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時刻は七時を回ったところである。
銀時は時計をちらりと見遣り、そわそわと室内を歩き回る。
バイトに行った刹希はいまだ家に帰って来ていない。
だが、もうそろそろで彼女は帰ってくるだろう。
そしてその後の彼女の反応を考えると、銀時は青い顔をますます青くした。

「銀ちゃん、何歩き回ってるアルか?鬱陶しいから座れヨ」
「お前なァ!こっちは生命の危機なんだぞ!!」
「意味わからんアル」

じと目で銀時を見る神楽……の横には昨日まではいなかった巨大な犬がお座りしていた。
大の大人の身長と変わらないほどの巨大犬がなぜいるのか。
それは原作の第七訓を読んでくれるとまるっと分かるだろう。

銀時は歩き回る足を止めると、頭を抱えてその場に蹲った。

「ホントマジヤベェんだって!!大食い娘の次は巨大犬だぞ!?刹希にどー言えばいいわけェェェ!!」

そうなのである。
この作品の第三話を見てくれれば分かるだろうが、神楽が万事屋にやってきたとき、刹希は当たり前だが怒っていた。
あの後、ジャンプ禁止は免れたがパチンコとお菓子は本当にしばらくの間禁止にされた。
前回でこうなのだ。
今回この未知の生物、――名を定春というが――定春をこの万事屋で面倒を見ると刹希が知ったらどうなることやら……。
銀時は想像がつかなかった。
いや、想像はつくのだが出来ればそこから目を背けたい心持ちなのだ。

「俺、今度こそ刹希の刀の錆にされちゃうかも……」

事実を知った刹希が自分の部屋へ向かい、愛刀の朝霧を笑顔で持ってくるところが頭に浮かんでしまう。
そのまま刀を抜刀して一刀両断される己の姿を想像して身震いした。

今は恐怖を共有してくれる新八もいない。
つまり、怒りの矛先が全て銀時その人に向かうということだ。
なんで入院なんかしてんだあのダメガネ!と理不尽な怒りを新八に向けるが、それは無意味なことだ。
どう言い訳をしようか、と考え始めた矢先だった。

「ただいまー」

玄関の開閉音の次に間延びした声が今まで聞こえてきた。

「あっ、刹希帰ってきたアル!!」
「げっ」

刹希の帰りに嬉しそうにする神楽と顔面蒼白な銀時、見事に正反対の反応が現れる。
今、万事屋がどういう状況なのか知る由もない刹希は、居間へと繋がる障子を開けた。

「……(何アレ)」

開けた瞬間に刹希の視界に飛び込んできたのはいわずもながな巨大な犬。
思わず一回障子を閉める。現実から逃避したくなった。
というか、頭を抱えたくなった。そんなまさかね。

刹希は一回深呼吸をして、再び障子を開けて巨大な犬を見遣った。
そして顔は動かさずに視線だけ銀時を見ると、ソファでうつ伏せで眠っていた。
いや、肩が異常なほど上下しているとこから、きっと狸寝入りだろうとすぐわかった。分かりやすすぎる……。

「刹希!!可愛いでショ!定春いうアル」

パタパタと駆け寄ってきた神楽は満面の笑みで定春を紹介した。
無垢である。無垢であるがゆえに恐ろしい。
刹希は心の中で盛大にため息を吐いた。
一気に体がだるくなるような感覚が襲ってきた。

「……その、定春は……もしかして飼うつもり?」
「ダメアルか?銀ちゃん良いよって言ってくれたネ」

神楽の発言に、俺の名前を出すんじゃねェェェ!!と心の中で叫ぶ銀時。
刹希は再度狸寝入りを決め込んでいる銀時を見遣った後、定春に視線を移した。
自分よりも大きいこの巨大な犬は、まるで話の流れを分かっているかのように大きな目をうるうるさせてこちらを見てくる。

(くっ、か、可愛い……っ)

白い毛並みはふわふわしていそうで思わず触りたくなる。
触りたい衝動に駆られるが、それをぐっと堪えて拳をめいっぱい握る。
触りでもしたら負けな気がした。
一体何に負けるというのだ、とツッコまれるだろうが、心境はそんな感じである。

「私、ちゃんと定春の面倒見るから、お願いヨ!刹希」

なんだかんだ言いながら刹希も動物が可愛くて好きなのは否定できない。
飼いたいのは山々なのだ。
だが、飼うことを認めていいのだろうか?もっと冷静に考えるんだ刹希。
現在の家庭の経済状況とこれからのことを!

「神楽、飼うとしてもね、エサ代はどうするの?神楽の食費でこっちは手一杯なんだけど……」
「私の給料から引いていいヨ!」
「え、良いの?それじゃ、遠慮なく」
「あ、やっぱり銀ちゃんのから引いといて」
「オイ何言ってやがんだ神楽ァァ!!お前が飼うんだからお前の給料から引くに決まってんだろーがァァ!!」

やっと起きた銀時は早々に神楽の発言に怒り始める。
ワーギャーワーギャーと給料について言い合いを始める銀時と神楽。
それを余所に刹希は定春と向き合って、飼うかどうかを考え込む。
なんだかんだ言ってここに住んでいるのは銀時だ。刹希は元々居候の身でもあるわけで、こういった場面の最終的な選択権は銀時にあるのだ。
だから神楽がここに住まうのも銀時が良しとしたなら自分が無理矢理反対する必要もない、そう刹希は考えているのだ。
銀時は拾い物の天才かもしれない。
自分が銀時に拾われた当時を思い出して刹希は苦笑した。

「……あなたは他に行くところがないの?」
「ワン」
「捨てられたの?」

巨大な犬にそう聞くとか細い鳴き声が返ってくる。
あぁ、そうなのか、と刹希の中でなんとなく予想がついた。
さしずめ、なんでも屋である万事屋に飼えなくなった犬の世話を押し付けてきたのだろう。安易に予想がついた。
刹希は握りしめていた手を開いて、定春を撫でようと手を伸ばした。
が、一瞬にして視界が真っ暗になった。

「あの……」

なんだか生暖かい感じがする。
声を発してみればくぐもって聞こえた。
外からは銀時と神楽の慌てたような声が聞こえてくる。

「おまっ、定春止めろォォ!!刹希を離しなさい!!」
「定春、めっアルヨ!!」
「俺達は良いが、刹希にはそんなことすんじゃねーよ!!」

大丈夫かァァ、刹希!!と銀時のくぐもった声が聞こえてくる。
どこが大丈夫そうに見えるんだと、殴り飛ばしたかった。


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