A
翌日、朝方。
いつも通り万事屋内で一番に起きた刹希は、太陽の日差しを浴びて行動を開始する。
顔を洗い、寝間着から薄紅色の着物へ着替えて朝食の準備にかかった。
二人で暮らしていた時は一汁三菜とそれなりの一般的家庭料理を作っていたが、神楽が来てからはそれも稀になってしまった。
主に白飯と何かしら一品。
神楽は卵かけご飯で満足なようで厭きたというまでそれですませようと刹希は考えている。
問題は銀時だ。三、四日経てばすぐ文句を言い始めるので献立を考えるのも大変だ。
今は簡単な献立をサイクルしてる状態だ。

すぐに朝食の準備が出来てしまった刹希は、次に銀時を起こすために彼の部屋の襖を遠慮なく開ける。

「銀時、早く起きて!依頼遅れるでしょーが!!」
「痛っ、痛い、痛いから!!起きるから踏みつけないで下さい、刹希さま!!」

朝早くにはなかなか起きてくれない銀時(と言っても、七時をとっくに過ぎている)。
出会った頃は揺さぶったりして優しく起こしていたのだが、親しくなるにつれてそんな優しさなど何処かへ旅立っていった。
今では基本足で蹴ったり踏みつけたりで起こしている。

「依頼ある日くらいは自力で早く起きてくれないと困るって言ってんでしょ。何回言ったらわかるの?銀時は学習能力ないの?」
「いつになく辛辣なんですけど……、え、何?何か俺悪いことしたっけ?」

蔑むように上から見下してくる刹希は本当に珍しく言葉にとげが多く含まれている。
でも不機嫌になる理由が一切思い当たらなくて、銀時は悩むばかりだ。

「何もしてないから早く着替えて顔洗ってご飯食べてよ。――神楽!起きなさーい。今日、遊びに行くんじゃないの?」

刹希は慌ただしく、今度は押し入れの中で寝ている神楽を起こしに行く。
その様子を見ながら銀時は重い腰を持ち上げて、洗面所に向かう。

「てか、ホントあいつオカンだな。新婚の嫁さんの時期ふっ飛ばしたな」

頭をガシガシかきながら、誰がそうさせているのかなんて一切わかっていない銀時なのだった。



  *



「それじゃ、よろしく頼むよ刹希ちゃん!!銀さんちゃんと見張っててくれよ」
「任せてください、ちゃんと仕事させるので」
「お前ら銀さん馬鹿にし過ぎじゃない!?仕事はさすがにやるっつってんだろ!」
「銀さんは一人じゃやる気感じらんねーよ」
「そういうこと」

親仁さんと刹希は顔を見合わせて、口角の片方を持ち上げて笑みを浮かべる。
俺の存在って……、と銀時が内心落ち込んでいるうちに、親仁さんは刹希によろしくいい作業に取り掛かりに行った。

ついでに、今回は大工の手伝いで呼ばれた。
親仁さん曰く、銀さんだけでもいいが、ちゃんと仕事してくれるかどうかわからないから、刹希ちゃんも一緒に来てほしい、とのこと。
昨日その電話がかかってきたときには銀時は顔を引きつらせながら、今すぐにでもこの電話切ってやろうかと思っていた。
だがまあ耐えた。久しぶりの仕事だし、断ったら後々刹希が笑顔で小刀を取り出すだろうから。

「さぁ、ちゃちゃっとやろう銀時」

ヘルメットを被った刹希は、梯子を上って屋根の上へ移動する。
銀時もそれに続いて気だるげに梯子を上って行った。

その後は板材を運ぶなどの力仕事を銀時が行い、刹希は屋根に板材を釘で打ち込んで行ったりと、一般的な作業を繰り返していた。
時々無断で仕事をサボろうとしている銀時に、刹希の放った釘が飛んでくることは言うまでもない。

「銀時、親仁さんの方板材足りないみたいだから持って行ってあげて」
「はいはいっとォ」

後方で金槌を打っている銀時に声をかけて、親仁さんのいる方を指差す。
銀時は金槌を打つ手を止めて傍らに縛り付けられてある板材の束を持ち上げようとした。
が、よほど重かったのかはたまた呆けていたせいか、板材の束は手からすり抜けて屋根を転がって道路の方に落下していった。

「ちょっ」

バカ銀時、という言葉は口からは漏れなかった。
代わりに銀時が下に向かって「おーい、兄ちゃん危ないよ」と何とも危機感の感じられない声音で言った。
そのすぐ後、男性の驚きの声が刹希の耳に届いた。
銀時は特に急ぐそぶりも見せずに梯子を下りて行った。
刹希もそれに続いて屋根の上から道の方へ顔を覗かせば、そこには見知った顔が二つあった。

「大丈夫ですか……って、なんだ総悟くんだったんだ」
「刹希さんじゃねェですかィ」

見知らぬ人を怪我させた時は慰謝料を請求される恐れもあるし、もしかしたら仕事料がもらえない恐れもある。
それを考えると見知った顔である真選組が被害に遭ってもなんとかなりそうなので安心だ。
と、瞬間にそんなことを考える刹希。
梯子から地面に足をつけると、笑顔で銀時の横に並んだ。

「刹希、知り合いなの?」
「うん。バイト先の常連さん。てか、会ったでしょう」
「え?会ったことあったっけ?」

土方の顔を指差してそう言ってみるも、銀時は思いだせないらしい。
池田屋の二人のやり取りを刹希は知らないが、土方は刀を向けていたのだ。
そう忘れるはずはないと思っていたのだが、銀時にとってあまり記憶に留めておくほどのものでもないようだ。

「ぷっ、忘れられてやんのー」
「総悟、ぶった切るぞテメェ……」
「あ、もしかして多串君か?アララすっかり立派になっちゃって……なに?まだあの金魚デカくなってんの?」

土方の肩に手を置いて、銀時はしみじみその多串君の過去を捏造していく。
刹希は刹希で、吹き出しそうなのを我慢しながら多串君って誰だよ!と心の中でツッコむ。

「オーーイ!!銀さんこっちも頼むって」
「はいよ。じゃ、多串君、俺仕事だから」

そういうと銀時は梯子を上って、親仁さんの元へ向かっていった。

「いっちゃいましたよ。どーしやす多串君」
「誰が多串君だ」
「土方さんごめんなさい、今まで苗字間違えてましたね。多串さん」
「土方であってんだよ!!綾野まで何ノってんだ!」
「あぁ、多串君って誰だろう」

土方のツッコミも総スルーして、自分も仕事に戻ろうと梯子に手をかけた。
だが、その手を土方は掴んで制した。

「なんですか?土方さん。私仕事があるんですけど」
「この前ははぐらかされたが、今回は逃しゃしねェよ」

その視線はいつも以上に鋭かった。
あぁ、私関係ないのに、と溜息をついて梯子から手を離して土方に向き合った。

「近藤さんを負かしたのはあの男だろう」
「……さぁ?本人に聞いたらいいんじゃないですか?私、見てただけですから」

そう肯定とも取れる言葉を送ると、土方は総悟から刀を借りて梯子を上り始めた。
その背中を冷めた目で眺めていたが、それは一瞬で次の瞬間には笑みを浮かべていた。


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