01 帰還せし者

「鞠亜も明日で日本支部に戻るんだな」

部屋で荷造りをしていた鞠亜は、背後からかけられた声に振り返る。
開け放たれたままの出入り口に、その男が物憂げな表情を浮かべながら立っていた。
鞠亜はなぜ彼がいるかなどと疑問を持つことなく、手に持っていた書物を段ボールに詰め込んでからアーサーに向き直った。

「この1年、エンジェルと一緒に仕事が出来て良かったです。私にとって、とても有意義な時間でしたよ」
「オレも君が部下として共に仕事が出来て良かった。是非ともここに残ってオレの部下として尽力してもらいたいくらいだ!」
「ふふ、ありがとうございます。また機会があれば」

にこにこと崩れることのない笑顔を浮かべる鞠亜に、エンジェルはやはりダメかと肩をすくめる。
この1年、何度もあの男などもう気にすることなく自分の元で働いて行けばいいと言った。
その度に鞠亜は笑顔で受け流してしまう。やはり最後までそれは変わらない。

「た、大変だ!! エンジェル!!」
「何の騒ぎだ?」

騒々しく廊下に響く靴音と声に、鞠亜もエンジェルと共に廊下を見る。
顔面蒼白で男が信じられないことを口にした。

聖騎士パラディンが、聖騎士が死んだ……っ!!」
「藤本獅郎がか?」

男とエンジェルが急いで去っていくのを、鞠亜は呆然と見ているしかなかった。
頭には先ほど男の言った言葉が響いてばかりいた。
死という言葉を徐々に理解し始めると、心臓が鉛のように重く脈打つようだった。
息をするのが苦しい。

「嘘。藤本先生が、そんな……」

藤本獅郎は鞠亜が幼い頃から何かと目をかけてくれた男だった。
この仕事をするに当たっても、時折、仕事を共にしていた。
聖騎士という祓魔師最強の地位を得ている彼が、死んだなど信じられなかった。

「帰らないと」

ここにいるよりも、日本に帰った方が早い。
“彼”なら、このヴァチカン本部も知らないことを知っているはずだ。
鞠亜はそう考えると、迷うことなく腰から下げられている鍵の中から一つを取り出し、扉の鍵穴に差し入れ、回した。
重い音が響き、戸惑うことなく開けると、そこは廊下ではなく見慣れた洋館の玄関広間だった。
鞠亜は勝手知ったる広間から階段を駆け上がり、彼がいるだろう部屋へ向かう。

「メフィスト!」
「おや、お早い帰還ですね。確か明日付けで帰って来るはずでは?」
「そんなことより! 藤本先生が死んだって……!?」

流石、耳が早いなと、目の前の男は言った。
ワインレッドのワイシャツに白のコートを着こなし、首元にはピンク地に白の水玉という派手なスカーフをしている。
いつもと変わりない奇抜な服装の男は、メフィスト・フェレスという。
不健康そうな目元の隈と不敵な笑みは相変わらずだ。

「昨日報告が上がってきました。藤本の葬儀は明日だそうですよ」
「何があったの!? 先生が死ぬなんて……っ」

ついには零れてくる涙に、鞠亜は顔を覆った。
今まで人が死ぬ状況に立ち会うことは多少なりともあったけれど、お世話になり慕っていた人がいなくなる事がこんなにも辛いとは思わなかった。
そんな鞠亜に、メフィストは肩をすくめて立ち上がると、泣いている彼女を抱きしめた。

「いずれこうなる事は分かっていたはずです」
「そうだけど……でも、こんなに突然だなんて……思わないでしょ」

目の前の少女は相変わらず心優しい。
本当ならばひととせの悲しみで済むものを、こんなにも涙を流すのだから、彼女にとって藤本の存在は大きかったのだろう。
それがなんとも気に入らないけれど、死者に嫉妬するのも馬鹿らしい。
メフィストは心狭い自分に苦笑した。

「葬儀は明日の午後です。それまでには、あちらの件も終わってるはずだ」
「……うん」

高ぶった感情がようやく落ち着き始めた頃、メフィストはなだめるように鞠亜に問いかける。
すでに引き継ぎや周囲のあいさつ回りは終わらせてあるため、明日は帰るだけで済む。
鞠亜は涙を拭いてメフィストを見上げる。

「いきなりごめんなさい。また明日、改めて帰って来るね」
「ええ、待ってますよ。その時は鞠亜の笑顔を見せてくださいね」

予定にない一時帰宅となってしまった。
鞠亜は後ろ髪を引かれつつも、再び扉の向こう側に戻って行った。




2013.7.6
改変:2017.1.18



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