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刹希たちは十分な距離を保ってキャサリンとクリカンの後を付いて行った。
神社に続く石段を登っていく二人を見て、三人は裏側から急いで回り込み神社の陰に隠れた。
石段の最上段にキャサリンは腰を下ろし、クリカンは少し距離を置いた場所に立っていた。

「しばらく会わねェーうちに変わったなお前?」

境内はキャサリンたち以外誰もいないおかげで会話は良く聞こえた。

「野暮ネ、変ワッタナンテ言葉ハ若イ女シカ喜バナイ。大人ノ女ニハ「昔と変わらないね」ッテ言ウモノヨ」
「ハッ、そーゆーところは相変わらずだ……」

「あいつケツアゴアルヨ」なんて横で言う神楽の頭を無言で叩きながら刹希は話に集中した。
やっぱり隠れてこそこそ盗み聞きは胸糞悪いと思いつつも、キャサリンがどうするのか気になった。

「だが俺達とつるんでいた頃のお前はもっとパンチきいてたぜ。銀河中のお宝を荒らし回り、どんな厳重な金庫も容易にこじ開ける“鍵っ娘キャサリン”といえば知らねー奴はいなかった」

顔と名前が釣り合ってねーよ!通り名改めろ!と盗み聞きしてた三人は心の中で盛大に突っ込んだ。
大体クリカンの回想に出てくるキャサリンが長髪だったというだけで何かの間違いだろうと思いたいのに、それに加えて“鍵っ娘キャサリン”なんて悪い冗談だろうと言ってやりたい。
どう見たって面が違うじゃねーかと言ってやりたい心境だ。

「止メテヨ、私ハモウ泥棒カラハ足洗ッタノ」
「そうだな、そう言ってお前は俺達から去っていった。だが、風の噂で聞いたがお前……地球でブタ箱ブチ込まれてたらしいじゃないの?盗みってのはカレーうどんの汁よりとり難い、洗っても洗っても落ちやしないぜ」

クリカンはやはり泥棒から足を洗ったキャサリンを誘いに来たのだ。キャサリンがまた泥棒をすると決めてかかっている。
悪行を簡単に正すことが出来ないのを、刹希はここにいる誰よりもそれを知っているし、クリカンの言っていることはある意味で正しい。
自然と柱を掴んでいた手に力が入る。

「実は俺達江戸で一山狙っててな、ここは天人と金が銀河中から集まってきてる……働きがいがあるぜ。そこでお前の力が借りたいのさ、キャサリン」
「止メテヨ!今ノ女将サンニハ、世話ニナッテルノ……モウ裏切ルコトナンテデキナイ」

キャサリンは警察に捕まった自分をもう一度拾ってくれたお登勢のために、本気で泥棒をやめようと思っているのだ。
お登勢のためだけでなく、自分の未来のためにもここで彼の口車には乗るわけには行かない。
しかし、クリカンはキャサリンの言葉を予想していたように笑みを浮かべた。

「わかってるさそんなこと、だからこそこれ以上迷惑かけたくないだろ。……最近ここらは火事が多いらしいじゃないの?お前んトコも気を付けないとな。キャッツパンチは金のためなら何でもやるぜ」
「クリカンテメェェェ!!」

クリカンの発言からしてキャサリンがこの話を断りでもしたら火でもつけようという魂胆なのだろう。
今までそういうあくどい手段を使ってきたのはキャサリンの態度からも察することができる。

クリカンは睨んでくるキャサリンに「お前にとっても悪い話じゃない」と言いくるめようとした。
キャサリンはその場から動かず、顔だけはクリカンへ向けたままだ。

「お前にゃ堅気になるのは無理だ。その証拠に今のお前はとても苦しそーに見える……。そんなに無理して堅気にこだわらないでもさァ、自分の特技を生かして生きればいいんじゃない?丑の刻、3丁目の工場裏で待ってるぜェ……」

クリカンは神社の階段を下りていった。
刹希のそばにいた新八は焦ったような表情をして、止めたほうがいいんじゃないかと考えているのだろう。
神楽は神楽で、「いつかこうなると思ってたアル」と腕組みしてつぶやいている。
その場から立ち上がろうともせず階段下を見つめて動かないキャサリンを見て、刹希は一度深呼吸して立ち上がった。

「さ、二人はお登勢さんのところに帰って仕事の手伝いしてきなさい。私は夕食の買出ししてくるから」

財布ないじゃないですか、なんて野暮な台詞を口にする新八の背中をたたき出してその場から返した。
きっと新八と神楽のことだ、帰ったらお登勢にキャサリンのことを伝えるに決まっている。
別にここで自分も見ぬふりしてしまってもいい。
むしろそれが正解なはずだ。
だがここで立ち止まってキャサリンに視線を向けてしまった自分は、昔に比べるととんだお人好しになったものだと思う。

「ブスが辛気臭い顔してると一層ブスになるけど」
「綾野サン」

盗み聞きしてるあなたの方が性格ブスですね、と言い返してくる元気があるならまだ大丈夫そうだ。
刹希は人一人分空けてキャサリンの隣に腰を下ろした。

「癖ってのは簡単には治んないものだよ。まあキャサリンのそれは癖なんて可愛いもんじゃないだろうけど」
「アナタニハ、ワカラナイデショーケドネ」
「そうだね。私の方がひどいし」

二人で話してどうしたいって言うのだろう。
泥棒なんてするな、とでも言ってやりたいのかと考えるが、そうじゃないとすぐに結論付ける。

「……お登勢さんに迷惑かけたくないと思ってるなら自分の気持ち曲げたらダメ」
「ソンナコト、アナタニ言ワレナクテモワカッテマス」
「でも、迷惑はいっぱいかけてもいいのよ、だってお登勢さんは好き好んでキャサリンを拾ったんだからね」

そういうとキャサリンは初めて刹希の顔を見た。
お互いに笑いもせず、顔をしかめる事もせず、無表情で視線を交えていた。
そして今まで強ばっていたキャサリンの表情が少しだけ緩んだように見えた。

「一回リモ下ノ女ニ説教サレルトハ思イマセンデシタ」
「……ま、今言ったのはただの受け売りだけどね」

昔を懐かしむように刹希は笑った。
刹希自身、言われた当時はキャサリンと同じ心境だった。
でも言われて、なぜか自分を押しつぶそうとしていた何かが少し軽くなった気がした。
迷惑かけていいんだ、それは今まで刹希にない発想だったのだから。

「がんばりなよ、キャサリン」

刹希はそれだけ言い残し、スナックお登勢に帰っていった。


  *


時刻は午前一時を過ぎた。
刹希はキャサリンよりも早くクリカンの指定していた三丁目の工場裏へと向かった。
キャッツパンチらしき三人組を見つけ、刹希は気づかれないように物陰に隠れた。
丑の刻ともなればさすがに眠気が襲ってきて、軽くあくびも出た。

「まあ、来ないなら来ないでいいんだけど」

腕時計を見れば到着してから30分は経とうとしていた。
クリカンの要求に応じないのもそれはそれでいいのだ。
これで、あの連中が何か行動を起こそうとするのなら、今この場で懲らしめることもできる。
三人くらいなら刹希だけでどうにでも出来るのだ。

「来たかァ、キャサリン」

クリカンの声に刹希は顔を上げて物陰から少し顔を出す。
キャサリンは意を決したような表情でキャッツパンチと対峙すると、そのまま土下座をした。

「何のマネだ」
「悪イケドモウ盗ミハデキナイ、勘弁シテクダサイ」
「あ゛あ゛!?何言ってんだてめェ、ババアがどーなってもいい……」

クリカンの言葉にキャサリンは顔を上げた。
その眼力を真正面で受けたクリカンはびくりと体をこわばらせた。
キャサリンはこんな女だっただろうか、ちらりと脳裏をかすめる。

「アノ人ニダケハ手ヲ出サナイデクダサイ。ソノ代ワリ私ヲ煮ルナリ焼クナリ好キニシテイイ」
「上等だ、このクソアマァ!!」

刹希は話に夢中になっているクリカンの後ろにいた、ほか二人に狙いを定めた。
さすがに殺すのはやりすぎだ。
気絶くらいであとは警察に引き渡せばいいだろう。
まず刀を持っている男へと刹希は音を殺して近づいた。
銀時の持っている木刀を拝借していたがやはり役に立った。
男が気づくよりも前に木刀を振り下ろして脳天に振り下ろした。

「うぐぅ」

クリカンはキャサリンをいたぶるのに必死でこちらには気が付いていない。
横に居た帽子をかぶった男は刹希に気が付いて振り返ってきたが、すぐに木刀を振るった。
一人目を仕留めた勢いをそのまま帽子男の鳩尾へと加減なく一突きした。

「一度泥につかったやつはな、一生泥の道歩いていくしかねーのよ」

クリカンの発した言葉に帽子男を踏んでいた足に力が入る。
表を歩けない奴は一生日の目を見れないというのか、そんなことはない。
そんなことはないと、銀時が教えてくれた。皆が教えてくれた。
泥の道を歩み続けるやつはその道に満足しているか諦めているか変わる気がないやつだ。

「オイ服部、刀貸せェ!!この女耳切りとってただの団地妻にしてやらァ!!」
「刀なんてここにはないよ」
「ああ!?お前持ってたろーが……」

クリカンの声が小さくなる。
服部だと思っていた声が女の声だったことに気がついたようで、目を見張って振り向いた。
そこには無表情で木刀を肩に担いでいる刹希が立っていた。

「ああ、木刀なら持ってるけど、いりますか、ねェ!?」

語尾に力を入れながら刹希はクリカンの頭部めがけて渾身の力で木刀を振り回した。
座っていたせいもありクリカンは無防備で木刀を受けてしまった。
ゴロゴロと転がっていくクリカンをキャサリンは呆然と見ていた。

「顔ボロボロ、明日お登勢さんに突っ込まれたらどーするの?」

刹希は懐からハンカチを出すとキャサリンに押し付けた。
キャサリンは何も喋らずハンカチを手渡されたままだった。
ピクリとも動かないクリカンを一瞥して刹希は蔑視するように言った。

「決めつけないで欲しいわァ。泥の道行ってても、泥なんて乾けばいつか落ちちゃうんだからさ。人生泥だらけで一生終えるか、いつか泥が落ちて綺麗さっぱりになるかなんて、その人次第でしょうよ」
「……ソンナコト言ウタメニキタンデスカ。綾野サンアナタ本当に馬鹿デス……」
「何それ、褒めてんの?貶してるの?どっちなの?」

いつかの時と同じ会話に、二人はようやく笑みを浮かべた。

「モチロン、貶シテルニ決マッテマス」
「貶してんのかよ!!」

ここはお世辞でも褒めてるとか言うべきでしょうが!と言い返すが、キャサリンは刹希に借りたハンカチで顔を拭いていた。
まあ、これが彼女らしい面なのだから、いくら言っても無意味なのだが、なんだか釈然としない。

「刹希サンモ、ガンバッタンデスネ」

はたとキャサリンの言った言葉に刹希は動きを止めた。
キャサリンは「ハンカチ洗ッテ返シテアゲマス」というと頭を下げて礼を言ってきた。
素直にありがとうなんていう彼女がどこかおかしくて、でも先ほどの言葉が頭から離れない。

「なにそれ……」

先に歩き出すキャサリンの背中を呆然と見ながら、刹希は顔をしかめた。
やっぱり釈然としない。これが人生経験の差というやつだろうか。
一つため息をこぼして刹希はキャサリンの後を追うのだった。




2014.8.25



(あとがき)
会話の流れで刹希が過去に何か悪行してたんだなぁと分かって最後の台詞を言ったキャサリンでした。
刹希からしたらイラッとくる感じだったんでしょう、特に深く悪行について話してないですしね。
なんだかんだ20前半なんで、まだ子供なんでしゃーない。


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