翌日、刹希はバイト先の「あじさい」にいた。
今は午後四時を過ぎたころで、お茶をしに来た主婦や若者がゆったりと店の中でくつろいでいた。
客からの注文もなく、刹希は店長と一緒に厨房で食器を洗っていた。
「最近ね、新しいメニュー追加しようかなって思ってるんだよ」
「そうなんですか?どんなメニューにするんです?」
「んー、何が良いかな?」
「特に考えてなかったんですか」
引きつった笑顔を送ると、店長は朗らかに笑い始める。
でも、実際は頭の中で考えているのが店長なのだ。
ある日いきなり、新作作ったから試食してくれるかな?と言ってくる。
彼は人を驚かせたり喜ばせるのが好きなのだ。
「そういえば、何かあった?今日はよくため息ついてたけど」
「えっ、ため息ついていました!?」
無意識に出てしまっていたため息から、刹希の変化を見抜いてしまう店長。
そこは年の功ともいえるだろう。
こういう部分を銀時も見習ってほしいものだ、と心の中で思う。
せっかく店長が心配して聞いてくれているのだから、刹希は昨日の出来事を掻い摘んで話した。
定春の話では愚痴も入っていたが、そこは気にしないでおこう。
「そりゃあ、新八くんが心配だね」
「昨日の今日なので、銀時には新八の見舞いに行くように入ったんですがね……」
そう、バイトへ行く前に、銀時には新八の見舞いに行くよう言いつけて出てきたのだが、ちゃんと実行してくれているだろうかと、若干不安になる。
今頃は居間でジャンプを読んだり、ふらっと街を歩いていそうでならない。
(そういえば、定春と新八の事ですっかり忘れてたけど、またパチンコとか禁止しないとなぁ)
帰ったらしっかり銀時に言っておかなければ、と今決めた刹希。
銀時はそんな事露とも知らずに新八の見舞いに行っているが、まあ、手を合わせることしかできない。
「やっぱり、一人暮らしの方がこんなに生活苦しないと思うんですよ、私……!」
給料が払われたと思えば、銀時が博打ですって神楽の食費で消え、家の修理費や銀時の治療費に消え、家賃で消える。
前々から思っていたが、何かがおかしいと刹希は思っていた。
普通に暮らしててなぜここまで金がかかるのだ。
元はと言えば銀時がしっかりしてくれないのがいけないのである。
(てか、絶対そうだよ)
もっとしっかり、そこそこでもいいから仕事をしてくれれば、自分はまだ余裕を持って日常を送っているのではないのか?
(そういえば、なんで私、銀時のとこに居候してるんだろう)
昔のこと過ぎて忘れてしまった。
確か、色々あったのだが……どうにも思いだせない。
これは脳が忘れたがっているということなのだろうか。
(……でも、そんなたいそうな理由はなかった気がするんだけど……。うん、駄目だ。思いだせない、諦めよう)
一つため息をついて、いつの間にか皿洗いする手を止めていた手を再び動かす。
とりあえず、一人暮らしをしたら、だらしない銀時の事を考えずに済んで、食費の事に悩む必要もないはずだ。
「確かに、一人暮らしは自分が生きていければ良いからね。刹希ちゃんがそうしたいならいいと思うけどねェ?」
考え込んでいた刹希の横で店長が笑いながら言ってきた。
彼の言葉に思わず手が止まる。
「いやね、実際に誰かと生活を共にしてると実際一人になると寂しいもんだ。僕もねェ、家内が実家帰った時は本当……っ、この世の終わりかとっ」
「な、泣かないでください、店長!アドバイスしてたのに慰められちゃってるじゃないですか!」
「あぁ、ごめんね。つい昔を思いだしちゃって」
あの頃は大変だったなァ、と感傷に浸り始める店長に苦笑が漏れる。
「まァ、僕の個人的意見だけどさ。刹希ちゃん、銀さんと一緒にいるとき生き生きしてるしね、大変だろうけど君には銀さんが必要なんじゃないかなぁ?」
「……」
まさか、店長の口からそんな言葉が出てくるとも思わなかったし、その内容に刹希は目を多少見開いた。
生き生きしている?
自分が、あのダメ男といて、生き生きしている?
刹希にとっては全くもって理解不能な言葉だった。
「そ……んなこと、ないと思いますけど……店長、良い眼科紹介しましょうか?」
「これでも1.0以上あるから大丈夫だよ!!」
「いやいや、でも、それはないですって……!だって、あれといて私90%疲れしか生成されてませんもん!!」
絶対ないよ!ありえないよ!
困惑から絶対的否定へと移行する刹希の思考回路。
そんな彼女を見ながら、ああ、自覚ないんだねこの子は。としみじみ思う店長。
案外こういうものは他人の方が分かるもので、本人は最後まで気が付かないものだ。
(しっかり教えるのも良いだろうけど、やっぱり自分で自覚することが大切だろうね)
的確な指摘はしない方がよさそうだ、と自分の中で結論付けて、店長は未だに否定している刹希をなだめた。