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「神楽!」

襲ってくる触手を切り払い、助け出した神楽は腹部に怪我を負っていた。
怪我の手当をしたいが、触手が休むことなく襲ってくる。

「神楽、しっかりして! すぐ帰るからっ」

刹希は転がっている神楽の傘を拾って、周囲の触手を払っていく。
どれだけ振り回しても終わらない、地獄のように長い時間に感じられた。
そうだと、神楽が助けようとしていた人影を思い出して周囲を見渡すと、壁にそって座り込む2人が見えた。
見覚えのある姿に、またコイツらかと、頭痛のする心境だった。
けれど、いないよりはマシかもしれない。刹希は望めもしないような光に縋るように、声を荒らげていた。

「ちょっとそこのオヤジたち!! 暇ならこの子の手当しなさいよ!!!!」
「わ、わしに言っとるのか!?」
「アンタら以外ないでしょーが! その触覚もぎ取られてーのか!?」

女の筈だが、その般若のような形相にハタ皇子とお付きのじいやは震え上がった。
2人は震える互いの身体を支えるようにして、這いながら神楽の元へ行く。

「オイじぃ、早く手当てしてやれ!」
「こんなんどう手当てしたらいいか分かるわけねーだろ! お前やれ!」
「皇子が手当の仕方なんて分かるわけねーだろ!」

後方で繰り広げられる馬鹿げたやり取りにイライラが溜まってくる。
こんな状況なら、ついうっかり皇子殺しちゃっても有耶無耶になるのでは? なんて、危ない思考回路に陥りそうになってしまう。

「神楽ちゃ〜ん! どこいったァァ!? お父さんはここだよォォォ!!」
「この声は……!」

あんなに自己主張の強い呼びかけ、そうそうないだろうなと、苦笑する。
でもこんな状況だと救いの声に聞こえるのだから、自分も大概弱ったものだと痛感してしまう。

「神楽のお父さァァァん!! こっちですゥゥゥゥ!」

何度か星海坊主を呼ぶと、彼は慌ただしく目の前にやってきた。
神楽ちゃんはどこだ!と、目を剥き出しにして血走っている眼球に若干引いていた。

「神楽のお父さん、落ち着いて下さい」
「……星海坊主だ。そう呼べ」
「あ、はい。わかりました」

興奮気味の星海坊主をどうどうと宥めて、何とか会話らしい会話が出来る状態へ持っていく。
また襲ってくる触手を、星海坊主と刹希は瞬殺して会話に戻る。

「神楽が怪我を。一般人と手負いの3人で応急処置も出来てないの、ごめんなさい」
「神楽ッ! オイ、しっかりしろォ!!」

神楽に駆け寄った星海坊主は、娘の状態を確認していた。
抱き上げて声をかけるが、あまり反応が返ってこないようだった。
刹希は瞬間的にひりつく空気に、1人息を飲んでいた。

「てめーら、助けてもらっておいて俺の娘が弱っていくの……黙ってみてたのか」

自身に向けられるギラついたその目に、2人は慌てふためき始めた。
彼らにとっては、怪我をすれば医者に見せるものなのだろう。その場で簡易的に手当する知識などあるはずも無い。

「ままま待て!だってこんな状況じゃ医者呼ぶにも……のう? じぃ!」
「ワシに振るなァ!! しらん! ワシはしらんよ! 今日からボケたから!」
「てんめッ……!!」

またもや言い訳を始める皇子達に、星海坊主は神楽を寝かせて戦闘態勢に入ろうとした。
娘に害を成す対象を排除しようと、星海坊主が得物を振りあげようとしたが、その行為を止めたのは神楽だった。

「パピー、ダメヨ。せっかく私、助けたのに」
「神楽!」

得物を掴んで離さない神楽に、星海坊主はすぐに膝をつき娘を抱き上げた。

「も……も、もう大丈夫だ! 父ちゃんが助けてやるから、もう安心しろ!」
「パピー。わ……私変わったでしょ? 私の力、人を傷つけるだけじゃないヨ。人を護ることもできるようになったヨ」
「も……もういい、しゃべるな!」
「……そういうふうにしたらネ、いっぱい友達できたヨ。もう誰も私を恐がったりしないアル。もう1人じゃないネ。戦って戦って夜兎滅びたネ、戦って戦って夜兎一人ぼっちになってたネ。パピーも兄ちゃんもみんな……戦わなきゃいけないのは自分自身アル。このままじゃみんな一人ぼっちになってしまうヨ」

「おいィィィ!! 危ないィィ!! 上!! 上!!」

皇子の叫び声に、刹希は周囲の触手を切り払って振り返った。
大蛇のような形に変形した触手が、神楽と星海坊主に向かって大きく口を開いて迫っていた。

「星海坊主!!」

星海坊主は咄嗟に娘を庇うため、触手の口に腕を差し出していた。
餌にかかった魚のように、触手は星海坊主の左腕に取り付いた。そのまま星海坊主は自身の身体ごと腕を振るい、触手から逃れた。

「……パ……パピー……」
「ぐぅぅぅ……」

神楽が星海坊主の腕から放り出され、甲板に倒れ込んだ。
星海坊主は左腕を触手に喰われ、無くなっていた。
丸呑!みにされずに済んだことに一先ず喜んだ方がいいのか、刹希は一瞬安堵しかけた。
しかし、また他の触手が神楽の体に巻き付いているのを見て、刹希は考えるより先に身体が動いていた。

「神楽!!」

刹希のいる距離からでは神楽には届かない。
壁に這う触手を掴んだ刹希は、力ずくで上がり神楽に巻き付いている触手の束に小刀を突き刺した。

「神楽ァァァ!!」

甲板で叫ぶ星海坊主の声が聞こえる。
触手は小刀を突き刺したくらいではビクともしない。
何とか触手に掴まれたのはいいが、この状態だと神楽に纏わりつく触手を全て切ることもできないし、助け出すことも難しい。
それでもこのまま何もしない訳にはいかない。
うねる触手を掴み何とかよじ登る。触手に持ち上げられた神楽の向かう先には、また口を大きく開けたえいりあんの触手が待っていた。

「か……ぐらっ!」

意識もはっきりしない神楽が刹希の声に反応しているのか、力ない腕を動かしている。
食われそうな神楽に、嫌な映像が脳裏を掠める。
目の前で誰かが死ぬのを見るのはうんざりだ。
刹希は体に鞭打ってひたすらによじ登った。
あともう少し、この手が届いて欲しいと。
だが、刹希の手が届くより前に、彼は現れた。

「銀時!?」

大きく口を開けたえいりあんの中をぶち破って、定春に乗った銀時が出てきたのだ。
なんでそんな所から!? と、ツッコミたいけれどそんな状況でもない。
いきなりの外で状況も分からない筈だが、銀時は目の前の神楽に手を伸ばした。

「神楽ァァァァァ!!」
「ぎっ……ぎんちゃ……」

彼の声に反応して神楽も腕を伸ばす。
後ちょっとのところで、手が届かない。
触手はどこかへ目指しているのか、一気に意識を持って動き始めた。
しがみついていた刹希の目の前に、船の屋根が迫ってきてすぐに別の触手へ飛び移るはめになってしまった。

「危なッ」
「お前何でここにいんの?」
「銀時こそ」

ちょうど飛び移った触手に銀時もいたようで、足元から聞こえる声に刹希は彼を見た。
結局、お互い神楽が心配だったのだ。
けれど、そんな素直な気持ちをお互いが素直に言う訳もなく、答えを追求することもしなかった。


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