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「ジャンプの合併号買ってねェ」

いきなりそんなことを言い出したのは大晦日の夜のことだ。
もうこんな時間に買いに行ってあるのだろうか。
あるとしても31日に開いている店があるというのだろうか。

「ちょっと買いに行ってくるわ」
「えぇ〜銀さんまた事故って記憶喪失とかやめてくださいよ?」

めんどくさそうに、でも少し心配そうに新八が言う。
そんな新八に銀時は二度も同じことは起こさないと怒るが、それをやりそうなのがこの男なのだ。

「……いいよ。買いたいものあるし、私がバカについていくから」
「え、バカって俺のこと?」
「いいんですか? 刹希さん」

うん、と刹希は素っ気なく答えて支度を始める。
嬉しそうに刹希に話しかける銀時と悪態をつく刹希の二人を見て、新八は笑みを浮かべる。
やっといつもの日常が戻ってきた感じだ。

「じゃあ行ってきます」

すでに外にいる銀時の分もと刹希は新八たちに声をかけて志村家を出た。

大晦日、新年になるまであと少しである。
除夜の鐘を突きに町の人たちが寺に向かう姿が増えてきた。

「銀時も鐘に突かれてマシになればいいのに」
「ちょっと? 銀さんバカになると思うんですけど」
「クズよりはマシな大人になると思う」
「それどういうこと!? 銀さんは立派なカッコイイ大人だと思いますけど!!」

はっ、どこがでしょうと刹希が笑う。
とりあえず近場のコンビニに向かうが、やはりというべきかジャンプは置いてなかった。
仕方なしに別にコンビニに向かう。

「おっ、あったあった」
「……」

何店舗目のコンビニか。
やっと見つけたジャンプを手に取る銀時を横で見ながら、レジに向かうところを止めた。

「それ赤マルじゃないの」
「……げ、マジか、あっぶねぇ」

無駄な金使うところだったと、銀時は赤マルジャンプを戻して刹希を見遣る。

「そういえば刹希は何買いに来たんだ?」
「何もないけど」

恥ずかしげもなく、さも当然のように刹希は言う。
しばらくその言葉を理解するのに時間がかかったが、理解して悶絶したくなった。
新八達にはああいったが、やっぱり心配なんだと、可愛すぎかと抱きしめたくなる。
一言でも、一つでも体で示せば拳やらクナイやらが飛んでくるだろう。
何とかぐっとこらえつつも、表情筋だけは素直だった。

「なんだかんだ言って刹希ちゃんて俺のこと好きだよな〜」

思わず出た言葉に、刹希の空気が一瞬で変わるのが伝わる。
暴言でも飛んでくるか、と身構えているといつまでも何も反応が返ってこない。
それはそれで心配になるのだけれど、銀時は刹希の顔を覗き見ようとした。

「……金輪際あんなことにはならないようにして、こっちはいい迷惑なんだから」
「へいへい。以後気を付けます」

絶対こいつわかってない。
軽い返答にため息をつきたくなった。
刹希はレジに向かいあんまんと肉まんを一つずつ購入して店を出る。
白い息を吐き出しながら、手を温めてくれる中華まんの一つを銀時に差し出した。

「……」

無言で受け取った銀時は、若干動揺していた。
あの刹希が、糖尿病がなんだと口うるさい彼女が、甘いものを銀時に差し出したのだ。
頼んでもいないのに。
これには雪を通り越して雹でも降ってくるのではないかと疑ってしまうほどだ。

「新年まであと少しあるし、ちょっと寄り道する……?」

腕時計を確認する刹希がそんなことを言い出す。
動揺しながらも銀時は、「そうだな」と同意した。
二人して近くにあった公園のベンチに腰を下ろすこととなった。

「……そういえば家のことなんだけど、辰馬に慰謝料請求したからそろそろ何か返事があると思う」
「お前も抜かりねぇな、相変わらず」
「ホントはあの時に締め上げようと思ったけどね。誰かさんのせいでそれどころじゃなかったし」

と、チクチクと嫌みを言われる。
逃げるようにあんまんを食べれば、口の中がすぐ甘ったるくなった。
刹希もこのくらい甘ければいいのにと考えてしまう。

「こんな年越しになるなんて、去年は思わなかったなぁ」
「そーですね」
「従業員が二人も増えるとも思わなかったし」
「そーですね」

銀時の返答に少し腹が立った。
この男は自分がどれだけ心配したかわからないのだ。
もちろん言葉にしていないのだから、この鈍感男が気が付くはずもないけれど、それにしたって緊張感がない。
前と変わらなくて、またいつ事故に遭うか分かったものではない。
事故でなくても、事件に巻き込まれて死んでしまっても笑い話になりもしない。
もう肉まんの半分も食べ終えてしまった。

「まぁ、今後は気ィ付けるわ……。俺の知らないうちに誰かさんが旅に出るかもしれないしな」
「…………そうだね。もう戻ってこないかもしれないからね」
「刹希」

銀時の手が刹希の頬に触れる。
一瞬どきりとして、でもその動揺を悟られまいと刹希はゆっくりと銀時を見た。
街灯に照らされた銀時は雪のように冷たそうで、けれど触れる掌はとても熱かった。

「……なんでもねェわ」

触れていた手は頬から頭へ移動して、無遠慮に撫でられる。
刹希はボサボサになった髪を手で梳かして銀時を見続けた。
彼は一体何を言おうとしたのだろう。
変な銀時。

「ねぇ、銀時」
「ん?」

言おうと思っていたことを口に出そうとした時だった。
どこからか「あけましておめでとう」という声が町中にわらわらと響いてきた。
年が明けたらしい。

「……」

まあ、また今度言えばいいか、と刹希は言葉を飲み込んだ。
これから先、伝える機会はいつでもあるだろう。

「明けましておめでとう。銀時」
「あけましておめでとうございます」
「今年も私を苦労させないようによろしくお願いね」
「努力いたします……」

あまり期待はしていないけれど、いいのだ。
またいつも通り新年を迎えられただけで、今の刹希にとっては十分なのだから。




2018.7.23


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