「今日は暑いなぁ……」
買い物帰りに刹希は気だるげにつぶいた。
この時期にこれほど暑いのも珍しい。最近は温暖化だなんだと言われているが、困ったものである。
かごから買い物のメモの取り出して全て買ったことを確認すると刹希は扇風機が回っているであろう「あじさい」に足早に戻ろうとした。
「刹希さん、ちょうどいいところで会いやしたねィ」
「あれ、総悟くん?」
目の前に現れたのは真選組の沖田総悟だった。
こんなにも暑いのに涼しい顔をしている。
イケメンは違うなぁ、と思いながら笑顔で対応する。
「またサボり?」
「外であったら俺ァサボりになるんですかィ?今日は仕事でさァ」
今日“は”と行っている時点で先にしゃべっていた部分に否定は入れられないだろう。
それにしても、仕事とは珍しい。
見廻りと言わない時点でいつもとは違うのだということは直ぐにわかった。
「またテロリストとか」
「テロリストならありがてェんですが、今回捜してんのはこの娘でね」
そう言って沖田が刹希に見せた写真には綺麗な黒髪に華やかなかんざしを差し、巷では滅多に見ないような豪華な着物を着た少女だった。
写真に写るその顔にはどことなくもの憂いているようで、子供のような無邪気さには遠い。
「見かけやせんでしたかィ?」
「ううん見てないけど。……誰?」
「お姫さんでさァ」
「……姫ェェ!?」
驚いて写真を再度見返してしまった。
確かに言われてみれば姫のように気品もある。いや、実際に姫なのだが……。
姫を捜しているとはどういうことなのか、まさかお城に姫様がいないということか。
そのまさかだ。
「家出みたいなもんらしーですがね、全く姫さんの考えることはわからねーや」
立ち話もなんだからと歩きながらその話を聞いていた刹希は生返事で返していた。
家出、というところに引っかかっていたのだ。
姫様でも、なにか嫌なことでもあるのだろうか、と住む世界の違う少女に思いを馳せていた。
「あ、土方さん」
自分とはきっと違った思いから家出をしているんだろう。
何を変に同調しようとしているんだ、と自分の幼い思考を嘲笑っていると、横に居た沖田の声に意識が浮上した。
目の前には自動販売機で買った飲み物を飲み干している土方がいた。
「おまけにこのクソ暑いのに人捜したァよ……もうどーにでもなってくれ」
「そんなに暑いなら夏服つくってあげますぜ、土方さん……」
刀を抜いて土方の後ろに立った沖田を距離を保って見守る刹希。
これは恒例のことだ、出会った当初は止めていたがもうそんな野暮なことはしなくなった。
土方が振り向くか向かないか、という一瞬で沖田は土方の腕に刀を振り下ろした。
遠慮なく刀身は地面に音を立てて下ろされたが、土方はなんとか避けたようである。
今日も彼の命は窮地を介したのであった。
「あぶねーな、動かないでくだせェケガしやすぜ」
「あぶねーのはテメーそのものだろーが、何しやがんだテメー!!」
「なんですかィ、制服ノースリーブにしてやろーと思ったのに……」
「ウソつけェェ!!明らかに腕ごと持ってく気だったじゃねーか!!」
今日とて土方殺しが失敗した沖田は舌打ちをすると、どこから出したのか自分が来ているものと同じ隊服の上着を出した。
しかもなぜか腕の部分が無残にも切られている状態だ。なんてワイルドなのだろう。
「実は今俺が提案した夏服を売り込み中でしてね。土方さんもどーですか、ロッカーになれますぜ」
「誰が着るかァ!明らかに悪ふざけが生み出した産物じゃねーか!!」
「おう、どーだ、調査の方は?」
「「……」」
唐突に現れた近藤の沖田推奨ロッカー姿に土方と刹希はもう何も突っ込まなかった。
やあ、刹希ちゃんこんにちは!なんて言われたがぎこちなく笑っておくしかできなかった。
「潜伏したテロリスト探すならお手のモンだが、捜し人がアレじゃあ勝手がわからん」
「……お姫様ならちゃんと帰ってくるんじゃないですか」
「確証がねえだろ」
刹希の言葉に土方が眉を寄せて文句を言った。
確かに確証など全然ないのだが、写真をパッと見て思ったのだ。
「お姫様なら、自分の身分や立場をよくわかっているはずですよ。息が詰まったから出てきただけ、明日にでも帰ってきますよ」
「何か事件にも巻き込まれてたら勝手も違ってくるだろうが」
「それもそうですね」
まあそこを突かれるともう反論もできない。
事件に巻き込まれ、姫様が危険な状態になった場合、真選組も立場が危ういのだろう。
だがしかし、刹希は一般人だ。姫様捜しに関してはこれ以上関係のないことだ。
「それではお姫様捜し頑張ってください。私はこれで」
「また後で店行くんで」
「目の前で堂々とサボる約束しないでくんない?総悟くんんんん!?」
進歩のないやりとりを冷ややかな視線を見ながら刹希は「あじさい」へと足早に買えるのだった。