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その数は圧倒的だった――。
いくら倒しても湧いて出てくる敵に、銀時と小太郎は劣勢に立たされる。

「……これまでか」

逃げ道すら存在しない、帰りを待ってくれている少女が脳裏に浮かぶも小太郎は奥歯を噛み締めるしかなかった。

「敵の手にかかるより、最後は武士らしく、潔く腹を切ろう」
「バカ言ってんじゃねーよ、立て」

背を任せていた銀時が立ち上がって、再び敵に剣を構える。

「美しく最後を飾りつける暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねーか」


――その男、銀色の髪に血を浴び

「行くぜ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」

戦場を駆る姿はまさしく 夜叉――。






「天人との戦において鬼神の如き働きをやってのけ、敵はおろか味方からも恐れられた武神……坂田銀時。そして、女子でありながら俺達と劣らぬ力を振るった久下野刹希。我等と共に再び天人と戦おうではないか」
「銀さん、刹希さん……アンタら、攘夷戦争に参加していたんですか」
「……私は一時的だよ」

刹希は手を腰に添えながら、うんざりした表情で付け加える。
仲間のためなら刀を握ることだって迷いはなかった。
それが彼らの役に立てば力になれば、嬉しいと思っていた。だが、その思いは呆気なく散ってしまった。
今思いだしてもあまりいい気分はしない。

「刹希は綾野じゃないアルか?」

神楽のそんな素朴な疑問に周囲が静まり返った。
そして新八も思いだしたように刹希を見遣った。

「そういえば、久下野って……どういうことですか?」
「なんだ刹希、綾野とは!」

新八はともかくとして、小太郎の剣幕に刹希は苦虫を潰したような表情にさせた。
さすがにこれは幼馴染である彼に弁解の一つでもした方が良いだろうか。
いやだからといって最初から最後まで話すのは正直面倒くさい。
しかもここには何も知らない新八と神楽までいるのだ、できればこの手の話はしたくないのが刹希の本心であった。
よってごまかせるなら何でもいいかという結論に至った刹希は言った。

「……け、結婚した」

馬鹿そうな彼だから通じるかな、とか思っての発言だったのだが。

「結婚だと!?いつだ!なぜ式に呼ばなかったのだ!!」
「おま!銀さんの知らないところで、誰だ!ここに呼んできなさい!銀さんは許しませんからね!!」
「あぁもう!!嘘嘘!嘘だっての!こんな簡単な嘘引っかかんないでよ!!馬鹿なの!?二人揃って馬鹿なの!?」

まさか銀時まで釣られるとは思わず、刹希は自分の発言を全力で否定した。
この二人、特に小太郎がボケ担当であったことをすっかり忘れていた。

「私にも色々事情があるの!別に名前はそのまんまなんだから関係ないでしょ!」
「ま、まさか刹希反抗期か!そんな子に育てた覚え俺にはないぞ!」
「小太郎に育てられた覚え全然ないよっ」

あれ、このやり取り前もなかったっけ?と思いながら肩を上下させる。
小太郎と言えば今度は刹希から銀時へと矛先を変える。

「銀時、お前は知っていたのだな」
「まぁな。そりゃ俺だって初めて聞いたときは驚いたぜ?」
「なぜ俺にそのことを言わなんだ!」
「いや、なんでお前にわざわざ言わなくちゃなんねーの」
「俺たちの間に秘密などなしであろう!」
「いやいや、人間一つくらい秘密はあるもんだろーがよ、お前はお母さんか」
「そういうところ本当に面倒くさいから直した方が良いよ、小太郎」
「刹希昔はあんなに小さくて素直だったというのに、何があったというんだ!」
「久しぶりにあった親戚の会話か!!いい加減あんたら話進めろよな!」

くすぶっていた新八がツッコんだことによって、ようやくこの話は打ち切られた。

「あ、小太郎はこれから私の苗字気軽に口にしないでよ」

最後にそれだけ急告したくらいである。
江戸に来てからは綾野という苗字で通っている。
真選組など全員綾野だと思っているのだ、小太郎が久下野などと口走ると面倒くさいことこの上ない。
だがまあ、刹希の本来の苗字を知っているものなど片手に満たない。口止めは楽なのもである。

刹希は再度ため息をついて話を冒頭へと戻すためにずっと言っておきたかったことを小太郎に言い放った。

「それにしても、今頃昔の話を持ち出してきて……女は戦わせないって皆して言ってなかった?」

痛いところを突かれたのだろう、小太郎は渋い表情を見せる。
だが、すぐに刹希を見据えて言った。

「刹希、刀を取っていたことは二の次だ。お前が戦争中も俺達を支えてくれていた、それが今必要なのだ」
「オイオイ、何勝手に俺の刹希を口説いてんだヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。銀時、貴様は未だに口説き文句の一つも言えないのか」
「うるせー!テメーにだけは言われたかねェよ!!」
「とにかく、いきなりそんなこと言われても困る」

再び言い合いが始まりそうになったところで、刹希のはっきりとした一声で二人は静かになる。

「大体なんで今更……」
「今更になってしまったんだ。お前はいきなり姿を消しただろう」

小太郎の言葉に銀時は刹希の方へ顔を向けた。
それは銀時も知らないことだからだ。

「それは……悪いと思ってる。ごめんなさい」

その時の刹希はそうせざるをえなかった。
それだけ、周りが見えていなかったともいえる。
銀時が消えて、間が開かない内に刹希も消えたとなれば残された方の気持ちも苦い物だっただろう。

「なんだ、前々から口説くつもりだったんじゃねェか」
「違う。銀時にも言っているのだぞ、戦が終わると共に姿を消しおって。刹希は予想出来るが、お前の考える事は昔からよく分からん」

消えた理由が予想できると言われて、一人顔を引きつらせる刹希。
小太郎が気が付いてるなら、銀時もあの男も気が付いてるんじゃないかと嫌な汗が流れる。
一方の銀時は、頭を掻きながらぶっきら棒に言った。

「俺ァ、派手な喧嘩は好きだが、テロだのなんだの陰気くせーのは嫌いなの」
「テロとか攘夷活動とかそんな性根腐った事してても後々嫌な思いするのは自分だと思うけどね」

腕組みをしながら刹希は小太郎に言った。
それは自分の過去と重ねている節もある。
陰気くさいというのならば、刹希自身の過去がそれ以外の何者でもないからだ。

「俺達の戦はもう終わったんだよ。それをいつまでもネチネチネチ、京都の女かお前は!」
「バカか貴様は!京女だけでなく女子はみんなネチネチしている」
「ちょっと小太郎、それ私も入ってるの?」
「お前は金に関しちゃネチネチしてんだろーが」
「はァ?銀時がしっかりしてくれればこんなんじゃないよ」
「お前、そーいうところがさァ。ネチネチしてんの」
「銀時、そういう全てを含めて包みこむ度量がないから貴様はもてないんだ」
「バカヤロー、俺がもし天然パーマじゃなかったらモテモテだぞ。刹希もすぐ惚れてたからな、多分」
「見た目とか関係ないでしょ。というか、惚れないからありえないから」
「何でも天然パーマのせいにして自己を保っているのか、哀しい男だ。たとえストレートになったとしても刹希は貴様には惚れん」
「哀しくなんかないわ、それになんでお前に断言されなくちゃなんねェんだよ。人はコンプレックスをバネにしてより高みを……」
「アンタら何の話してんの!!」

主旨から大分逸脱していた話にまたもや新八がツッコんで、話が元に戻る。

「俺達の戦はまだ終わってなどいない。貴様等の中にとてまだ残っていよう銀時……刹希」

小太郎に見据えられて、刹希は顔を俯かせる。

「国を憂い共に戦った同志達の命を奪っていった、幕府と天人に対する怨嗟の念が……」

脳裏に浮かぶのは、傷だらけになって帰ってきた仲間や命を落とした仲間の亡骸……。
血や死臭が充満していたそこは、今も忘れるとこなどできない。

「天人を掃討し、この腐った国を立て直す。我等生き残った者が死んでいった奴等にしてやれるのはそれぐらいだろう」

小太郎達の次の標的はターミナルだという。
天人が地球にやってくる際に使われるそれを破壊し、殲滅しようとしているらしい。
だが、ターミナルはそう簡単におちないということで、銀時と刹希に力を貸してほしいのだという。

「既に我等に加担したお前達に断る道はないぞ。テロリストとして処分されたくなければ俺と来い。迷う事はなかろう、元々お前達の居場所はここだったはずだ」
「銀さん、刹希さん……」

重々しい空気を漂わせていた室内だったが、それはあっという間に壊される。
刹希達の右側の襖が無遠慮に蹴破られたのだ。
何事かと全員が目を見張り、入ってきた黒服の男どもの中の一人が言った。

「御用改めである、神妙にしろテロリストども!!」
「しっ……真選組だァっ!!」
「げ……やば」

そういえば、近頃はテロで忙しいと言っていたことを今思いだす。
思わず顔をしかめて、真選組に見つからないように銀時で自分の体を隠した。

「イカン、逃げろォ!!」
「一人残らず討ちとれェェ!!」

小太郎の声と共に攘夷浪士は蜘蛛の子を散らして行き、男、土方十四郎の号令で待機していた隊士達が一斉に斬りかかってきた。
隊士達と浪士達が剣を交合わせている中、銀時達は誰もいない廊下に出て逃げる。

「ちょっと!!小太郎、ホントいい加減にしてよ!」
「む、どうしたというのだ刹希」
「どうしたもこうしたもないから!!何で私が真選組に追われなくちゃならないの」

敵対同士の小太郎達や存在も知らない銀時達とは違い、刹希は彼らとは一応良好な関係を築いているつもりだ。
もし、テロリストといるのを見られたらこれからどんな疑いをかけられるか、分かったものではない。

「刹希さん、あの人らのこと知ってんですか!?」

後ろから新八が訊いてきた。

「武装警察、<真選組>。反乱分子……まァ、攘夷志士を即時処分する対テロ用特殊部隊。ついでに、私のバイト先の常連様達だよ」
「「「え゛ぇぇぇぇ!?」」」

その反応は予想済みで、刹希は重いため息をつく。
バイト先のお客の話なんてする筈もないから、銀時達が知らないのも当然だ。

「え、それじゃ、顔見知りなら刹希さんが僕達は関係ないって言ってくださいよ!」

そう新八に言われて、追ってくる真選組の様子を窺うもすぐに首を振って否定する。

「今は話聞いてくれないかな。真選組の人達って話聞かない人多いから……」

それにあんな感じじゃね……と隊士達を指差す刹希。

「綾野さんを人質に取るたァ良い度胸だァァ!!」
「俺達の綾野さんを返せェェ!!」
「……ちょっとした人気じゃないですか。どう言うことなんですか刹希さん」
「オイオイ、俺達のってなんだ。刹希は俺のだコノヤロー」
「銀時のものになった覚えもないけど」

何をどう勘違いしたのやら、真選組は刹希が小太郎達の人質に取られ、あまつさえ無理矢理事件に加担させられていると思っているようである。
その考えが無理矢理すぎる、土方さんあなた何やってたのと言ってやりたいのは山々だが、今はそんな状況ではない。
そんな刹希の横で、追いついてきた小太郎が真剣な顔つきで聞いてくる。

「刹希は相変わらず皆から好かれるな。して、厄介なのにつかまったがどうしますボス?」
「好かれた覚えないし好かれたくないよ!」
「だーれがボスだ!!お前が一番厄介なんだよ!!」

小太郎の言葉に刹希と銀時が同時に言葉を発する。

「ヅラ、ボスなら私に任せるヨロシ。善行でも悪行でもやるからには大将やるのが私のモットーよ」
「オメーは黙ってろ!!何その戦国大名みてーなモットー!」

神楽の危機感のなさに思わずため息が漏れてしまう。
だが、後ろから走ってくる土方を見た刹希は険しい顔をする。
まだ離れていると思ったが、廊下の突き当たりで曲がる頃には銀時のすぐ後ろまで迫っていた。

「銀時!後ろっ」
「オイ」

刹希の切羽詰まった声と土方の悠長な声が、銀時の耳に同時に入る。
すぐさま後ろを見遣った銀時。
だが、余裕なくして土方は剣を突いてきた。

「ぬを!!」
「ぎ……っ」
「刹希、こっちだ!」

なんとか体勢を低くしてそれを避けた銀時に安堵する。
助けに行こうとした刹希だが、小太郎が腕を掴んで制した。

「ちょっと、小太郎!」
「銀時ならば心配いらん。あやつの強さは刹希もわかっているだろう」
「……確かにそうだけど」
「桂さんこちらに!!」

分かっている、だが土方もそこら辺にいる侍よりも強いことを刹希は知っている。
だからこそ、似たり寄ったりなあの二人を残すことに躊躇ったのだ。
だが攘夷志士の一人が空いた部屋を見つけたことによって、刹希は仕方なく銀時を置いてそこに逃げ込んだ。


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