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「そういえば、刹希さんバイトはどうするんですか?」
「え?バイト?」

志村家にて全員で夕食を囲んでいると、新八がさらりと尋ねてきた。
刹希が小料理屋のあじさいでバイトを辞めた事は全員が知っていた。
銀時が記憶を取り戻したその日に、刹希が話したのである。
いつの間にと思いつつも、万事屋から出て行った彼女である、バイトを辞めるのも道理。
けれど、こうしてまた四人で万事屋をやっていくこととなったからには話は変わってくる。
なにしろ、万事屋は刹希のバイトの給料で成り立っているからである。

「今探してるけど」
「前のところで働かないアルか?」
「あそこは辞めちゃったし。やっぱり江戸に残るのでまた働かせてくださいって言う我が儘はダメなのよ」
「あの親父がそんな細けーこと気にするとは思えねーけどな」
「こっちの気持ちが問題なの」
「じゃあ、どうです? 私と同じお店で働いてみるのは」

笑顔で言ったお妙に全員は一瞬黙った。

「い、いやいやそれはさすがにどうなんですかね?」
「ダメです」
「あそこって出来高だし給料いいよね〜」
「ダメですって言ってるでしょーが!銀さん許しません!!」
「一日くらい体験で働いてみますか?」
「だからダメだって」
「とりあえずならちょっとやってみようかなぁ」
「銀さんの話聞いてくれる?」

銀さん泣いちゃうよ?と訴えても刹希は無視である。
そんな様子を見て神楽と新八は「いつも通りネ」「いつも通りだね」とにこやかに笑い合って銀時に助け船を出す気配もない。

「まあ、そんな冗談はおいといて」
「ああ、やっぱり冗談ですよね」

よかったと、新八は肩をなで下ろす。
なんだかんだいって、刹希もお妙同様にスナックで働くというのは新八としてもなんだか抵抗感があったのだ。

「近いうちにバイトは見つけるから、とりあえず心配しないで。それより半壊の万事屋を直す事を心配しないと」
「もうそろそろ年末ですからね、このままだとみんな年越しは我が家で過ごす事になっちゃいますよ?」
「あと五日で直るわけねーだろあのボロ家が」
「年末はここのこたつでエンジョイアル!」

雨を凌ぐ屋根すらまだ直っていない状況である。
どう考えても我が家で新しい年を迎えられる気がしないのは刹希も確信していた。

「まぁ家直すにも金はかかるしな、刹希ちゃん、早くバイト先見つけてね」
「アンタは早くまともに金を稼いでほしいわ」
「銀ちゃんまるでヒモ男ネ」
「まるでって言うか、ほぼほぼヒモだけどね」
「そのバイトの件についてなんだが、刹希ちゃんに聞いてほしいことがあるんだ」

話をぶった切って割り込んできた声に全員が静まり返った。
うーん何度目だこの展開、なんて思いながら刹希はお茶で喉を潤す。
毎度懲りない男は「こほん」と咳をしてコタツに入ってくる。

「誰が入っていいっつったゴリラァァァァ!!」
「ブヘラッ!!」

いつものようにお妙の拳が近藤の顔面に炸裂した。
勢いでコタツから飛び出していった近藤に、万事屋の面々は懲りねーなやら、よく飛んでったネやら、暇なんだなと口々に感想を漏らした。

「刹希ちゃんがバイトを辞めたのは隊士たちから聞いたよ」
「はぁ」
「なんでしれっと戻ってきてんだ? てめーは」

再びお妙が近藤に暴力を振るいそうな雰囲気だったがとりあえずなだめて近藤に先の続きを促した。

「単刀直入に言って、刹希ちゃんにはあじさいのバイトに戻ってきてほしい」
「どういうことですか?」
「てかなんで刹希がゴリラのいうことを聞かなきゃならねぇんだよ」
「何か裏があるに違いないアル」

言われた当人よりも周りが口を突っ込んでくる始末だ。
それに、近藤がそんなことを言ってくること自体意外だった。
近藤はほかの隊士に比べればあじさいには来ていなかったから、何か理由があるのだろうかと思ったのである。

「どうして近藤さんがそんなことをわざわざ言いに?」
「色々理由はあるが、一番ここに詳しいのが俺だったからです」
「連日不法侵入してりゃそうなるだろうな」

ツッコみは的確だし納得はできるが、そういう答えが聞きたかったわけではない。
というか、わざわざ今言いに来なくちゃいけない案件なのだろうか。
ゴホン、と近藤は仕切り直すように咳払いをして刹希を見遣る。

「俺達と刹希ちゃんの付き合いも長いだろう?君と出会ってから俺達もあの店に通わせてもらってるわけだしね」
「ええ、そうですね。こちらとしてはお客様が増えてうれしい限りでしたけど」
「料理もおいしいがうちの男どもは刹希ちゃんと話すのが好きで行ってるやつも多い。要は君がいなくなって落ち込んでいるわけだ」

刹希は気の入っていない声を漏らした。
そんな自分がいないくらいで落ち込むだろうかと。
いや、まあ、彼らにとってあの店がそれほど居心地の良いものになっていることは嬉しいが、自分がいるといないとでそう変わるものなのか。

「君も知ってるだろう?うちは血の気の多い連中ばかりだ。親っさんに何かあったらいけないしなぁ」
「オイ、それ半分脅迫じゃねェか」

話を聞いていた銀時が口を挟む。
だが、近藤の言いたいこともわかるのだ。
彼らは確かに血の気が多いし、すぐに手が出る。
警察でなければ確実に犯罪を犯していたかもしれないし、いないかもしれない。

「それに野郎も言ってたじゃないか。親っさんが刹希ちゃんをいらないと思うはずないさ」
「……まあ、それは置いておくとして。明日顔は出します。気は進みませんけどね」

隊士が苛立って店長に手を上げたらそれこそ店長に合わす顔がないというものだ。
あそこでバイトを再びやる気はないが、隊士らには一言注意しておくことは大切だろう。
自分のせいで店に迷惑がかかるというなら後始末はしっかりしなければならない。




     *




翌日。朝食をすまし、洗濯や掃除諸々をすませた刹希は、店も開店した時間帯になったためさっそくあじさいへ向かうことにした。
一体全体、どんな顔をして店長に顔を合わせればいいのかわからないが、迷っていても仕方ない。
いつも通りで行けばいいのだと、自分に言い聞かせ、店に向かう。

「で、なんで銀時も付いてくるの?」
「まあまあ、刹希ちゃん、気にしない気にしない」
「……」

いろいろ言いたいがバカバカしすぎてやめた。
こういう時、この男はなんだかんだで付いてくるような気がする。長年の経験でわかる。
そして今の自分の精神から、銀時を追い返すほど気持ちが定まっていないのだ。
店に意識がいって、銀時にまで気にかける余裕がない。


数日ぶりに訪れた元アルバイト先はいつもと何ら変わらない。
変わっているとすれば黒い服を身に纏った集団がいっぱいいることくらいだ。
一瞬でその集団に目を通したが、総悟や土方の姿は見えなかった。
異様な光景に気圧されているのか、刹希がどう声をかけるべきかと悩んでいると黒服の一人がこちらに気が付いた。

「綾野さん!!」
「えっ!?刹希さん!?」
「お久しぶりです!綾野さん!!」
「お、お久しぶりです。皆さん元気そうですね……」

大勢の男たちが前のめりで刹希へ詰め寄ってくる。
完全に気圧されてしまった。
後ろに背をそらせながら刹希はぎこちない笑顔で二歩ほど下がった。

「綾野さん、店に戻ってきてくださいよ!」
「そうですよ!みんな待ってるんですよ!」
「また俺の話聞いてくださいよ〜!」

全員が思い思いに刹希へ気持ちを伝えていた。
そんなに私はこの店に、彼らに必要とされていたのか。
烏滸がましい考えだけれど、そう考えてしまうくらいに彼らの言葉は真摯だった。
その眼には嘘を言っているようには見えなくて、なんだか、うれしかった。

「おい、お前たち!!店先で迷惑になるだろうが!」
「局長!」

店から出てきた近藤に隊士たちは道を開けた。
刹希と銀時の前に出た近藤はいつもの快闊な笑顔で刹希を見遣る。

「押しかけるような形で済まない。でもこれがこいつらの思いなんだ。刹希ちゃん、こいつらの為じゃない、君を必要としている人はいっぱいいるからどうだろう?」
「……」
「刹希ちゃんが本当に嫌なら、僕も止めはしないよ」
「っ、店長!」

後ろから出てきたあじさいの店長に、刹希は目を見開いた。
改めてこの状況を考えると、何やら大事になっている気がする。
バイトに戻るか戻らないかという単純かつ小さな問題のはずだが、どうしてこうも騒ぎがデカくなるのだろうか。

「わ、私はですね、一度辞めたのに私の都合で戻るなんて都合の良いことできません。店長にも迷惑が掛かりますし……」

正直、このバイトは嫌いじゃなかった。
むしろ好きだった。
バイトを通して見聞が広がったのも確かで、何より店の雰囲気が好きだった。
落ち着いていて、焦る必要のない空間が何よりも刹希が求めていたものだった。

「実はね、刹希ちゃんがいないと宅配ができなくてね。困っていたんだ。誰か雇いたいけれども今どきこんな廃れた店に働きに来てくれる人なんて滅多にいないんだよ」
「廃れただなんて、立派な素敵な店ですよ」
「うん、ありがとう。それに、刹希ちゃんがいてくれると店が明るくなるんだよ、僕はあの雰囲気が好きでねェ。どうだろう? 僕を助けると思ってまた務めてくれるかい?」

ああ、ここまで彼に言わせてしまっては答え何て決まっている。
自分はこの店が好きで、店長は自分を必要だと言ってくれた。
例えそれが世辞だとしても、今はそれだけで十分だ。
だって、店長はいつだって嘘をつかない人だったから。

「私も、バイト先が見つからなくて困ってたんです。店長が困っているなら困らせた私がいないと身も蓋もないですもんね。また、よろしくお願いします」
「うん、よろしくお願いするよ、刹希ちゃん」

わっと周りから声が上がる。
こんなに周りに喜んでもらえるなんて、初めてじゃないだろうか。
ただバイトに復帰するだけなのにこんな反応されると妙に気恥しい気分になる。
でも、何はともあれバイトは見つかったのだ。一安心である。
心配と迷惑をかけた分、今まで以上に励まないといけない。

「よかったな、刹希」

見守っていた銀時が刹希の頭に手をのせて言ってくる。
一瞬上がりそうになる口角を何とか押しとどめて、刹希はつんとそっぽを向いた。

「うるさい」
「酷い!!」


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