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「海に行きたいアル」

神楽の一言にその場にいた全員が視線を合わせた。
不貞腐れたように同じ台詞を繰り返し繰り返しいう神楽に銀時が声を上げた。

「うっせーな、海なんてこの前言っただろーがよ!」
「この前のは遊びじゃないネ、私も海に行って遊びたいアル砂のお城作りたいアル!!」

ここでいうこの前とは単行本第五巻収録の三十二訓のことである。
大体日差しに弱い神楽が海へ行って楽しめるのか甚だ疑問である。
砂浜に照り返す太陽の光は神楽にはきついものだろう。

「だいたい海に行くお金も無いでしょ」
「気合で行くヨ」
「気合でどーにかなるもんじゃねェよ」
「なんでウチは夏なのにどこにも遊びに行かないアルか?かよちゃんもみつるもたっちゃんも家族で遊びに行ってるのに!」

それでなんとなくわかった。
いわゆる周りが遠くに遊びに行っているので羨ましいのだ。または寂しいか。
新八はそれに若干同情すれど、大人組二人は意にも介さない。
それはそれ、これはこれというのが銀時と刹希なのである。

「あ、海じゃなくてプールならいいんじゃないですか?日に直接当たらないし」
「プール!?行きたいアル行きたいアル!!」
「四人分の入場料誰が払うと思ってんの」

ドスの効いた声が室内に響いた。
一瞬にして室内の温度が氷点下に下がったような錯覚を覚える。
室内はお通夜状態だ。

「ほ、ほらなぁ〜。神楽、海なんて暑いし人もうじゃうじゃいてめんどくせーからやめとけって」
「う、うん。海以外でも楽しいことはいっぱいあるよ」
「楽しいことって何ヨ、言ってみろヨ」

ジト目で迫ってくる神楽に新八は冷や汗を垂らしながら顔をそらす。
言ったはいいがこういう時に限っていいアイディアは浮かばないものである。
助けを銀時と刹希に求めるが、二人とも素知らぬ顔でいる。
何アルかー何アルかーと低い声で何回も繰り返す神楽に、新八は咄嗟に思いついたことを口走った。

「えっと……き、肝試し、とか」



  *



「お前アレだからなァ、遊園地なんてガキの行く場所であってだなァ」
「フォォォ!遊園地アル!」
「すごーーい!」
「ちょっと君たち聞いてるゥゥ!?」
「神楽あそこに馬がぐるぐる回ってるわ!」
「私知ってるヨ!メリーゴーランドっていうやつネ!」
「マジか!!」
「オーイ、全っ然銀さんの話聞いてないよね、そこの女ども」

銀時と新八をおいて、女二人で遊び始める刹希と神楽であった。
あの刹希が、遊園地などという場所に来て楽しそうにしている様は全くもって想像できなかった新八はその光景に呆気にとられていた。

まずこの遊園地にいるのはお登勢からもらった遊園地無料券のおかげだったりする。
なんでも客が俺は行く相手がいないからお登勢さんに上げるよと言ってきたらしい。

「あたしだってこの歳で行く相手なんかいやしないよ」

と言って、余っていた券を万事屋一家に回してきたのである。
もちろん、神楽は興奮してはしゃぎ回るし、刹希は初めての遊園地と無料なら止めはしないという考えから現在に至るわけである。

「なんか、刹希さんがここまではしゃぐ人だとは思いませんでした」
「アイツ初めてのものにはガキみたいな反応とるからな」

ほら、宇宙旅行の時もそうだっただろ、と銀時は3話ほど前の話を持ち出す。
あの時も刹希は初めての宇宙旅行と初めてのターミナルに興味津々でうろちょろしていた。

「金目の物以外であんなに楽しそうな刹希さん初めて見ました」
「俺もだわ」
「ちょっと、そこの二人!迷子にならないでよ!」
「迷子になんのはお前らだろーが」

勝手に走って遊び始める刹希と神楽に銀時は珍しくため息をつく。
でもあんなに楽しそうにしている刹希も、本当に、本当に、稀なものだから、付き合ってやろうかと思ってしまう。
惚れた弱みだなと苦笑してしまう。

「で、なんで総悟君がいるの?」

ベンチでアイスクリームを頬張る沖田総悟を見つけたのは今しがたである。
メリーゴーランドにティーカップにジェットコースターにゴーカートに、散々遊び回った刹希たちは、ふと頭にお面の引っさげベンチにふんぞり返る男に目をやったら、総悟その人だったのである。

「近藤さんに誘われましてねェ。近藤さんは本当はお妙さんとやらを誘ったらしいんですが振られたんでさァ」
「ああ、通りで。今朝姉上機嫌悪かったんですよねェ」

つまり傷心している近藤に付き合ってこの遊園地に遊びに来ているということらしい。
しかし当の近藤の姿が見えないのだが、どうしたのだと聞けばポップコーンを買ってくると言って帰ってこないのだとか。

「迷子なんじゃ」
「まあ歩き回ってればいつか巡り会えるんじゃねぇかなァ」
「呑気ね、総悟君」
「俺はこういうの一人でも楽しめるタチなんでねィ」

ソフトクリームを完食した総悟は、立ち上がると一緒に遊園地を回らないかと提案してきた。
これに反発したのはもちろん神楽だ。

「誰がお前なんかと一緒に回らなくちゃいけないアルかァァ!楽しい遊園地が台無しネ!!」
「ガキの了承なんて求めちゃいねぇんだよ、俺ァ刹希さんに聞いてんでィ」
「って、言ってるぞ」
「いや、私に言われても」

「どーすんのよ、刹希ちゃん」と隣にいる銀時が茶々を入れる。
自分には関係ないと思ってこの男も大概のんきだ。
というか、そろそろ遊園地熱も冷めてきた刹希はいつもの冷静な思考回路をするようになっていた。

「刹希は反対だよネ!?しかも後々ゴリラが付いてくるかもしれないんだヨ!?」
「こらこら、近藤さんを悪く言っちゃいけないわよ」

神楽の言い分に苦笑しながら、刹希は軽くたしなめる。
近藤さんが良い人なのは重々承知なので居ても何ら問題ないのだが、難点があるとすればこの面子だけだったりする。

「まあ、良いけどね。多いほうが楽しいだろうし」
「エェェェェ」
「ざまぁ」

心底嫌そうな顔をする神楽と勝ち誇った笑みを浮かべる総悟。
この二人なんだかんだ仲良いんじゃないだろうかと思ってしまうのだが、言ったらいったで神楽が怒髪天しそうなので黙っておく。

「あ、近藤さんが戻ってきたみたいですよ」

新八が指さす先にはポップコーンを抱え食べている近藤がいた。
近藤はこちらに気が付くと主に刹希にだろう、手を振ってきた。
とりあえず刹希も手を振り返しておいた。

「万事屋も来てたのか?き、奇遇だなァ」
「言っとくがお妙はいねぇからな」
「べ、別にお妙さんを気にしてたわけじゃないぞ!」

ソワソワしていた近藤に銀時がどうでもよさそうに突っ込むと、慌てて弁解する近藤。
まるっきり隠しきれてないですよ、近藤さん、と内心呆れかえる。
総悟がせっかくだから一緒に遊園地を周ろうという話を近藤に伝えると、彼はノリノリで乗ってきた。

「といってももう粗方周っちまったんですよねェ」
「こっちだって同じアル。お前と行く場所なんてないネ」
「刹希さんはなんか乗りたいものとかありやせんか?」
「人の話聞けヨテメェ!」
「そーねー」

ムキーと怒って喧嘩を始める神楽と華麗に攻撃を避ける総悟を眺めながら、刹希は何かないかと考える。
まあないこともないのだが、銀時が一番拒否するのは目に見えているため行こうと言い出さなかったのだ。
横目で銀時を見るとめちゃくちゃ目を見開いて訴えかけていた。
確実にお前それはだめだから、わかってるよね、長年の付き合いだもんな!とか言っている眼だ。

「あ、ならあれなんてどうだ!?俺たちはまだ行ってないんだけど刹希ちゃんはもう行ったのかな?」
「あ〜……」

近藤が指さしたのは遠くに見えるおどろおどろしい建物。
その建物は刹希も先ほどまで考えていた、お化け屋敷である。
再び銀時のほうをちらりと見やれば、彼は後ろを向いてジリジリとどこかへ行こうとしていた。
うん、たまにはいいか、なんてどこかいたずら心がわいた刹希は、逃げようとする銀時の着物を掴んだ。

「いいえ、まだ行ってないんです。みんなで行きましょう」

営業スマイルよろしく爽やかな笑顔で言ってのけた。
背後から怨念を感じたが無視をして、一行はお化け屋敷へと足を向けることとなったのである。


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