅子から落ちるほどにはびっくりしたようだった。
口をパクパクさせている間に、鞠亜は鞄を机の脇にかけて燐を手招きする。
学校が始まってまだ2日目だ。どの生徒もまだお互い距離を図りかねている静かな教室では話したいことも話せない。

「ちょっと話があるの。いい?」

燐の返事も待たずに、鞠亜は燐の手を取り教室を出る。
そんな二人にクラスメイトは一瞬ざわついて、周囲の者と視線を合わせるばかりだった。
静かな所の中でも人気の少ない屋上の入り口手前の踊り場まで鞠亜と燐はやって来た。
ここなら大丈夫だろうと、やっと歩くことをやめると、燐が水を得た魚のように喋り出した。

「なんで鞠亜が俺と同じクラスにいるんだよ!?しかも隣!?」
「昨日全然気づいてくれなくて私寂しかったなぁ」
「いや、気づかねーよ!お前と俺、学年ちげーだろ!」

むしろなんでいんの!?と、燐はツッコんでくる。

「んー?だって私、燐のこと監視しなくちゃいけないし」

そういうと、燐はすぐに押し黙った。
そして苦虫を噛み潰したような表情になり、メフィストの名をつぶやく。
どうやらメフィストの差し金だろうことは想像できているらしい。

「……監視もあるけど、私もずっと祓魔師で高校生活疎かにしてたし、やり直しも兼ねて?だよ。あまり気にしないでいいから」
「そういや、鞠亜も俺の知らないうちに祓魔師になってたんだもんな」

燐とは、元々彼らが中学に上がってからは会う機会を減らしていたのだ。
それはメフィストの考えあっての事なのだが、燐はそれを知らない。
雪男とは祓魔塾で顔を合わせるため、彼から燐の話はよく聞いていた。

「鞠亜は……俺がサタンの息子だって知って、その……俺の事嫌いになったりしねーの?」

きっと、今の燐は拒絶されることが怖いのだろう。
昔からの間柄だからこそ、反応が怖いに違いない。
今の燐の表情を見ていれば、そんなことは容易に想像がついた。

「嫌いになったりしないよ。サタンの息子だろうが、燐は燐じゃない」
「……」
「私は燐の味方だよ」

味方だなんてよくそんなことが二度も言えるものだと、鞠亜は心の底で自分を蔑んだ。
敵ではないが、味方でもないことを、鞠亜は重々わかって動いている。
メフィストの命に従っている。
可哀想な燐。

「そうだ!」
「なんだ?」
「燐、私が18歳だって言っちゃダメだよ?一応同学年で通すつもりだから」
「わかった!ぜってぇ言わねー!」

うっかり口を滑らかしそうだが、その時はその時で対処すればいいだろう。

「それじゃあ教室に戻ろう。そろそろ朝のホームルーム始まるよ」
「おう!」

鞠亜は燐の手を握ると引っ張る様に歩き出した。
恥かしいことをするなと思いつつも、それを振り払えないのだから、燐も所詮男の子である。
そういえば、昔からスキンシップが激しかったなと燐はぼんやり思い出していたのだった。

「ねえ、燐、お昼食べに行こう?」

はっと気が付けば、もう昼だった。
時計はすでに12時を指している。あっという間に午前の授業が終わっていた。
横を向けば鞠亜が笑顔で財布片手に早くと催促をしてくる。
それに流されるまま、燐は立ち上がって食堂に向かった。

「あれ、雪男?」
「兄さん。ちゃんと授業受けてた?鞠亜さんに迷惑かけてないだろうね」
「会って早々説教かよ!」

ちゃ、ちゃんと授業くらい受けてたっつーのと、燐はしどろもどろになって言う。
雪男は鞠亜を見るとくすくす笑っているのだか大体どうだったのかは想像できる。
頭痛がしてくる。

「二人とも早くお昼食べよ、私お腹すいちゃった」
「そういや、ここどこ?」
「正十字学園高等部の食堂だよ。あれがメニューかな」

三人でサンプルが並んであるショーケースの前に移動する。
美味しそうな料理の数々が並んでいる。
どれにしようかと悩んでしまう。

「見て燐、このAランチセット美味しそう!これにしようかな」
「おー、俺もそれにすっかな……フブォ!?」

シューケースを覗き込んだ燐が目玉が飛び出さんばかりに仰天して怒り出した。
ふっざけんなセレブ!と怒鳴り始める。
なんだか一緒にされたくないなぁと思いながらも、燐の反応が面白くて鞠亜は笑っていた。
暢気な鞠亜に変わって雪男がなだめる始末だ。

「めちゃくちゃ高ぇじゃねーか!」
「え、そう?」
「……」

軽い調子でいう鞠亜は迷うことなく食券機にお札を投入し食券を買った。
小さい頃からの友達だったはずの鞠亜が、一気に遠い存在のように感じてしまう燐。
あんぐりと固まる燐に、雪男は兄の肩に手を乗せた。

「兄さん、鞠亜さんは理事長さんの娘さんだから、セレブだよ」
「……お、お前、あのピエロの子どもなの?」
「養子に入ってるんだよ。血は繋がってないけど」

知らなかったの?と、笑って言う鞠亜に、やはり遠い存在に思えてならなかった。
まさかそんなセレブだったとは。

「食えるかこんな高いもん!!」
「え〜じゃあどこで食べるの?私食券買っちゃったよ……」
「鞠亜はここで食ってればいいだろ?」
「え、この大食堂で一人はさすがに無理……」

席取りも面倒くさいしと、鞠亜はふて腐れたように二人の服を掴む。

「奢るから一緒に食べよう!」
「じゃあ俺もAセットで」
「ちょっと兄さん!?」
「先輩ご馳走様!」

目の前で繰り広げられるやりとりに雪男は本当に頭痛がし始めて、重たいため息が零れた。
こういうときだけ鞠亜を年上扱いする燐の調子の良さには困ったものだ。
何より、簡単に奢ろうとする鞠亜の金銭感覚もやはり困ったものだが、メフィストの元で育ったのなら仕方ないかもしれない。
仕方なくはないのだが。

「そういえば兄さん、生活費ってどうなってるの?」

ふと思い立った雪男が横でセレブ料理を味わう兄に尋ねる。
双子と向かい合って食べていた鞠亜も、生活費の話に顔を上げた。

「ああ……メフィストから毎月現金支給なんだよ」

そういって財布から取り出したお札に、鞠亜は心底不憫に思った。

「わぁ……二千円札だ!僕、本物は初めて見た……これは貴重だね……!金額的な意味でも!!」
「おい!鞠亜からメフィストに金額増やすように言ってくれよ!」
「ああ、うん。一応言っておくよ」

彼が快く金額を上げてくれるとは思えないが、さすがに月二千円は可哀想だ。
最近古いお金でキャッスするのが流行っているとは言っていたが、まさか燐達にまで被害が及んでいるとは。
絶対面白半分でやっているのだろう。これは説得するのも苦労する。

「お前あんなんが養父おやじでよく困らねェな……」
「メフィストは基本私には甘いからね。あと祓魔師になってからはお金は自分で管理してるから」

趣味のことになると際限なく金を放出するメフィストを幼少期から見ていた。
学園運営と名誉騎士という立場から金は有り余っているのだろうが、その金の量ときたら鞠亜も疑わしく思うレベルである。
金銭感覚は確かにずれているだろうが、メフィスト程可笑しいとは思っていない。

「へー、鞠亜も金遣い荒いのかと思ったぜ」
「燐はお金散財しそうだよね。俺は宵越しの金は持たないぜ、みたいな」
「よ、よいご……?」
「その日稼いだお金はその日に使うって意味だよ」
「つまり貯金貯まらなさそうだよね」

鞠亜は笑って言うが、その言葉に燐は憤慨した。

「俺だって金くらい計画的に使うっつーの!お前俺が庶民派なの知らねーだろ!」
「料理が上手なのは知ってるよ?」
「お母さんみたいだね」
「燐おかーさーん!」
「誰がお母さんだ!!」

俺は鞠亜のお母さんじゃなくて……!と燐は声を小さくしながら何やら言っているが、鞠亜には上手く聞こえなかった。
なんだか恥ずかしそうにしている燐は、昔と変わらないなぁと、なんだか親の様な心持になってしまう。

「なんだか、3人でこうしてお喋りするのも久しぶりだよね」
「ん?ああ、そういやそうだな」
「楽しいね!」

確実に2年ほどは空白の期間があった為、双子の顔を揃ってみているとなんだか嬉しさが込み上げてくる。
また、こうして3人揃って日常を共に出来るなんて、幸せなことだ。
例えそれが一時のことであろうとも。

「これからまたよろしくね。燐、雪男君」

今は彼らとの学園生活を楽しもう。



2017.9.29


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -