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定春に噛みつかれた頭からは血がたらたらと流れていた。
銀時と神楽が何とかして定春の口をこじ開けて、刹希は解放された。
ソファに移動してから銀時に手当てをしてもらう。

「何、銀時は本気であの定春君を飼おうと思ってるわけ?」

頭部に包帯を巻きつけた状態で横にいた銀時に問いかける。
その瞳には何も映していないようである。
つい数分前までは、飼ってもいいかな、なんて思っていた気持ちはどこかへ消えてしまったかのようだ。

「いや、ね。うん、まぁ、今更一人や一匹くらい増えたって同じかなって思うんだよねェ銀さん……」
「……」

返事を返さない刹希に銀時は泣きたくなってくる。
彼女の視線の先はどこを見ているのかわからなくて、表情一つ変えないものだから余計恐ろしい。
今、何を考えているのか、銀時には皆目見当もつかなかった。
その二人の横では、神楽が定春に噛みついてはいけない、と躾けている最中であった。

「……わかった」
「え?何が分かったの?刹希さん?」

いきなり呟いた刹希にびくっとする銀時。
すっと立ち上がった刹希は銀時に目もくれず、定春の前に仁王立ちした。
そして満面の笑みで言った。

「これから定春君を万事屋で飼うことにします」
「マジでか!ありがとうネ、刹希!!」

ようやく万事屋一番の権力者からお許しが出てはしゃぎ始める神楽は定春に、良かったアルな!と言っている。
一方の銀時は冷汗を掻いていた。
長年の付き合いから、今の彼女が普通ではないことぐらいわかる。

「ただし、郷に入れば郷に従え。ここに住むならここの方針に従ってもらいます」
「あの〜刹希ちゃん?何するつもりなのかなァ?」
「動物だからってやることなすこと全部許されると思ったら大間違いだってこと教えてあげるよ」
「無視かオイ!!刹希ちゃァァァん!?って、何やらかそうとしちゃってんの!?」

笑顔な刹希は小刀を定春の前に出してきた。
まさか、犯罪でも起こす気じゃっ……と、銀時が焦っている内に話は進んでいく。

「まず一つ、定春。この家では私が一番偉いからそれを良く覚えておくこと、わかった?」
「あれ、俺は?」
「定春、あの白もじゃは一番役立たずだから」
「役立たずは言い過ぎじゃない!?俺だってやる時はやってるんだけど!」
「銀ちゃんは働かずに毎日ぐーたらして、ダメな大人ネ。あ、私二番目アルヨ!」

女二人から散々に言われて一人へこんでいる横で、神楽が手を上げて主張する。

「定春、神楽は二番目に偉いからね」
「ワン」

元気のいい返事が返ってきたことにより、刹希の機嫌がよくなった。
よしよしと撫でようとすれば、今後は腕ごと噛みつかれた。

「……定春、夕飯の食材にされたいの?」

笑顔なはずなのに、その声は地を這うような低音であった。
一瞬にしてその場の全員が動きを止める。
神楽は刹希の豹変に驚き、定春はすぐに腕を放した。

「いい、定春?あなたはこれから万事屋で暮らすの。いわば家族なんだから、住人に迷惑かけちゃダメなの、わかる?」

そういわれた定春は萎縮していた。
微かな鳴き声をもらして、さっきまでの元気のよさはどこへやら。
もう主人とペットの構図が出来上がっていた。

「して良いことと悪いことをちゃんと見極めなくちゃいけないの。だから、次私に噛みついたら、殺すから。わかった?定春」
「定春ゥゥゥ!!死んじゃダメアルヨぉぉぉ!!」

ギャァァァ!!と定春の命の危機に神楽が飛んでくる。
ガシッと定春の首に巻きついて涙を流していた。

「いや、そこまで泣かすつもりはなかったんだけど……てか、今にも定春死にそうなんですけど!!」
「嫌アルゥゥ、定春は私が守るネェェ」
「だから神楽自分で定春殺そうとしてるからァァ!!」

全力で定春の首をしてあげている神楽に、今度は刹希が慌てだす。
それを傍観していた銀時は、ため息混じりに声をかける。

「オイオイ、いつまで茶番続けてるつもりなんだよ。主人公空気じゃねぇかァァ!」
「隅でいじけてたんだから仕方ないでしょ」
「どこまでも辛辣な刹希ちゃん! あといじけてないから、へこんでただけだから!!」
「どっちも同じようなものアル」

唾を吐きすてるように言う神楽。
元々、毒を吐く子ではあったが、最近刹希に似てきた気がしてならない銀時。
いや、きっと気のせいだ。気のせいだと良いな。

「とりあえず、定春をここで飼うことは決定。神楽はしっかりと面倒見ること!分かった?」
「任せるヨロシ!!」

得意げに胸を張っている姿を見て、刹希もニッコリと笑えば、任せたよと言って台所へ向かって行った。
今度こそ本当に刹希の了承が出て、神楽は嬉しそうに定春にじゃれ始める。
銀時も今回は極力口を出さなかったおかげで罰を与えられなかったし、一安心である。

「ねぇ」
「!……なんだよ?」

危機も去った事だしジャンプでも読もうかと、積み上げられていたジャンプ達に手を伸ばした銀時に、台所にいたはずの刹希が再び姿を現した。
いきなり声をかけられて、多少驚きながら返事をする。

「新八はどうしたの?確か今日、新八が夕飯当番じゃなかった?」
「あー、新八?あいつは……」
「新八なら病院で入院アル」
「……え!?」

銀時が言うより先に神楽がサラっと言った。
その衝撃発言に刹希は驚いた。
本当に自分がいなかった昼間に何があったというのだろうか、謎すぎる。

「なんでそうなってるの……。また銀時が何かやらかしたの?」
「なんでそこで俺が出てくるんだよ」

呆れた刹希は銀時を怪しむように見上げるが、銀時も心外だと言わんばかりに見下ろしてくる。

「なんでって、普通に生活してれば新八は入院するまでの行動をしないからです」

暗に銀時とは育ちが違うんだよ、と言っているようなものである。

「違げェから、今回は俺のせいじゃありません!アレだよ、車がね、タイミングよく突っ込んで来たんだよ」
「何、交通事故?」
「お前、銀さんもはねられたけどピンピンだからね。毎日いちご牛乳飲んでるおかげだよ」

あ、これ今度新八に言っとこう、とブツブツ独り言を言う銀時。

「銀時は車にはねられても大砲くらっても死なないでしょ。銀時と新八(一般人)を一緒にしちゃダメだよ」
「俺に人間辞めろってかァァ!?」
「嘘!銀時、人間だったの!?」
「刹希ちゃん?さすがの銀さんも泣いちゃうかも」
「仕方ない、夕食の材料買ってないから今夜は有り合わせだよー」
「あれ、無視なの?まさかの放置プレイ?」

銀時の呼びかけにも反応を見せない刹希は、再び台所に戻って行った。

「なにこれ、すごい虚しいんですけど!!」
「男は所詮一番にはなれないってマミー言ってたから諦めろよ」
「いきなり標準語やめてくれない?てか、ガキに言われたくなねェんだよォォ!」





2013.9.17


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