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「……おじさーん、こんな事してホント逃げ切れると思ってんの」
「いいから右曲がれ」

銀時の言葉に聞く耳持たずで、男は命令してくる。
刹希もバックミラーで男を見据えた。

「今時脱獄完遂するなんざ、宝クジ一等当てるより難しいって」
「引きこもり男子がアイドルと結婚する並みに難しいよね」
「逃げ切るつもりなんてねェ……今日一日だ。今日一日自由になれればそれでいい」

どうやら訳ありのようだ。
男は窓の外を見ながら特別な日なんだと呟いた。
脱獄したいほどの大切なこととは、一体なんなのだろうか……。


「みなさーん、今日はお通のライブに来てくれてありがとうきびウンコ!」
「とうきびウンコォォォ!!」

目の前で行われているそれに銀時と刹希は言葉なくただ見つめていた。

連れてこられたのはライブ場であった。
周りにはむさ苦しい男達がお通の言葉を復唱して騒いでいる。

「……なんだよコレ」

傍らにいた銀時が男に尋ねる。
そうか、銀時はこういうの疎かったっけ、と刹希は思いだす。

「今人気沸騰中のアイドル、寺門通ちゃんの初ライブだ」
「そういえば、店のお客さんもこの前初ライブがあるって騒いでだっけ」
「てめェェェ!!人生を何だと思ってんだ!!」

銀時は思いっきり男の頭に踵落しを食らわした。
男は白目を向いて倒れた。

「アイドル如きのために脱獄だ?一時の享楽のために人生棒にふるつもりか。そんなんだからブタ箱にぶち込まれんだ、バカヤロー」
「一瞬で人生を棒にふった俺だからこそ、人生には見落としてならない大事な一瞬があることを知っているのさ……。さぁ、楽しもう!!L・O・V・E・お・つ・う!!L・O・V・E……」

脱獄犯の男がめちゃくちゃライブ楽しんでる、ノリノリだ。
呆れた銀時は背を向けて階段を上がろうとする。

「やってらんねェ。帰るぞ、刹希、神楽」
「え〜、もうちょっと見たいんきんたむし」
「影響されてんじゃねェェェ!!」
「まあまあ、せっかく来たんだし付き合ってあげなよーでるびっち」
「結局お前も影響されてんじゃねェかァァ!!楽しいのか?楽しいんだな!?」
「あはは、何気に面白イカのくそ焼き」

先日、店のお客が数時間にもおよぶ熱弁を聞いてちょっと興味があった刹希。
不覚とばかりに照れ笑いをしていると、ぽんぽんと頭を叩かれた。
可愛いのに言ってることがヒロインらしくなくて複雑な銀時である。

「にしても、ほとんど宗教じみてやがるな。なんか空気があつくてくさい気がする」
「……あれ?ちょっと銀時アレ見たことある顔なんですけドーパミン注入」

刹希の指差す先を見ると、通路を挟んだ反対の席で揃いの羽織を着た男達がいた。
そして一番前に木刀を持って立っている少年はどこかで見たことがあるような……。

「オイそこ何ボケッっとしてんだ声張れェェ!!」

少年がそう叫ぶと、すみません隊長ォォ!!と、言われている。
じと目で顔を見合わせた銀時と刹希はその少年に近づいた。

「オイ、いつから隊長になったんだオメーは」
「俺は生まれた時からお通ちゃんの親衛隊長だァァ!!」
「それは初耳だね。いつもぞんざいに扱っててごめんね新八隊長」
「って……ギャアアアア!銀さん、刹希さん!?」

ようやっと気が付いたのか新八は飛び退いた。

「なんでこんな所に!?」
「こっちがききたいわ。てめー、こんな軟弱なもんに傾倒してやがったとは。てめーの姉ちゃんになんて謝ればいいんだ」
「僕が何しようか勝手だろ!!ガキじゃねーんだよ」

珍しく銀時にガンをつけている新八。
好きなものの前だとこうも態度が一変するのかと深く思い知る刹希であった。

「ちょっとそこのアナタたち」

凛とした声に階段の上の方を見上げると、険しい顔つきをしている女性が。
雰囲気と風貌からして関係者の方だろうか。

「ライブ中にフラフラ歩かないで下さい。他のお客様のご迷惑になります」
「スンマセン、マネージャーさん。俺が締め出しとくんで」

女性はどうやらお通のマネージャーのようだ。
新八の台詞に銀時が突っ掛っている間に刹希も詫びを入れておく。

「まさかこんな所で知り合いに会うとは思っていなかったもので、すみません。あとお通ちゃんのサインください」
「アンタは何ちゃっかり要求してんですか!!」

銀時に髪を鷲掴みにされていた新八が僕だって欲しいのに!と言ってくる。
そんな刹希たちを見て、女性はため息をついて独り言をつぶやいていた。
女性は彼女たちから目を離して会場内を見渡す。
そこで今もお通に声援を送る脱獄してきた男を見つけて、驚愕の表情を浮かべた。

「アナタ……?」

女性の声で男は振り向いて視線を交合わせた。



  *



男と女性は夫婦の間柄らしい。
だが、その夫である男が服役中とあれば、さぞ心中は複雑な思いでいっぱいなのだろう。
犯罪を犯した夫を嘆いているのだろう、と刹希は考えていたのだが、現実はそんな生易しいものではないようだった。
移動中は会話も一切なしに再会の喜びなんてもの微塵も感じ取れない。
雰囲気から察するに、良好な関係ではないのだろう。

喫煙所で男はベンチに座り、女性は外を眺めながら煙草を一服している。
そんな二人を刹希は銀時の横で遠巻きに見つめた。

「おめぇがお通のマネージャーやってたなんてな。親子二人でここまでのし上がったわけか、たいしたもんだ」

そんな男の言葉に女性は顔色一つ変えることなく、辛辣な言葉を並び立てる。
昔の男のやらかしたことを、彼女は許すつもりはないことが言葉の節々から窺えた。

「消えてちょうだい。そして、二度と私達の前に現れないで。あの子に嫌なこと思い出させないでちょうだい……父親が人殺しなんて」

そう吐き捨てながら女性は去って行った。
刹希は、その場に項垂れるようにして座っている男を、見つめることしかできなかった。
そんな刹希をしり目に、銀時は気にする風でなく男の横に座って、ガムを差し出した。

「んなガキみてーなもん食えるか」
「人生楽しく生きるコツは童心を忘れねーことだよ」

刹希は会話をしている二人に歩み寄って、銀時の横に腰を下ろした。

「まァ娘の晴れ舞台見るために脱獄なんざ、ガキみてーなバカじゃないとできねーか?」
「…………そんなんじゃねェバカヤロー。昔約束しちまったんだよ」


幼いころから歌手になりたいと言っていたお通。
そんな娘を男は笑ってなれるわけないとはやし立てていた。
その時、約束したのだという。
もし歌手になれたら、百万本のバラを持って、自分が一番に見に言ってやると……。


幸せ者じゃないか。刹希は天井を見上げてそう思う。
どれだけ月日が経とうと約束を覚えていてくれるなんて幸せの極みだ。
だが、男はお通がその約束を覚えているわけがないという。
ましてや、思いだしたくもない過去なのだろうと。

「人を殺めちまったヤクザな親父のことなんかよォ。俺のおかげでアイツがどれだけ苦労したかしれねーんだから、顔も見たくねーはずだ」

そう言うと男は立ち上がる。

「……帰るんですか?」
「あぁ、バラ買ってくんのも忘れちまったし……」
「奥さんのことは別として」

刹希がはっきりとした口調で話し始めると、男は足を止めてこちらに顔を向けた。

「お通が本当に会いたくないとか約束忘れてるかなんてあなたには決めつけられないと思います」

大切な人との約束は忘れるなんてできないだろう。
現に自分がそうだ。
あなたは彼女じゃない。本心なんてわかりゃしないのだ。

「会いに行けばいいじゃないですか。ガキみたいに脱獄してここまで来たんなら、会って娘に玉砕されてから帰ればいい」

人生には見落としてならない大事な一瞬があるんでしょ?と意地悪そうな笑みを浮かべる。

「いや……俺は」
「刹希、銀ちゃーん!!」

男の言葉を遮ったのは神楽だった。
ホールの出入り口から走ってきた神楽に銀時が問いかける。

「どした?」
「会場が大変アル。お客さんの一人が暴れ出してポドン発射」
「普通にしゃべれ訳わかんねーよ!」

まだお通に影響されているのか語尾に変な言葉を繋げる神楽。
苛立った銀時は、思いっきり頬を掴んだ。

「いや、あの会場にですね、天人がいたらしくて。これがまた厄介なことに食恋族……興奮すると好きな相手を捕食するという、変態天人なんです」
「神楽、標準語になってるよ」

苦笑いしながら会場内から逃げてくるお客を視線で追う。

「これはお通の危機ですかね、おじさん」

そういって銀時と共に立ち上がる。
とっとと行け、そう取ったのか、はたまた自分の意志なのか、男は会場に向かって走り出した。

「刹希、アレよろしく頼むわ」
「分かった。そっちのことは任せた」

銀時と神楽は会場へ、刹希は屋外へと別れた。


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