@
カランカランとドアベルが軽快な音を立てて、店に客が来たことを伝える。
開店早々で店にはまだ一人も客はいない。
むしろこの店に、開店直後に訪れる人間は普通いない。
入ってきた男は笠をかぶって派手目な着物を着流していた。

「いらっしゃいませー」

刹希は店の奥から出てきて客に声をかけた。
だが、男の顔を見た瞬間、刹希の動きがぱっと止まった。
まさかと、信じられない気持ちでいっぱいだった。
激しく脈を打つ全身は歓喜か恐れか。
昔とは違い、幼さの抜けた大人びた顔や鋭く光る瞳も刹希には懐かしいものだった。

「よォ、久しぶりだな刹希」
「……晋助?」

攘夷戦争以来だった。
どきどきと胸が高鳴り、会えたことへの嬉しさがこみあげてくる。
もう、会うこともないと思っていたから。
でも、同時になぜ彼がここにいるのかと疑問が生じる。

この店は真選組も良く訪れる場所であるがため、攘夷浪士の動向も刹希の耳によく入ってくる。
高杉晋助は京都にいたはずだ。
攘夷戦争終結後は、京都に身を潜めていると噂で聞いた。
そして、京都で幕府の要人を殺したという話も、ついこの前沖田から聞いたばかりだ。

晋助は刹希の横を通り過ぎて、カウンターの一番端に腰かける。
刹希も彼の後を追って、怪訝そうな顔で尋ねた。

「なんで晋助がここにいるの?京にいたんじゃ……」
「おめェもヅラと同じこと聞きやがるなァ」

ククと不敵な笑みを浮かべる晋助。
どうやら小太郎とも会ったようだ。
指名手配犯同士が鉢合わせるなど、肝が冷えることこの上ない。
小太郎も晋助もそう簡単に御用になるとは刹希自身あまり考えられないが、もしかしたらと思うと不安で仕方ない。

「近いうちに将軍様が開国二十周年祝いで祭りにお越しなさるそうじゃねェか。そんなたいそうな祭り、行かないわけにはあるめェよ」
「……何かするつもりなの?」

攘夷浪士の中で最も過激で最も危険な男と謳われる晋助が、何もしないはずはないだろう。
何か、考え……いや企んでいることでもあるのかもしれない。
緊張が走った。

「刹希、俺は客だろ。茶ぐらい出すのが普通じゃねェか」
「……あぁ、そこは変わんないね」

ぶっきら棒な物言いに、こんな時なのにホッとしてしまう。
すぐ持ってくるからと言って、カウンターの中へ入る。
お茶を入れる刹希の行動を晋助はひと時も離すことはなかった。
なぜかその視線がすごく緊張を倍増させた。

「……あの……そんな見ないでほしいんだけど」
「あ?別に構わねぇだろ。あの頃と変わらねェよ」
「それずるいと思う」
「なんだ?照れてんのか」
「違う!」

入れたお茶を晋助の前に無遠慮に置く。
昔とは違う、何と言っていいのか刹希には分からなかったが、ドラマや小説で言うところの大人の余裕を醸し出す晋助に戸惑ったのだ。
昔はそんな照れてるのか、なんて簡単に言わない人だったから。

「……晋助」
「なんだ」

刹希は晋助の隣に腰かけて彼に向き直る。
晋助は茶をすすりながら、視線だけ刹希の方へ向けた。

「どうしてこっちに来たのかは分からないし、まあ気になるけどそこは今は良いよ」
「お前銀時に似てきやがったな」
「それ全っ然嬉しくない」

俺も嬉しくねェよ、気持ち悪ィと苦虫を噛み潰したような表情をする晋助。
相変わらず銀時とは仲が悪そうだ。そこは変わらない。

「この店、結構真選組とか来るからあんまり来ない方がいいよ」
「……俺がとっ捕まるなんて心配してんのか?」
「当たり前だよ」
「クク、そうか」

たとえ今はテロリストなんて言われて指名手配されていようと、刹希にとっては今も昔も変わらない。
ただ、自分を変えてくれた恩人の一人、何者にも変えられない大切な人だ。
もし捕まって彼の身に何かあったらと考えると気が気じゃない。
もちろん、小太郎も辰馬も、銀時とて同じことだ。
もう、大切な人は失いたくない。

「刹希は相変わらず、変に同情的だな」

平気で人は殺せるくせによと、平気で言ってくる。
刹希は少しだけ顔をしかめた。

「大切な人は失いたくないだけだよ」
「……おめぇらしいじゃねェか」

昔よりも骨ばった手が刹希の頭に乗せられる。
見上げれば、昔と変わらない優しい笑みを浮かべた晋助がいる。
あぁ、全部が全部変わったわけじゃないんだ。
それが仮面なのかそうでないのかはかわらないが、今だけはそう信じたかった。

「刹希……俺ァ、鬼兵隊を復活させる。お前も来い」
「……」

なんとなく、ここに彼が来たのはこれを言いに来るためだったんじゃないだろうかと刹希は思った。
攘夷戦争中、鬼兵隊を従えていた晋助を刹希は見ていた。
恩師のために、仲間のために、憎悪も苦悩も全てひっくるめて晋助は日々を戦っていた。
戦争が終わってもきっと彼にとってこの戦は終わらないのだと思った。
そしてそれは現実となって……きっとその言葉は、本当だったら自分が旅立つ前に聞いていただろう。
だが、それは晋助にとって叶わなかった。
刹希は銀時が姿を消してすぐに、後を追うようにして晋助や小太郎たちの前から姿を消した。
晋助にとって、その言葉はずっと言いたい言葉だった。

「――私は」
「今、銀時と一緒にいるんだろ」
「うん」
「……まだ銀時離れできてねェのか」
「なっ、そういうんじゃないよ!これはなんというか……成り行きで!!私だって本当最初はね、ここで住み込みさせてもらってたの!銀時がこの街にいるなんて知らなかったの」
「言い訳が必死過ぎて逆に怪しいんだよ」
「何が!?」
「お前アイツの事好きなのか」
「……」

そう言われると、刹希は動きを止めた。
ああ、これはまだ聞くの早すぎたかと思うも、ずっと聞いてみたかったことだから仕方ないと晋助は自分を納得させる。

「そ……なんでそういう事になるわけ?私もっとまともな人好きになるよ。とりあえず、あんな半ニートの事は好きにならない」
「そーかよ」
「何この屈辱感」
「だったら俺について来いって言ってんだろーがよ」
「……」

話は結局最初に戻っていた。
刹希自身思うこともある。
晋助の行いや思いについては、全てが間違いだとは思えなかったし、言える訳もなかった。
大切な人を奪ったこの国が、世界が、憎いのもまた事実だ。
それでも……。

「ごめん、晋助。……別れる前に言われてたら何か違ったかもしれないけど、今は私はここが好きだから……」

それは本当だ。もし、自分が晋助たちの前から姿を消す前にその話をされたなら、刹希はそちらにいたのかもしれない。
だが、今は自分の中にある想いが違う、即決で晋助についていこうとは思わなかった。

「……ごめんなさい」

なぜか、晋助がこちらを射抜くように見ている気がして、視線を逸らした。
刹希の顔を曇らして居心地悪そうにする仕草は何も変わらない。
晋助は心の隅で黒々とするそれを吐き出した。

「戯言だな」
「え」
「おめぇは誰の手も届かないここで平和ボケしていたいだけだ」
「そ、んなんじゃない」
「そうだろうよ、相変わらずお前は逃げてばかりいやがる」

違う。
そう言いたいのに、言えるわけがなかった。
図星なのだから仕方ない。
晋助は友人としてかけがえのない存在だと思っているが、こうして核心を突いてくるところが苦手なのだ。
目を合わせられなくなってしまうのだ。

「お前はどうしたいんだ」

私はどうしたいか……。
一瞬、晋助に視線を向けると、彼は真っ直ぐこちらを見ていた。
ぐるぐると答えを探せども探せども、思考は白くなっていくばかりだ。

「……わからない」
「そうか」

答えなんて、簡単に出ないよと言いたげな表情で小さく漏らした返答に、晋助は端的に返した。
なぜか、すごく落胆されたように思えてならない。
晋助は立ち上がると、金を置いて手口へ向かう。

「……祭りも近い、また会えるだろうよ」

じゃあなと手を振りながら、晋助は店を出て行った。
刹希はただ、その後ろ姿を見ているとこしかできなかった。


prev next

bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -