B
触手によってどこかへ行ってしまった神楽を追いかけて、銀時と刹希、そして星海坊主が、集まってくるえいりあんを倒しながら進んでいた。

「だらァァァ!!」
「つァァァァァ!!」
「はァァァァ!!」

斬っても斬ってもどんどん触手が集まってくる。
一体どうなっているのか。
息付く暇もないとはこの事だ。
さすがに、夜兎と元気いっぱいの男に比べれば体力の消費は激しいものだ。
十代の頃の血気盛んだった自分が恋しく思える日が来ることに、刹希は内心苦笑していた。

「ちょっと! 幕府が軍艦出してきたわよ!!」

戦い通しの男二人に、刹希が声を上げて伝える。
声につられて、2人は刹希の元へ戻ってきた。
3人で背中を預けるように立ち、ようやく一息ついた。
自分もなかなかやった方だが、周囲の触手がほぼやられているのを見るといかに男2人が暴れていたのかが分かる。

「もうほとんどカタついたんじゃねーのか……にしてもてめー、地球人にしちゃあやるな」
「てめーに言われても嬉しくねーよ、化け物め。片腕でよくここまで暴れられたもんだぜ」
「てめーも片腕じゃねーか。悪いこたァ言わねー、帰れ死ぬぞ」
「帰りてーけど、どっから帰りゃいいんだ? 非常口も見あたらねーよ」

片腕を食われた星海坊主と片腕を負傷した銀時。
刹希は傷こそあれど、2人のように戦闘に支障をきたす程の負傷はしていなかった。
お互いがお互いを助け合っていたが、銀時の気迫は刹希以上だった。
刹希は血の滴る銀時の腕をちらと見て、小刀と神楽の傘を構える。

「……てめーのハラが読めねー。神楽を突き放しておきなからなんでここにいる。なんでここまでやる?」
「俺が聞きてーくらいだよ。なんでこんな所に来ちまったかな、俺ァ」
「お前……」
「安心しなァ。あんなうるせーガキ連れ戻そうなんてハラはねー。勿論死ぬつもりもねェ……だが、あいつを死なせるつもりもねーよ」
「……クク、面白ェ、面白ェよお前。神楽が気に入るのもわかった気がする。だが腕一本でなにがてきるよ?」
「アンタも一本だろ」
「いや」

黙って聞いていれば、この流れはろくでもないやつだ。
こういう時の男のノリにはついていけないなぁ、と溜息をつきたくなった。

一際大きなえいりあんが出てきたが、刹希は警戒をすることも無く、男2人の背中に任せることにした。

「合わせりゃ二本だ!」
「元気だなぁ……」

2人してえいりあんをぶった斬る様を眺めながら、刹希は呑気な言葉を漏らすばかりだった。
新しく出てきたえいりあんに突っ走っていく銀時と星海坊主はお互いに悪垂れていた。

「胸クソワリーが神楽助けるまでは協力してやるよ! ありがたく思えお父さん!!」
「そーかイ! そいつァありがとよォ!!」

星海坊主は最も群がっているえいりあんに向かって、傘に内蔵されているエネルギー砲を放った。
大きな爆発音とともに、破壊されるえいりあんと足場。
船の床が大きく抜けて内部を覗けるようになった。
刹希はその穴を除く銀時と星海坊主の隣に駆け寄り、彼らと同じように下を見下ろした。
見えるのは大きな塊だった。
塊はドクドクと脈打ち、触手が生えて蠢いている。

「まるで心臓みたい……」
「アレが核だ」

星海坊主の言葉に生唾を飲み込んだ。
それはまさに生きている中心ということだろうか。
なんとも気持ちのいいものでは無い。

「寄生型えいりあんの中枢、こんなデケーのは初めて見るが、ターミナルのエネルギーを過度に吸収して肥大化し船底を破っちまったようだ。アレを潰せばこいつらを止めら……」
「!」
「かっ……神楽ァァァァァァァ!!」

よく見れば巨大な核に消えていた神楽が半分埋まっているようだった。
すぐに3人は船から核へと飛び降りて、神楽の元へ向かった。
しかし、神楽はあっという間に核の中へ消えてしまう。

「オイ! 呑まれちまったぜ! どういうこった!?」
「……ヤ……ヤバイ、野郎ォ……神楽をとりこみやがった」
「核を斬って、神楽を助け出せないんですか?」
「ムリだ……こいつを殺れば、神楽も死ぬ……」

歴戦の猛者であり、えいりあん退治を生業としている男が言うのだ。
嘘ではないだろう。
でなければ、一体どうやって取り込まれた神楽を救い出せばいいのだろうか。
刹希は無意識に銀時へと視線を向けていた。
彼は何を思っているのだろう。

「えっえー、ターミナル周辺にとどまっている民間人に告ぐ! ただちにターミナルから離れなさい! 今からえいりあんに一斉放射をしかける。ただちにターミナルから離れなさい!」

上空に停船している軍艦からアナウンスが聞こえてきた。
政府からすれば、この場に少数の民間人がいたところで多少の犠牲と割り切る可能性が高い。
本当なら今すぐにでも逃げるべきだが、この場でそんな選択をするやつがいないのを、刹希は分かっていた。
本来なら刹希こそとっとと逃げていたが、神楽を置いて、銀時を置いて逃げようとは思えなかった。
刹希は銀時の顔を見てため息をこぼしていた。

「いけ。もうじきここは火の海だ。てめーらを巻き込むわけにはいかねェ」
「てめー、まさかひとりで」
「……つくづく情けねー男だよ俺は。最強だなんだといわれたところでよォ、なーんにも護れやしねー。家族一つ……娘一人護れやしねーんだなァ。俺って奴ァよォ」

あんなに最強だと言われているし、実力もあるのに目の前の男は弱気なことばかり言っている。
刹希は星海坊主を一瞥し、その後ろ姿に自分の父親を重ねていた。
似ても似つかない父親という像に、嫌気がさしていた。
静かだった周囲はまたえいりあんが蠢いて、煩くなり始めている。
時間はもうなさそうだ。

「……これも逃げ続けてきた代償か。すまねェ神楽……せめて最期はお前と一緒に死なせてくれ」
「クク……これだからよォ、世の中の親父は娘に煙たがられちまうのかねェ。お父さんよォ、アンタ自分(てめー)のガキ1人信じる事ができねーのかィ。神楽(アイツ)がこんなモンで死ぬタマだと思ってんのかィ」

木刀を手にした銀時は、僅かに刹希へ顔を向けた。
この男が何もせず何も抗わず、死ぬタマだと思ったことは無い。
刹希は呆れたように肩を竦めて見返すことしか出来なかった。

「5分だ、5分だけ時間を稼いでくれ。俺を信じろとは言わねェ、だか、神楽(アイツ)のことは信じてやってくれよ」
「!! お前何を……」

銀時はえいりあんの核に木刀を突き刺した。
自身を傷つける異物に反応して、えいりあんは銀時を神楽同様に内部に取り込み始めた。

「頼んだぜ、刹希」

その言葉を残して、銀時は完全に核に取り込まれてしまった。
なんて無茶なことをするのだろうか。
今に始まったことではないが、もしものことを考えると不安にもなった。

「あの男はいつもこうなのか……?」
「えぇ、あのアホはそういう男なんです」

星海坊主の呆れたように、馬鹿を見るように聞いてくる。
諦めたりしない、どんな状況だろうと助けようとしてくれる。
手を伸ばして引きずり出してくれる。引っ張りあげてくれる。
それを知っているし、こんな危ない状況でも銀時は誰かを助けに行く。
ただ慌てず、笑って待っていられるのは彼が戻ってくると信じているからだ。


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