いつもいつも目障りだった。
「俺は信じない」
いつもいつも目の前に現れては付きまとってくる。
鬱陶しいといってもあいつは止めなかった。
俺はそれが嫌いだった。
いつだって、俺の心をかき乱して苛々させるのだから。
「小芭内、私もようやく柱になれた。やっとあなたに追いついたよ」
名前はそういって俺の前で一周回って見せた。
だから何だというのだ。
お前ぽっちが柱になったところで、まだ始まってもいない。
威張りたいなら、上弦の一匹でも狩ってきたらどうなんだ。
「またそんなにネチネチ言って。もっと素直になったらいいのに」
素直に言ったまでだが、別にお前が柱になれてうれしいとは思わない。
俺はそんなことを思わない。
妄想もたいがいにしたらどうだ。
「そうだね」
怒るでもなく、臍を曲げるでもなく、名前は優しく笑っていた。
俺の言葉にそうしていつも笑っていられるのは、お館様とお前くらいのものだ。
俺は、お前が強いなんて認めない。
名前は霞柱として日々鬼を滅していた。
その話は俺のところに届いていたが、日を追うごとに柱のあいつは俺の前に現れなくなった。
昔は何かあるたびに俺の前に現れて自身の近況を逐一知らせに来ていたくらいなのに、ようやくあいつも真面目に任務をするようになったのだろう。
「お久しぶり、小芭内。元気だった?」
いつもと変わらない笑顔で俺の前に現れた名前は痛々しかった。
包帯を顔に巻き付けて、添え木で足を固定していた。
腰ほどに長く艶のあった甘栗色の髪は首元で切られてぼさぼさになっていた。
そして名前の横には俺よりも二回りほど幼そうな少年がいた。
「ちょっとこの前しくじっちゃったの。でも元気だから大丈夫。それよりほら、この子、私の継子。時透無一郎っていうの」
「……はじめまして」
ほら、挨拶して。と名前に促された時透は、ぼんやりした様子で俺に頭を下げた。
いつからだと聞けば、三ヶ月前からだといった。
その時、こいつと顔を合わせたのが三ヶ月も前だったことを、ようやく思い出した。
前は、最低でも一週間に一度は顔を見せに来ていたのに。
「とても才能があるの。きっと柱になれるし、絶対お館様の……鬼殺隊の役に立つ。ねぇ小芭内、私がもし死んでも時透のことお願いね」
名前はもう次の任務に行かないといけない、そう言って時透と去っていった。
なんてつまらない冗談だ。
俺は冗談が嫌いだ。
そんなくだらないことを言いに来る時間があるなら、傷の一つでも癒すために使え。
お前でも、お前が死んだらお館様は悲しむんだ。
……そんなボロボロの様で、任務に行って大丈夫なのか。
「え〜、まさか小芭内が一緒についてきてくれるとは思わなかったなぁ」
鼻の下を伸ばすな。
行き先が同じだけだ、俺はお前に付いてきたわけじゃない。
大体お前、柱になってまだ上弦も倒せていないらしいな、それなのにそんな大怪我をしていたら上弦には一生敵いそうにないな。継子を育てる前に自分をどうにかしたらどうだ。
「はいはい。時透、こうやってネチネチ言ってるけどね、小芭内は本当は優しいんだよ」
話を逸らすな、俺は優しいわけじゃない。
「それに、小芭内の目はとてもきれいなの」
何が奇麗なものか。
そんなことを言うのはお前くらいなものだ。
こんな不揃いな目の何がいいのか、さっぱり俺にはわからない。
「不揃いの目だって小芭内の人となりを形作ってるものだよ。私はそんなあなたの目が好きだな。隠してるのはもったいないよ」
そういって名前は俺の長い前髪に手を伸ばしてくるが、咄嗟に払いのけた。
多少驚いた表情をしていた名前はやはり笑って「ごめん」と言って先を歩き出す。
……名前は、どれだけ俺が酷い事を言おうとしようと怒ったことがなかったな。
「じゃあ私たちはこっちから行くから、小芭内はそっちをお願い」
結局、俺も名前の任務に同行していた。
今日が休みじゃなければこんな馬鹿みたいなことはしない。
決してあいつが心配だからとかじゃない。補充された柱が早々に死んでしまっては鬼殺隊にとっては大きな損失だ。
俺はそんなこと許さない。
そう思っていたのに、こうなったのは、結局俺の怠慢だろうか。
あの時、共にいたら、こんなことにはなっていたかったに違いない。
俺は強いから。
「おばない。大変だよ」
俺の袖を引っ張った時透に思わず目を瞬かせた。
なぜこいつが俺のもとにいる。なぜ名前は一緒じゃない。
周囲を見渡しても名前は見当たらない。
「名前が死ぬ」
その言葉を聞くか聞かないか、返事をするよりも先に足が動いていた。
鬼の溜まり場のような場所で、出合頭の鬼を滅しながら、時透の案内でそこへたどり着いた。
目に映ったものを見て、俺は立ちつくしそうになったが、柄には今までにないほど力が籠っていた。
瞬時に背後から鬼の首を切ると、宙に持ち上げられていた名前は重い音を立てて床に落ちた。
奥を見ると、幼い少女が震えて縮こまっている。
きっと、この少女を守ろうとしたのだ。足もまともに動かないのに。
「おばな……い」
もう意識を手放していてもおかしくないだろうに、名前はまだ生きていた。
だが、もう長くはもたない。腹を食われていて、息は乱れ、目には力が入っていない。
名前は死ぬ。
「し……く……はぁ……じったよ」
なんとか笑おうとする名前。
上がらない手を俺に伸ばそうとしていたから、俺はその手を掴んだ。
こいつの手はこんなにも冷たかったか。
「あの……子は」
守った少女のことが気になるらしく、俺が無事だと伝えれば、名前は目から涙をこぼした。
何度だって隊士の死ぬ様を見てきたし、知らせを聞いてきた。
なのに、なぜこんなにも心がかき乱されるのか。
俺は、こんなにも痛々しい女に死んでほしくないと思うのか。
「……わたし、本当は……小芭内が、嫌いだった、よ」
名前の呼吸が変わった。
最後の力を振り絞るように、息を整えて、俺を真っすぐ見た。
「あなたの、言動も……その目も、全ぶ……きらい……だい、きらい……」
涙を流しながら、名前は繰り返していた。
今更、今更全部嘘だったと言うつもりなのか。
死に際でそんなことを言って、俺を突き放したつもりなのか。
「……俺は名前が好きだ」
口元の包帯を下げて、血だらけの唇に自分のを重ねた。
虚を突かれたように、名前が目を見開いているのを見ると、なんとも言えない気持ちが心の中に広がった。
そうだ、俺は名前を好いていたんだ。
「今更突き放されても俺は信じない。俺はもう、お前を忘れることはない」
名前はいつもの笑顔を見せて、息を引き取った。
俺は、しばらく手を離せないでいた。
終
2018.3.7
(後書)
発端はnico動で見た『【手書き】伊/黒/小/芭/内でi/n/t/a/c/t』でした。
執筆中BGMはDo As Infinityの「夜鷹の夢」です。
どちらもいい曲です。あと上記曲を使用した鬼滅アニメOP風手書き動画は最高だと思います。アニメ化待ってる。小芭内さんの活躍も待ってる。
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