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「こんちはー、刹希いますー?」
「おやおや、この声は」

店長が刹希をなだめていると、良い具合に話の当事者である銀時がやってきた。
目の前の刹希は一瞬体を固めて目を泳がせ始める。
店長は苦笑しながら厨房から出た。

「お久しぶりだねぇ、銀さん。刹希ちゃんなら奥だよ」
「店長、相変わらず呑気にやってるみたいで何よりだわ」

久しぶりに会って、挨拶もそこそこに銀時はパフェ一つと注文する。
店長はあいよ、と返事をして再び奥へと引っ込んでいった。

「ここが刹希のバイト先アルか!!」

後ろにいた神楽は始めてきた場所に、興奮気味に店内を見回している。
ついでに定春も一緒なのだが、さすがに店には入れられないので外で待っている。
店内を歩き回る神楽を銀時がたしなめていると目の前にバンと大きな音がして銀時は視線を上へあげた。
そこには黒い笑みをした刹希がいた。

「金もないのにパフェなんて注文しないでください、お客様」
「い、いやー、来たからには何も頼まないわけにもいかないじゃない?」
「大丈夫、店長そこら辺の坂田家の事情は知ってるから」

遠慮しなくても良いんだよ?とニコリと笑って言えば、銀時はがっくしと肩を落とした。
ため息をついてからわずかに銀時に視線をやる。
落ち着け自分、と心の中で繰り返す。
先ほどの店長の台詞が脳裏をかすめていく、言い知れない感情を落ち着かせようと再度ため息をついて冷静になる。

「絶……っ対、ありえない」
「え、なにが?」

小さな独り言にさえ反応してくる銀時。
それを無視して、刹希は未だに店内を見ている神楽を呼び、大人しくさせた。

「で、何か用?」
「ああ、まあ聞きたいことがあってな」
「これの持ち主探しアル!」

そういって神楽が刹希の目前へ出したのはかんざしだった。
刹希はそれを受け取るとまじまじと見つめる。

「依頼?」
「まあそんなとこだ。五十年前に引き抜いてきたかんざし返したいんだと」
「どんだけ前なの。その人生きてるの?」
「依頼したジーさんももう死にそうだったネ」
「……ふーん」

今更になって、やり残したことをやり通したくなったのだろうか。
刹希にとってそのジーさんの考えを理解するにはまだまだ若すぎた。
それでも返したいというのならば、万事屋として最上級の事はすべきだろう。

「で、なんでここに来たの?」
「店長、ここにずっといるんだろう?」
「僕かい?うん、いるよ」

カウンターに出てきた店長は笑顔で答えた。

「これの持ち主がよ、五十年前団子屋『かんざし』で奉公してたらしいんだ」
「……ああ、なんだったかなぁ。確かに『かんざし』かは分からないが団子屋はあったような……」
「でもそれだけじゃ、誰かなんて特定できないでしょう。奉公って言うならもう江戸にはいないかも」
「名前は綾乃らしいアル」

その言葉に刹希と店長は動きを止めた。
そして二人して顔を見合わせる。

「団子屋で働いていて、綾乃で、今だと五十か六十くらいの女の人……」

知っている情報を二人して確認していると、やはり二人は顔を見合わせた。
そんな二人に銀時は眉を寄せた。

「もしかして、知ってんの?」
「知ってるっていうか……」
「僕はあまり話さないけどねぇ」
「ていうか、銀時知らないの?」
「え、何?俺知ってんの?」

誰誰!?と迫ってくる銀時をお盆で防ぎながら、刹希は今日で何度目かになるため息を吐いた。
自分よりも少しは長いが付き合いだろうに、なぜ知らないんだ。
これだからこの男は駄目なのだ、と頭を抑えたくなるのは仕方ないだろう。

「まあまあ、刹希ちゃん、案内してきたら?」
「え、でも今バイト中ですし、できませんよ」
「良いよ良いよ、もうそろそろで終わりでしょう?今日はもう客来ないだろうし」

いや、そんなことはないだろうが……でも、店長がそういうのなら断る理由もない。
刹希はエプロンを脱いで、店長が出している手に渡した。

「それじゃ、行こうか」



  *



日が傾き始めて影が伸びる先を三人と一匹は歩いていた。

「結局、誰なんだよ、綾乃って」
「私はなんで銀時が知らないのか全然わからない」
「むしろ俺はなんでお前が知ってんのかわかんねぇよ」
「大みそかに大掃除を手伝ったの」

いきなりの話の切りだしに銀時は困惑の色を浮かべる。

「で、その時にアルバムを見つけてね。昔の話に花が咲いて、その時に名前教えてもらったの」

自分にしてはかなり自然な流れで聞けたと思う。
元々源氏名であった彼女の本名は気になっていたのだ。
その時、彼女はあまり周りに言いふらすんじゃないよと言われ、その言いつけを守っているのだが、まさか銀時が知らないとは思わなかった。

「大掃除?」
「そう」

それで何かピンと来るものでもあったのだろうか。
銀時は無言になり、刹希について行く。
そしてついた先は、万事屋銀ちゃんの家であった。

「……お前、まさかここだとか言わないよね?」
「言ったらどうするの」
「……いやいや、ないよ、これはないよ」
「お登勢さん、ちょっといいですか?」

ないないと、連呼する銀時を余所に、刹希はスナックお登勢に声をかけた。
そして中からは煙草を吸いながらお登勢が出てきた。

「なんだよ、家賃払いに来たのかいイ?」
「いえ、家賃はまた今度でお願いします」
「お前、こちとら夜の蝶だからよォ、昼間は活動停止してるっつったろ。来るなら夜来いボケ」
「……いやいや、これはないよな」
「ナイナイ」

銀時は神楽に同意を求めた。
横にいた刹希はその模様を黙って見つめる。

「綾乃ってツラじゃねーもんな」
「なんで私の本名知ってんだイ?」
「「……」」
「もしかして刹希が教えたんじゃないだろうね?まあ別に良いけど」
「いえ、この二人元々知ってましたよ。まァ、ついさっき知ったみたいですけど」

今更過ぎてびっくりしましたよ、なんて会話をお登勢と刹希がし始める。
が、それを正気に戻った銀時がツッコみ始める。

「ウソつくんじゃねェェェババァ!!おめーが綾乃のわけねーだろ!!百歩譲っても上に『宇宙戦艦』がつくよ!!」
「オイぃぃぃ!!メカ扱いかァァァ!!」
「銀時!こんなんでも昔のお登勢さんは美人だったんだからそんな事言わないの!」
「こんなんってどーいう意味だァァ!貶すか褒めるかどっちかにしろや!!」

珍しくお登勢が刹希の頭を叩いて勢いでギャッと変な声を出す刹希。

「お登勢ってのは夜の名……いわば源氏名よ。私の本名は寺田綾乃っていうんだイ」

そうお登勢が言えば、銀時は「なんかやる気なくなっちゃったなオイ」と神楽に言う。

「それにしても銀時がお登勢さんの本名知らなかったのが意外です。てっきり知っているのかと」
「こいつはそんなこと気にしちゃいないだろうさね。てか大掃除の手伝いにすら来ない奴だからね」
「それもそうですね、大家さんだってのに気の一つも回せない天パニートですもんね」
「なに!?銀さんが悪いみたいになってるけどなんで!?」

おほほーと笑い合うお登勢と刹希に銀時がツッコんでいると、店内の黒電話が鳴りだした。

「ハイ、スナックお登勢……なに?いるよ銀時なら」
「誰からですか?」
「新八から電話」
「なによ」
「なんかジーさんがもうヤバイとかいってるけど」

ジーさんって例のかんざしの持ち主を探すように言ってきた人か、と刹希は思い出す。
というか、そういえばそれ目的だったことを今思い出した。

「とにかく、お登勢さんを連れて行った方が良いんじゃない?」

新八との電話を言葉少なで切った銀時に刹希は言った。
もちろん、銀時もそのつもりだったのだろう。

「もちろんだ。バーさんちと付き合ってもらうぜ」
「は?」
「急ぐアル!ジーさん死んじゃうかもしれないネ!」

そういうと神楽はお登勢を担いで店から連れ出した。
ここから病院まで走って間に合うかどうか、やはり移動手段は限られた。
銀時が定春の一番前に跨ると神楽とお登勢が跨り、最後に刹希が跨った。

「……てかこれ定員オーバーだろォォォ!!ちょ、もう刹希お前帰れ!ここからはもういらねーよ!!」
「は?ここまで来たのに案内終わったら私は要らないっての?その程度の女だったわけだ私は!」
「いやそう言う意味じゃないけどね!!刹希ちゃんは俺のマイハニーだよ!」
「気持ち悪いこと言ってんじゃないよ!定春、君はやる子出来る子だよ!さァ行きなさい!」
「ワン!」

刹希の一声で定春は走り出した。
突然のとこで首に手を回されていた銀時、神楽、お登勢は白目向いたとか向いてないとか。

「ちょっといきなりなんだってんだイ!」
「あ、バーさんこれつけてくれや」

正気を取り戻したお登勢が現状について行けないのか怒鳴り散らすが、それをスルーして銀時は持っていたかんざしを渡す。

「なんだい、このかんざしは」
「ジーさんがよ、奪ってきたかんざし返したいんだとよ。まあ当の本人がもう死ぬ間際みてーだが顔くれェ見てやってくれ」

銀時のその言葉にお登勢は静かになってから、手に持っていたかんざしを挿した。
そして目の前には病院が見えてきた。

「ねェ!下りないの!?」
「そんな時間あるわけないネ!定春突っ込むアルぅぅぅぅぅ!!」
「ちょ、待て待て待てェェェ!!」

銀時の静止を聞かず定春は病院の一室に突っこんでいった。
突然窓ガラスからの侵入に中にいた医者たちが驚きの声をあげていた。

「ギャァァァァァァ!!」

ようやく止まった定春から全員が下りる。
窓ガラスを突き破ったおかげて室内はガラスが散乱している。
これ、うちが弁償するとかじゃないよね……、と別のことを考えてしまう刹希だが、今はその現実を考えないようにした。

「おいじーさん、連れて来てやったぞ」
「い゛っ!?お登勢さん!?」

着物の汚れを払いながらお登勢はベッドに近づいた。
ベッドに死に行きそうなジーさんが反応して目を開けた。
ぼんやりしているのか返事をしないジーさんの頭を銀時が叩く。

「かんざしはキッチリ返したからな……見えるか、ジーさん」

ジーさんは薄らと涙を浮かべていた。
酸素マスクを外して言った。

「……綾乃さん、アンタやっぱ……かんざし、よく似合うなァ……」
「ありがとう」

お登勢はジーさんの手を両手でしっかりと握った。
彼にはどう映っているのだろうか、その穏やかな笑顔は実に満たされているようだった。



  *



夕暮れ、空も赤赤と染まっている中を四人と一匹は歩いていた。

「……バーさんよォ、アンタひょっとして覚えてたってことはねーよな?」
「フン、さあね」

しゃらんと音を立てるかんざし。

「さてと……団子でも食べに行くとするかイ」
「ん……ああ」

笑顔で振りむくお登勢に、銀時は目をこすった。
いつもと違うその姿に戸惑っていた。
刹希はくすりと笑って小さくつぶやく。

「ほら美人でしょ。お登勢さん」





2013.10.5


(あとがき)
ちらほら銀さんを意識しちゃう場面を今後書けたらいいなぁとか思うのですが
なかなか上手いこといかんもんです。


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