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カコン、と屋敷の庭にある鹿威しが響きよく音を立てる。
それを神楽がジッと見つめる中、客間では銀時・刹希・新八が今回の依頼について話を聞こうとしているところだった。

「いや、今までも二日三日家を空けることはあったんだがね。さすがに、一週間ともなると……」
「ちょっと、刹希さん……大丈夫ですか?」
「だめ、もう無理……銀時死ね」

家の旦那が話をしているが、銀時と刹希はそれどころではない。
刹希は口に手を添えながら顔を俯かせていた。

「さっきからずっとそれじゃん。死ねって言った方が死ぬんですー」
「誰のせいだと、思ってるの……銀時死ねばいい」
「ちょっと、二人ともしっかりしてくださいよ。だからあんま飲むなっていったんスよ」
「ふざけんな。私は銀時に無理やり飲まされたんだよ。銀時マジ死ね」

そう、昨晩銀時が酒を飲んでいるところに、刹希がなぜか巻き込まれて泥酔するまで酔わされたのだ。
もちろん、テンションの上がっていた刹希は銀時が酔い潰れた後も飲んだおかげで銀時以上に二日酔いが酷い状態だ。

「ちょっと?君達話聞いてる?」
「そー急ぐなよ。人生先走ってくと、どんどんハゲてくよ」
「誰がハゲてるかァァ!!」
「頭がぁ……痛すぎて死ねる。銀時死ね」
「やっぱ休んでた方がよかったんじゃないんですか?」
「金を……ちょっとでも多く巻き上げなくちゃいけないでしょうーがァァ!銀時死ねェェエエエ」
「そういうこと当事者の前で躊躇いなく言うのやめてくんないィィ!?」

酔いが残っている刹希はいまだいつもの状態には戻り切れていなかった。
語尾に銀時死ねがついているのもいい証拠である。



  *



「親の私が言うのもなんだがキレイな娘だから、何かよからぬことに巻き込まれているのではないかと……」

話をようやく戻して、旦那がそう言いながら銀時に娘の写真を渡した。
それを横から刹希も覗き見る。
そこには色黒でかなりふくよかな少女が映っていた。お世辞の上手い刹希でもこれはなんともフォローのし辛いものがある。

「……そーっスねェ。なんか……こう、巨大な……ハムをつくる機械とかに巻き込まれてる可能性がありますね」
「ハム、っていうか……豚を焼く機械に、巻き込まれてるっていうか……」
「いや、そーゆんじゃなくてなんか事件とかに巻き込まれてんじゃないかと……」
「事件?あーハム事件とか?」
「それは失礼だよ……銀時。きっと、豚丸焼き事件とか……」
「オイ、たいがいにしろよ。せっかくきた仕事パーにするつもりか」

今回、新八は刹希が全く役に立たない状態であることを改めて理解した瞬間であった。
頭がガンガンと、工事現場並みの煩さが刹希を襲っていて、正直新八の会話とか頭に入ってこない。
存在感が眼鏡だけだから言葉すら消えてしまっている。

「オイ、それ僕眼鏡だけじゃねぇかァァァァ!」
「な、何も聞こえない……」
「都合よく二日酔いの振りすんなァァ!!」

そんなこんなで、刹希たちは娘が行きそうな場所へ向かうことにした。



  *



「あー?知らねーよ、こんな女」
「この店によく遊びに来てたゆーてたヨ」
「んなこと言われてもよォ、嬢ちゃん。地球人の顔なんて見分けつかねーんだよ……名前とかは?」
「えーと、ハ……ハム子……」
「ウソつくんじゃねェ!明らかに今つけたろ!!そんな投げやりな名前つける親がいるか!!」
「忘れたけどなんかそんなん」
「オイぃぃぃ!!ホント捜す気あんのかァ!?」

カウンターにいる鶏風の天人と神楽のやり取りを遠目に見ていた新八が、銀時と刹希に向き直った。

「銀さん、刹希さん……神楽ちゃんに任せてたら永遠に仕事終わりませんよ」
「あーもういいんだよ。どーせどっかの男の家にでも転がり込んでんだろあのバカ娘……」
「それかプチ家出だよ。あの年頃は家出したくなるんだよ、パパがうざいーとか言って……」
「そーそー。アホらしくてやってられるかよ。ハム買って帰りゃあのオッサンもごまかせるだろ」
「ハムは動かないよ。やっぱり豚の方が鳴くし動くし……ぴったりだよ」
「ハムも豚もごまかせるわけねーだろ!アンタらどんだけハムと豚でひっぱるつもりだ!!」
「まー落ち着いて、新八」

そう制しながら、刹希は水を飲み干す。
ずっと飲んでようやく頭の痛みが軽減され始めた。
その代償として腹は水がいっぱいだが。
時折ぼやける視界もいつも通りになってきている。

「ワリーけど二日酔いで調子ワリーんだよ。適当にやっといて新ちゃん」
「ちょっ、銀さん!!」

銀時は早々に席を立って、どこかへ行ってしまった。
さて、どうやって探そうかと、刹希が刹希らしくなり始めた時、新八が誰かとぶつかった。

「あ、スンマセン」

そういって新八が謝り振り向くのと同じ調子で刹希もぶつかった相手を見た。
そこにはこの店にいる天人とはどこか違った雰囲気を漂わせる天人だった。

「……小僧、どこに目ェつけて歩いてんだ」

新八に手を伸ばした天人は、新八の肩に触れて何かを掴んだ。

「肩にゴミなんぞ乗せてよく恥ずかしげもなく歩けるな。少しは身だしなみに気を配りやがれ……」
「……」

天人はそのままいくかと思われたが、何を思ったのか刹希に視線を向けてきた。
しっかりと視線が交わり、天人はしばらくそのままだったが、口を開いた。

「女、この小僧の保護者か」
「……まあ、そんなところです」
「しっかり躾けとけよ……」
「……心得ておきまーす」

天人はそのまま去って行った。
どこか掴みどころのない天人の後姿を見つめながら、刹希はもう一口水を飲んだ。
店の中を見渡しながら、深いため息を吐く。
ただでさえ気分が悪いのに、さすがにこれだけたくさんの天人がいる場所に長居なんてしたくはない。

「刹希〜、新八〜!」
「ん?」

神楽の声が聞こえてきて、そちらを見るとなぜか隣に太った男が立っていた。

「もうめんどくさいから、これでごまかすことにしたヨ」
「どいつもこいつも仕事をなんだと思ってんだ、チクショー!」

当たり前だがそんなもので誤魔化しが利くわけがない。
利いたらよっぽどあの親の目が腐っているのだろう。
まあ、ハム子を可愛い子と言っていたくらいだからすでに手遅れなのかもしれない。
刹希は手を額に置いて考えを巡らせる。ハム子が行きそうな場所は他にどこがあるのかを。

(――というか、この男なんだかおかしいような)

刹希は眉間にしわを寄せながら、神楽の隣にじっと立っている男に視線を向けた。
文句ひとつ言わずそこに佇む男に違和感を抱き、席を立って男に近づいた。

「ちょっと、あなた――」

触れようとした瞬間、男はその場に倒れた。

「ハム男ォォォォ!!」
「オイぃぃ。駄キャラが無駄にシーン使うんじゃねーよ!」

三人は膝をついて倒れた男の様子を見ようとした。

「ハム男、あんなに飲むからヨ」

そういって、神楽が男の位置を変えると、締まりのない顔が現れる。
自制なく涎や鼻水が出て、目は座っている。座っているというよりも、これは何か薬を飲まされて可笑しくなった状態みたいだ。

「もしかして……」
「あー、もういいからいいから!あと俺やるからお客さんはあっちいってて」

先ほどの鶏風の天人が駆け寄ってきて、男をどこかへ連れて行こうとする。

「……ったく、しょーがねーな。どいつもこいつもシャブシャブシャブシャブ」
「シャブ?」
「……シャブって、麻薬のこと?」
「ああ、そうだよ。この辺でなァ、最近新種の麻薬(クスリ)が出回ってんの。なんか相当ヤバイやつらしーからお客さんたちも気をつけなよ!」

やはり麻薬だった。
刹希は店員天人に連れて行かれるシャブ男を見送りながら一旦席に着いた。
天人が地球に行き来するようになってから、麻薬が出回ることは多くなった。
決して、戦争前がなかったというわけでもないが、終戦後は麻薬が出回る活動が活発化したのだ。
天人が権力を持つようになったことで、取り締まりに緩みが出ていることが一番の問題点だろう。

「刹希さん……もしかして、ハム子さんもその麻薬に……」
「断定はできない……けど、もしそうだとしたら危ないかもしれない」
「どうするアルか?」

刹希はグラスに入っている水をすべて飲み干して、考えこんだ。
ハム子が麻薬に手を出していなければそれに越したことはない。
けれど、もし手を出したとしたら、ハム子が無事でいるかどうか……難しい所だろう。
麻薬は元来売り手が金を巻き上げるために使うエサのようなものだ。
ハム子は裕福な家の娘とあって、そこに付け込まれている可能性もある。
これは本当に何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。面倒くさいことになってきた。

「それにしても、遅いな銀さん」

新八が周囲を気にしながら、銀時の所在を気にしている。
大体どこに行っているのやら、こんな時に呑気な男である。

「銀時は何かあっても大丈夫だよ。それよりも、私たちは一回店から出るよ」

これ以上店の中にいるのは危ない気がする。
確信はないが、この店の雰囲気や先ほどの天人の発言からどんなことに巻き込まれるか分かったものではない。

「でも、銀さんは……」
「私捜してくるヨ、……!」

そういって、神楽が立ち上がろうとしたとき、正面にぞろぞろと現れた天人たちの内一人が神楽に銃口を向けた。

「てめーらか、コソコソ嗅ぎまわってる奴らってのは」
「なっ……なんだアンタら!」
「とぼけんじゃねーよ。最近ずーっと俺達のこと嗅ぎ回ってたじゃねーか、ん?」

どうやら別の誰かと勘違いしているようだ。
刹希たちは今日初めてここに来たし、ハム子を捜しているのであって天人のことを嗅ぎ回ることはしていない。

「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。宇宙海賊“春雨”の恐ろしさをな!」

刹希は悟られないように袖に手を入れて、小刀を手に取った。
本当に厄介なことになった。今回の依頼は外れのようだ。
今は銀時もいないことだし、この二人を護れるのも自分しかいない。
刹希は長く太い息を吐いて天人たちに視線を向けた。

「春雨なんて知らないし、私たちはある娘を探しているだけよ。見逃してくれない?」

もちろん、宇宙海賊“春雨”その名を知らないわけではない。
真選組がバイト先の常連だけあって、その手の話は少し聞いたこともある。
銀河系で最大の規模を誇る犯罪組織である彼らが、自分達から名乗っている時点で素直に帰してくれるとも思えない。
二日酔いも残っている刹希にとって、ここで戦闘に入るときついものがある。

「そんな嘘、信じると思ってんのか?」
「連れていけ!抵抗したらどうなるか分かってんだろうなァ?」

天人は新八と神楽に手を伸ばそうとした。
が、刹希は左手を右の袖に入れ、すぐさま掴んだクナイを天人目掛けて放った。

「ぐぁぁあああ」
「!」

クナイは見事に天人の眼球を捕らえて突き刺さった。


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