03 祓魔塾

「明日から、鞠亜にも正十字学園に通ってもらいます」

メフィストからそう言い渡されたのは入学式の3日前。
それは前々から可能性の一つとして考えていた事で、前々からいつか来るだろうと予期していた事だった。
鞠亜はそれに抗うことなく頷いて、入学式当日、制服の袖を通した。

「とは言ったものの……」

歴史深く、名門高い正十字学園。
すでにクラス分けの通達書類は郵送されていて、鞠亜もそれに目を通していた。
いたのだが、まさかこんなクラス分けだとはさすがに想定していなかった。
長いことメフィストと共にいるが、まだまだ自分は詰めが甘い。

「1年D組かぁ」

まさか1年生の学年に回されているとは思わなかった。
確かに、奥村燐の監視をする上では同じクラスである方が滞りないだろう。
メフィストの考えもよくわかるが、なにしろ鞠亜は年齢で言えば今年で高校3年生になる。

「まぁ、仕方ないか」

1年程ヴァチカンにいて勉学も疎かになっているし、勉強し直すのにはちょうどいいかもしれない。
ポジティブに考えようと、自分に言い聞かせた。

続々と集まる新入生の群れの中に混じって、鞠亜は講堂に入った。
学生として学園内に入るのは初めてだが、いつ見てもこの学園は規模がでかい。
絶賛メフィストの趣味全開の学園なのだからしょうがないだろう。
制服が可愛いのも多分メフィストの趣味だ。

「新入生代表――奥村雪男」
「はいっ」

入学式中盤、新入生代表として呼ばれた雪男に鞠亜は思わず拍手したくなった。
昔から勉強を真面目にしていた彼ならば、入試トップもあり得るだろう。
実際取ってしまうのだから恐れ入る。

「新入生退場」

司会の台詞に、生徒たちが講堂から退出し始める。
鞠亜もそれに続いて出て、教室に戻り燐を横目で見ながら今日の日程は終了した。

「さて、燐はメフィストが見てるから、私は雪男君と合流しないと」

新入生でごった返す広場の中で雪男を探し回る最中も、男子生徒から声を掛けられる。
適当に受け流しながら雪男を探していると、やっとそれらしい人物を見つけた。
さすが、新入生代表を務めただけあって人気者のようだ。
女子に声を掛けられて困っている雪男に鞠亜は苦笑した。

「雪男君」
「! あ、鞠亜さん」
「もうそろそろ塾の時間だから、行こう?」

断りづらそうにしていた雪男の手を掴むと、鞠亜は一瞬女子に視線を送りつつ、そのまま歩き出した。
雪男が背後で女子に声をかけている様は、律儀で真面目な彼らしいことだ。
この行為は年上のお姉さんとして大人げないというべきか、困っていた雪男を助けてあげた頼れるお姉さんというべきなのか。

「あ、あの、鞠亜さん。もう、大丈夫なのでっ」
「ん、ごめんね」

人気の少ない場所にやってきて、鞠亜はぱっと手を離した。
少し照れくさそうにする雪男を見ると、なんだか自分も照れてしまいたくなる。
こうした感覚になる場面はあまりないかもしれない。

「それにしても、本当に鞠亜さんも?」
「うん、その方が他の先生方も安心だろうしね。雪男君は心配?」

塾の鍵で扉を開けると、祓魔塾の廊下に繋がる。
2人は職員室に向かった。

「いえ、そういうわけでは……」
「……大丈夫大丈夫! 燐の普段のことは私に任せて、雪男君は初めての授業、頑張ってね」

職員室につくと、すでに各授業を受け持つ祓魔師の先生がいた。彼らに軽く挨拶を済ませ、お互いに準備を始める。
道具のチェックをする雪男を盗み見ながら、鞠亜は考え込んだ。
雪男としても、常に燐を見ておくことが出来ない分、鞠亜の存在は大いに助かるだろう。
けれど、鞠亜にそのような事をさせるのは申し訳なさや不満も少なからずあるだろうが、決まったものをとやかく言える立場ではない。
1年見ない間に、雪男の真面目さは更に拍車がかかったように思えた。

藤本獅郎が亡くなり、彼が教えていた対・悪魔薬学の授業を雪男が受け持つことになった。前日には講師陣が集められ、雪男の講師着任と燐の事がメフィストによって説明された。
鞠亜が危険因子を自由にさせないためという名目で燐の監視を行うことは講師陣も知ってのことである。
彼らは上二級の実力を持つ彼女の存在ありきで燐の存在を黙認してくれたと言っても良いだろう。
しかし、そうした建前があるものの、実際はメフィストお抱えの監視人だ。
つまり深い裏があったりするのだが、彼らはそれを深くは考えていないし、燐の存在で霞んでしまっている。

「では行きましょうか」
「教室は1106号教室だっけ?」
「はい」

雪男は今日の授業のための道具を入れたトランクを抱え、鞠亜と共に教室に向かった。

「兄さんとは話しました?」
「ううん。席隣なんだけど、燐気付いてくれなくてね」

それなりに交流があるのに忘れるなんて失礼だよねと、鞠亜は頬を膨らませて文句を言う。

「仕方ないですよ。兄さんも鞠亜さんが同じクラスにいるとは思ってませんから」
「そうだね」

本当なら2歳上。それは意外と大きな差だ。
隣の雪男だって、見た目は年上に見えるが本当は燐と同様、年下なのだから見た目なんてあてにはならない。

「どっちから喋る?」
「え?」
「ほら、順番て大事だと思うんだよね。別に私が挨拶をする必要もないかもだけど」
「じゃあ、鞠亜さん先にお願いします」

にこりと爽やかな笑みを向けられる。きっとさっきの女子が見たら惚れていたかもしれない。
鞠亜も負けじと微笑を浮かべてどうぞと、先に教室へ入ることを促した。
一呼吸おいて、雪男はノブに手をかけ回した。

「はーい、静かに。席について下さい」

本当に初めての先生なのだろうか。
なんと慣れた登場の仕方だろうと、鞠亜は妙に感心してしまった。

「では授業を始める前に、彼女の方からご挨拶を」

そう改まって振られると妙に緊張してしまう。
鞠亜は苦笑しながら、教室を見回した後、目の前で燐と共に犬の姿でこちらを見るメフィストに視線を向けた。

「はじめまして、皆さんのクラスの担任をすることになりました家須鞠亜と言います。普段は各授業の先生の補佐をするためにいるので、何かと顔を合わせる機会も多いでしょう。」
「鞠亜!?」
「はい、鞠亜ですよ。ここでは家須先生と呼びましょうね」

やっと燐にツッコんでもらえてなんだか嬉しさを感じる。
でも、隣の席にいたなんてことはまだ分かっていないのだろう。

「ありがとうございました、家須先生」

ちらりとメフィストを見ると何やら面白そうに口元を動かしていた。
なんだか保護者参観をされている気分になって、家須は心の中で高鳴るそれを押さえようと務めた。
横では雪男が鞠亜のことなど気に留めることなく話を続けていた。

「皆さんに対・悪魔薬学を教える奥村雪男です」
「ゆ、ゆゆゆきお!????」
「はい、雪男です。どうしましたか?」
「や……どどどうしましたかじゃねーだろ! お前がどうしましたの!?」
「僕はどうもしてませんよ。授業中なので静かにして下さいね」

目の前で疑問符をいっぱい飛ばしている燐が何とも可愛らしい。
どうやら前と一向に変わっていないようで安堵すら感じる。
てっきり、サタンの子どもとして落ち込んでいるのかと思ったが、杞憂だったようだ。

「お察しのとおり、僕は皆さんと同い年の新任講師です。……ですが、悪魔祓いエクソシズムに関しては僕が二年先輩ですから、ここでは便宜上“先生”と呼んでくださいね」

鞠亜は雪男から少し離れて授業を見守ることにした。
これからここにいるクラスの生徒たちと付き合っていかなければならない。
塾生名簿には顔写真と個人情報が記述されていて、鞠亜はそれを見ながら塾生を把握する。

「まず、まだ魔障にかかった事のない人はどの位いますか? 手を上げて」

魔障は悪魔から受ける傷や病の事だ。
一度でも魔障を受けると悪魔を見ることが出来るようになる。
一般人はそこから悪魔の存在を認識することになるのだ。
そして、祓魔師になるには魔障を必ず受けなければならない。

「3人ですね。では、最初の授業は“魔障の儀式”から始めましょう」



2017.2.2


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