A
何故か刹希も一緒に回覧板を渡しに行くことになった。
しぶる銀時たちに、刹希が私がさっさと渡してくると言うと危ないだの危険だの言われてしまったのだ。
それなのに自分が行くとなると怖いらしく付いてきてというのだから、子供のように見えてしまった。
まあ2人ほど本当に子供がいるからアレなのだが。

「ホントに花屋やってますよ」
「誰が買いにくるんだよ、あんなおっかねー店」

夜店の看板に身を隠しながら、万事屋はヘドロの店の様子を伺っていた。
ヘドロは確かに花屋を営んでいるようだった。
店頭には色々な花々が並んでいて、ヘドロがお手入れをしていた。

「でもなんかスゴク楽しそうにしてるアル。とても地球を征服しにきたようには見えないヨ」
「そりゃ楽しいだろうよ。地球を征服するための尖兵たる悪魔の花を育てているんだから」
「それよりどうやって回覧板渡しましょう?」
「私が渡してくるんじゃダメなの……?」

めんどくささと早く家に帰りたい気持ちで提案したが、すぐさま銀時と神楽が否定してきた。

「刹希が襲われたらいやアル! 絶対ダメヨ!」
「そうだそうだ、危険極まりねーよ」
「お前ら普段から私が危ない目にあうと思ってないくせによく言えたな」

呆れ返ってそんなことを言えば、2人は聞こえていないふりをして危ないもんな、と口を揃えて言うばかりだ。
阿呆らしい。
こいつらが満足するまで付き合う以外の選択肢はなさそうである。
結局、ジャンケンで渡す人を決めることになった。

「ジャンケーンポン!」
「うわっマジすか!? うわっ僕っすか!?」

運がなかったのは新八だった。
めっちゃくちゃ嫌な顔をして気を落としていた。
だから私が行くって言ってるのに……と刹希はやっぱり呆れていた。

「直接渡す必要はねェ。なにより危険だしな。通行人Aのふりをして通り過ぎざまに回覧板を置き去ってこい」
「ご近所付き合い的にそれでいーわけ銀時くん?」

怖いからといっつも回覧板を置き去って行くことにしていたら、余計変な印象を持たれそうだが。
そこまでは考えていなさそうだ。

「通行人Aって、BもCもDもいないじゃないスか。恐がって誰も歩いてねーよ。明らかにAが浮くよ」
「心配するな通行人ならいる」

そう言った銀時は、神楽と共にすごい早さで何やら準備を始めた。
何やってんだと思っていると、どこから持ってきたのか木製の乳母車に神楽が乗っていた。
神楽はいつものチャイナ服ではなく、可愛いうさぎ柄の着物に髪をてっぺんで結んだ格好をしていた。
銀時はといえば、笠をかぶり、どこにでも居そうな浪人風情のナリをしていた。

「なにやってんのアレ」
「さ、さぁ……通行人じゃないッスかね?」

呆れたように指差す刹希に、新八は顔をひきつらせていた。

「ちゃーん。ちゃーん。ちゃーん」

定期的に神楽が「ちゃーん」と言っているのは聞こえてきた。
どこのドラマだオイ。

「いねーよ、そんな通行人B」

もっとまともな通行人は出来なかったのだろうか。
やっぱり悪ふざけをしているのでは?
そんな事ばかり刹希は考えていた。
でなければ、さすがにやってる事がアホくさすぎる。

「ああ、なんてことでごさる。妻が死んでからというもの、息子が……」
「ちゃーん」
「しかしゃべらなくなってしまった」
「ちゃーん」
「「ちゃん」とは、父の意を指す。母を失って拙者しか頼るもののない今、これは仕方ないことだが、このまま直らなかったらどうしよう。例えば……」

一体何を聞かされ、何を見せられているんだろうと、刹希はこんな三人ほっといて帰りたくなってきた。

「「ちゃーん、ちゃんちゃんこちゃん貸してちゃん」え? 何? 何? もっかい言って。……このままじゃ、生活もままならないぞ。でも、直すのもなァ。ちゃんちゃん呼ばれるのもなんか尊敬されてるみたいで気分いいし」

どこをどう受け取ったら、「ちゃん」が尊敬されてる呼び方だと思えるんだよ! と、刹希は心の中でツッコんでいた。

「父は知らなかった。大次郎の口癖「ちゃーん」とは、'父'の意ではなく、母がよく父に言っていた「あんたさァ、ホントちゃんと働いて! マジ家計キツいんだけど」の、「ちゃん」であることを。大次郎は別に父が好きとかそーゆーのは全然なかった」
「いらねーんだよォ! そんな無駄な設定!!」

思わず新八がツッコんでいた。
ヘドロに聞こえているのでは、と少し心配したのだが、彼を見れば片手で目の当たりを覆っていた。
まさかヘドロ泣いてる? あんな雑な設定とお芝居で泣いてる?
刹希の中でヘドロがいい人に見えてきていたのだった。

「なんか見てない今のうちに行った方がいいんじゃない?」
「そうですね!! 行きましょう刹希さん!」
「え? 私も?」

通行人Dも必要ですよ! とよく分からない理由で、刹希は新八と一緒に道に飛び出した。
前方を走って行く新八を後方で歩きながら見守る。
目の前にでも回覧板を置いて去っていくのかと思ったのだが、新八の草履の鼻緒が切れた。
あ、と口に出す間もなく、新八は転けて手から放り出された回覧板はヘドロの両目にぶっ刺さりに行った。
誰も何も発することなく、その空間はただただ静寂に包まれていた。


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