B
「えーと山崎……ん?コレ何て読むんだ」
「退(さがる)です。山崎退」

そう、彼の名前は山崎退。
泣く子も黙る武装警察真選組の監察(密偵)である。
そんな彼がなぜさびれた工場で面接を受けているのか。

「あ、そっ、おたくもリストラ?最近は職にあぶれた侍で街あふれ返ってるもんな」

工場長はそういうが、もちろんリストラなどではない。
山崎が動くとき、それは事件の匂いをかぎつけた時だけだ。

「かくゆう俺も昔は腰に刀さしてたんだがね、今はコレさ。まァ、ここはアンタみたいな落武者がたくさんいる。似た者同士仲良くやってくれ。おーいみーんな新入りだぞ」
「うぃーす」
「……い゛い゛い゛い゛!!万事屋の旦那!?アンタなんでこんな所に!?」

一瞬自分の目を疑ってしまったが、銀髪の天然パーマは万事屋の坂田銀時だ。
こんなところでまさか知り合いに会うとは思わなかったが、彼にも何か事情があってこの工場にいるのでは。
依頼か何かだろうか、はたまた自分と同じように工場の怪しい噂がらみで潜入なんてこともあるかもしれない。

「?誰ですか?」
「俺ですよ俺。真選組の山崎です。実は訳あって潜入捜査でここにもぐりこんだんですがね……」
「オイ、言っとくけどそいつ記憶喪失で昔のことなんも覚えてねーぞ」
「記憶喪失!?」
「そういうことなんでスイマセン旧知のようですが僕は覚えてないんで、えーと真選組の何?真ちゃんとか呼べばいいかな」
「ちょっとォォ!!潜入捜査って言ってるでしょ……あ゛っ!!言っちゃった」

先ほどから言っているが。
自分のこと棚に上げて銀時の頭をすっぱたく山崎。
とりあえずこの男が深い理由で工場にいるわけでもないことが判明したのだけはよかったのだろうか。

「なんですかアナタ。人の頭パンパンパンパン、タンバリン奏者気どりですか。じゃあ潜入捜査のせんちゃんとかどうですか」
「嫌がらせ?本当に記憶喪失なんですか?山崎って言ってるでしょ」
「いや覚えてないんでタンバラーで」
「覚えてないっつーか覚える気ねーじゃねーか!」

真選組にいるときもツッコみ役になることが多かったが、ここにきてまでツッコみをする羽目になるとは。
若干疲れ気味である。

「そーいやキャラもいつもと違う。目も死んでないし……え?でも万事屋は?他の連中は……綾野さんはどうしたんですか」

あのしっかり者の刹希が銀時を放置しているとも思えないのだが、銀時は今一人だけのようだった。
記憶のない状態で工場にいて、工場長も銀時のことを記憶喪失以外知らないようだ。
刹希はどうしたのだろうかと、疑問ばかり浮かぶ。

「……万事屋は……」




   *




「ありゃ、こりゃ珍しい先客だ」

いつものサボり場に来てみれば、ベンチによく知った姿を見つけた。
いつもと変わりない調子で声をかけてみると彼女は総悟の方へ顔を向けた。

「サボりはよくないわよ、お巡りさん」
「休憩でさァ、刹希さん」

物は言いようね、と刹希が表情を変えずにつぶやく。
そんな刹希の隣に腰を下ろしながら、彼女の足元にあった大きな荷物に視線を一瞬向けた。

「そういやバイト辞めたんですかィ?」
「うん」

なんだかんだ、刹希と出会って長い事経つが、彼女がバイトを辞めるとは思っていなかった。
別に江戸で生まれ育った人間でないことぐらいは知っているし、彼女がこの地で生きている理由など聞く気もないが、勝手にずっとそこにいるものだと思っていたのだ。
だから彼女がこの地から離れようとしていることを知っても理由は聞かない。

「家にでも帰るんで?」
「……私に帰る家なんてない」

その顔は険しく、銀時に対して怒っているときとまた違う迫力があった。
彼女は自分のことを全く話さない。知っているは家出をしていることだけ。
それすら本当か嘘か定かではない。

「そりゃ寂しい事言いますねェ、アンタの帰る場所はてっきりあの家かと思ってやしたけど」
「そう見えるの?」

刹希が険しい顔から自虐するような笑みを浮かべた。

「別にあそこに長居する必要ないし……」

けれどすぐ表情は戻ってしまう。
口に出さないながらも、なにやら今度の刹希の悩みは深刻そうだと察する総悟。
これは自分ではなく坂田銀時がどうにかするべき案件な気がしてきたが、たぶんその銀時と何かあったのだろう。

「そういえば、近藤さん帰ってきてないんでしょう」

いきなり話題を変えてきた刹希に、総悟は一瞬反応が遅れる。
今日は旦那どこにいるんだろうかと考えていたせいだ。

「え、よく知ってやすね」
「うん、昨日の夜、記憶喪失の近藤さんと会ったらから」
「……え?ホントですかィ?」

これはさすがに驚きだ。
彼女が冗談を言っている可能性もあるが、どうだろう。

「真選組も大変そうだね」

このテンションからすると結構本当かもしれない。

「で、近藤さんはどこにいるんですかィ?」
「工場」

一瞬むすっと顔を歪ませた刹希だが、その理由を聞くのも憚られる。
とりあえず土方さんにでも一報入れておくかと思った時だった。
パトカーのサイレン音が近づいてきたと思えば公園の入り口で止まった。

「やっぱりテメーサボってやがったな!!総悟」
「サボってません、迷子の女性に話を聞いてたんです」
「別に迷子じゃないから」

慌てた様子でパトカーから出てきた土方が総悟を怒鳴りつけようとして刹希の存在に目を丸くした。
彼女がここにいることがそんなに驚くもんかと総悟は思うが口には出さなかった。
連絡をする手間も省けたと、総悟は今聞いた話を土方にした。

「近藤さんがどうやら記憶喪失で工場で働いてるみたいでさァ、土方さん」
「それはさっき山崎から連絡があったしこの前綾野から聞いた」

なんだ、自分が後手だったかとなんだか機嫌が悪くなる。
刹希はいいとして、後で山崎をしめておこう。

「山崎?あいつ仕事中でしょう」

今日からテロ容疑のある工場に潜入捜査を開始したはずだ。
その山崎からなぜ連絡が来るのだろうか。

「ちょうど山崎の潜った工場に近藤さんが居たらしい」
「そりゃまた運がいいのか悪いのか」
「……で、土方さんは急いでどうしたんですか」

今まで黙っていた刹希は本題に首を突っ込んでくる。
元々事件があると面白そうに話を聞きたがる所があったが、今回は少し機嫌が悪そうだ。

「やべぇ忘れるところだった!オイその工場で爆発騒ぎが起こってる、総悟行くぞ!」
「ついに尻尾出しやしたか」
「どうだかな、とりあえず山崎もいるんだ、さっさと行くぞ」

そう言ってパトカーへ走っていく土方。
総悟も立ち上がり刹希へと振り返って口を開いた。

「……刹希さん、何があったか知りやせんが早く旦那と仲直りした方がいいですぜ」
「……」

ぽかんとしている彼女を放置して、総悟はパトカーの助手席へ乗り込んだ。
ベンチにぽつんと座ったままでいる刹希の姿を、総悟はサイドミラーでじっと見ていた。
あんなに生気のない彼女の顔は、あまり好きじゃない。
早く仲直りをして元に戻ってほしいところなのだが。

そんなことを考えているとパトカーは現場に到着したようだった。
野次馬をかき分けて、二人は工場を目前に立ち止まる。
ちょうど大きな爆発が起こると、瓦礫の一部が土方の顔面目掛けて飛んできた。
土方はそれを微動だにすることなく受け、血をだらだら流していた。

「は〜い、危ないから下がりなさ〜い。この人のように目に瓦礫飛んできてケガするよ〜。ポーカーフェイスを気どってるけどものっそい痛いんだよ〜恥ずかしいんだよ〜」

工場に到着した土方たち真選組は、そう野次馬をしている民間人に呼びかける。
工場は何度も爆発を繰り返しているようで、瓦礫も飛んできている。
ここに近藤さんが居るのかと思うと、あの人は無事でいられてるのか、と一抹の不安はあった。

「エライ事になってるな」
「土方さんもエライ事になってますぜ」
「コレ山崎の野郎死んだんじゃねーのか」
「土方さんも死ぬんじゃないですか」

死なねぇ、死にやすと、何度か繰り返す二人。
先に諦めたのはやはり土方で、工場を一瞥してため息をこぼした。

「山崎一人なら見捨てようかとも思ったが近藤さんがいたんじゃそうもいかねーな」
「土方さん俺笛家に忘れたんでちょっととりに帰ってきまさァ」
「ああ、二度と戻ってくるな」

総悟も面倒くささが勝っているらしい。

「おお!!アレ見ろォ!何か出てきたぞ」
「なんだアリャ?」
「大砲?……バカでけー大砲が出てきやがった!」

敵と話し合うか、速攻で突入するかと考えていると、工場から大砲が姿を現した。
口径からしてかなり大きな大砲だろうとは思う。
その大砲は真選組に元から耳に入ってきていた黒い噂だろうことはすぐに分かった。

「ア……アレが、連中が秘密裏につくっていた兵器……」
「総悟、俺分度器家に忘れたからちょっととりに帰ってくる」
「土方さん大丈夫でさァ。分度器ならここにあります」

お前なんで持ってるんだよと、心の中で突っ込みつつも土方は気を取り直して工場を見据える。

「おーい、さっさと投降しろォ!お前らは真選組に完全に包囲されてる!!」

その声に大砲の裏から工場の従業員らが出てきた。
その内の一人が真選組らに声を張り上げてきた。

「〇月△日〜!興味生まれて初めて親父に殴られたァ!」

何かいきなり始まった。
男は両手に何か本のようなものを広げていて、それを朗読しているようだった。
そして、困惑する真選組や野次馬など気にせず男は続けた。

思い拳だった。それは己の背中一つで俺たち家族や様々な重責を背負って生きてきた男の拳だった。
自分の拳がひどく小さく見た。仕事をやめ、二年と三か月ゲーム機のコントローラーしか握ってこなかった負け犬の拳だ。

「ニートだったんですねイ」
「てめーのガキの話か?」

二人の話声など聞こえるハズもなく、男は話を続ける。

親父は別になァ、上手に生きなくたっていいんだよ。恥をかこうが泥にまみれよーがいいじゃねーか。最高の酒の肴だバカヤロー。そう吐き捨てて仕事に出かけた。
親父の背中はいつもより大きく見えた。今からでも俺は親父のようになれるだろうか……初めて親父に興味を持った。二年ぶりに外に出た。しぜんと親父を追う俺の足。
マムシの蛮蔵。それが親父のもう一つの名前。悪党どもを震え上がらせる同心のマムシ…彼の顔が見たかった。働くということがどういうことなのか、彼を通して知ろうと思った。
マムシは、ワンカップ片手に一日中公園でうなだれていた。
マムシは一か月前にリストラ……

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

男、マムシは途中で奇声を上げると手に持っていた息子の日記を二つに裂いていた。
結局何が言いたかったの?と真選組一同首をかしげたくなったとか。

「お前らにわかるかァァ!!マムシの気持ちがァァ、息子の日記にこんなこと書かれたかわいそうなマムシの気持ちがァァ!!もう少しだ!!あとちょっとで息子も更生できたのにリストラはねーだろ!おかげでお前息子はひきこもりからやーさんに転職だよ!北極から南極だよお前!」
「最高の酒の肴じゃねーか」
「飲みこめるかァァ!!デカすぎて胃がもたれるわァ!!」

引きこもりに戻らなかっただけでも良かったとは思えないのだろうか、刹希がその場にいればそう冷静に突っ込みを入れていただろう。

「こちとら三十年も幕府のために滅私奉公してきたってのに、幕府も家族もあっさり俺をポイ捨てだぜェ!!間違ってる!こんな世の中間違ってる!だから俺が変える!!十年かけて作り上げたこの『蝮Z』で腐った国をブッ壊して革命起こしてやるのよ!」

息子にかっこいいことを言ったのに自分がリストラでかっこ悪い姿を見られたことがかなり精神的に来たらしい。
オマケに嫁さんにも逃げられたとあれば、テロリスト行為に及ぶもの仕方ないのか?
いやまあ、仕方なくはないのだが、完全に私怨である。

「大砲用意」

話しても埒が明かないことも分かったところで、土方が隊士に大砲の用意を促す。
総悟が待ってましたと持ってくると、なぜか土方の後頭部に向けて大砲を設置した。

「……いや、そこじゃなくて……何びっくりしてんだァァ!!こっちがびっくりだわァ!!」
「副長ォ!!アっ……アレ!!」

横にいた原田の言葉に反応して全員が敵の大砲へ視線を向けた。
爆発の煙が収まってきていた中で、そこにいた人物をやっと認識したのだ。

「局長ォ!!山崎ィ!!」
「アレ!?なんでアイツもいんだァァ!?」

まるで人質のような形で近藤、山崎、銀時の三人が看板に縛り付けられていたのだ。
確かに近藤と山崎が居れば真選組も手を出しづらいだろう。
マムシもよくわかっている。が、それが通用しない奴が一人いるのだ。
大砲を用意した総悟が躊躇いなく近藤らのいるマムシたちに大砲を放った。

「総悟ォォォォォ!!」
「昔近藤さんがねェ、もし俺が敵に捕まることがあったら迷わす俺を撃てって、言ってたような、言わなかったような」
「そんなアバウトな理由で撃ったんかィ!!」

一方その頃のマムシ側である。
足場がボロボロになった中でなんとか山崎と銀時は生きていた。

「撃ったァァァァ!!撃ちやがったアイツらァァ!」
「なんですかァァあの人達!!ホントにあなた達の仲間なんですかァ!?」
「仲間じゃねーよあんなん!局長、俺もうやめますから真選組なんて……アレ?局長は?」
「オウ、ここだ。みんなケガはないか、大丈夫か?」
「局長ォォォォォアンタが大丈夫ですかァァ!?」

屋根の突き出た板に襟首が引っかかっていた近藤。
なんとか無事のようである。なんとか二人の元にも降りてきた近藤は先ほどとは様子が違った。

「まるで長い夢でも見ていたようだ」
「局長、まさか記憶が……ていうか頭……」
「ああ、まるで心の霧が晴れたようなすがすがしい気分だよ。山崎、いろいろ迷惑かけたみたいだな」
「いえ……ていうか局長……頭……」

木片が近藤の脳天にぶっ刺さったままなのである。
無事だが無事じゃなさそうだ。
山崎もどういうべき角惑い気味である。

「とにもかくにも今は逃げるのが先決だ。行くぞ」
「局長待ってください、まだ旦那が!」
「いい、行ってくれジミー、ゴリさん。早くしないと連中が来るぞ」
「……チッ、クソったれ!!普段のお前なら放っておくところだが坂田サンに罪はない
!」
「ゴリさん……」
「それになァ、男なら刹希ちゃんにあんな顔させんじゃねェ、あの子がどれだけお前のこと心配してるか分からねェ男じゃないだろう万事屋」
「あっ!何やってんだテメーら!」

銀時が縛りつけられている看板を何とか剥がそうと近藤が奮闘するが、現れた工場の従業員に見つかってしまう。
だが、ちょうど看板が取れた弾みで三人は大砲のある屋根から落下した。
その隙を土方は見逃さない。

「!!今だ、撃てェェェ!!」

真選組側からの砲弾の雨が工場に降り注いでいく。
しかし、マムシ側もやられっぱなしでいるはずもなく、用意した「蝮Z」を撃ち放った。
だが、それは土方達の方へ走っていた近藤らの後ろから追撃してくる形になってしまった。

「うおわァァァァァァァ!!」

だがこのままじゃ全員大砲の餌食だ。
手足が唯一自由な近藤は、迫りくる大砲の光線に銀時と山崎を守ろうと体当たりで走る進路を変えた。

「局長ォォ!!」

攻撃が止み、物陰に潜んでいた真選組らが顔を覗かせる。
野次馬はさすがの事態に退散していったらしい。

「おーい、みんなァ生きてるか?」
「こいつァとんでもねェ。本当に国ぐらい消しちまいそうな威力だ」

マムシが10年かけただけのことはあるというわけか。
だからこそ、野放しにはできないのだが。

「局長ォォ!!局長しっかりしてください、局長ォォ!!」

銀時と山崎をかばった近藤は大砲の攻撃に当たったらしいのか気を失っていた。
山崎が何度も近藤に声をかけるが、ピクリとも反応しない。
そんな様子を銀時は呆然と見るしかなかった。

「フハハハ!見たか蝮Zの威力を!これがあれば江戸なんぞあっという間に焦土と化す。止められるものなら止めてみろォォ!時代に迎合したお前ら軟弱な侍に止められるものならよォ!!」

記憶喪失で工場長に拾ってもらっただけで、どうしてこんなことになったのか、銀時には理解できなかった。
この状況はどうなってしまうのか、自分はどうすればいいのだろうか。
マムシの高笑いに、戸惑いばかりが膨らんでくるのだ。

「さァ来いよ!早くしないと次撃っちまうよ!みんなの江戸が焼け野原だ!!フハハハハ、どうした?体がこわばって動くこともできねーか、情けねェ……ん?」
「!」

マムシは笑うのをやめて、突然現れた第三者に顔をしかめた。

「どうぞ撃ちたきゃ撃ってください」
「江戸が焼けようが煮られようが知ったこっちゃないネ」
「でも、この人だけは撃っちゃ困りますよ」
「なっ……なんだてめーらァァ!?ここはガキの来る所じゃねェ、帰れェ!灰にされてーのかァ!!」

転がる銀時の前に、新八と神楽が立ちふさがったのだ。
この場で異様な存在感を放っている。
誰しも子供二人に戸惑いを覚えた。銀時も。

「な……なんで。なんで……こんな所に……。僕のことはもういいって……もう好きに生きていこうって言ったじゃないか。なんでこんな所まで……」

新八と神楽は銀時のことなど見ずに、白髪テンパを踏みつけた。

「オメーに言われなくてもなァ、こちとらとっくに好きに生きてんだヨ」
「好きでここに来てんだよ。好きでアンタと一緒にいんだよ」

――なんで、どうしてだ。

銀時にはその小さな背中が語る揺るぎない、折れることのない思いに混乱した。
あれだけ自分は二人に酷い事を言ったのになぜ、慕われているのだろうか。

ちゃらんぽらんと呼ばれていながら、なんで僕は、なんでみんな……なんで。

いつの間にか真選組も新八と神楽とともに一列にマムシの前に立ちふさがった。

「それに、アンタ連れて帰んないと刹希さんが戻ってこないんですよ」
「そうアル。刹希の料理がないと万事屋は死んだも同然ネ」
「確かに、刹希さんのいないあじさいに価値はないですからねェ」
「こんな馬鹿なやつの面倒させられて綾野も苦労が絶えねェだろうがな」

それにいつだって、誰にだって、刹希のことを聞かれるのだ。
万事屋はどうしたのだと、刹希はどうしたのだと、自分にとって彼女はどういう存在なんだ。
はたと思い出すのは、彼女の不機嫌そうな顔と寂しそうな笑顔だった。

「なァ、そうだろう?万事屋の稼ぎ頭さんよォ」

土方の声に、銀時ははっとした。
顔を後ろに向けようとしたが、うまくいかない。
けれど、誰かはすぐに分かった。
銀時の傍らに立った刹希は、びっくりしている銀時の顔を見た。

「なんで……だって、もうここにはいないって思って」
「……ねぇ、銀時。私にはもう帰る場所なんてないけどね、今日からここがお前の帰る家だって言ってくれたあなたの言葉、今でも覚えてる。私はその言葉に救われたよ」

一筋、涙を零した刹希に銀時は目を見開いた。

「そういうことだ。撃ちたきゃ俺達撃て。チン砲だかマン砲だか知らねーが毛ほどもきかねーよ」
「そうだ撃ってみろコラァ!」
「コノテロリスト侍が!」
「ハゲ!リストラハゲ!」
「俺がいつハゲたァァァ!!上等だァ、江戸消す前にてめーらから消してやるよ!」
「私達消す前にお前消してやるネ!」
「いけェェ!!」

各々獲物を構えて走り出す横で、静かな声が刹希の耳に届いた。

「刹希、縄ァ切ってくれ」
「……はいはい」

刹希が縛り付けていた縄を切ると、銀時はすぐさま走り出していた。
その後ろ姿を見送りながら、刹希はあぁと、気が付いた。
自分は銀時に戻ってきてほしかったのだと、ここにいたかったのだと。
理由なんて、まだよくわからないけれど、それでも今の時間が好きだと、改めて思えた。

「工場長、すんませーん、今日で仕事やめさせてもらいまーす」
「ぎっ……銀さん!!」
「ワリーが俺ァ、やっぱり」

銀時は新八から受け取った木刀を握りしめて、屋根を駆け上がり大砲の前に飛び上がった。

「自由(こいつ)の方が向いてるらしい」
「死ねェェェェ坂田ァァァ!!」
「お世話になりました〜」

木刀を大砲の穴にぶっ刺すと、大砲は中で盛大に暴発した。
終わったのだろうか、全員が息をのむ中、銀時が戻ってきた。

「けーるぞ」

銀時がそういうと、新八と神楽は嬉しそうに走り出した。
あれだけ嬉しそうにできるのは子供の特権だなぁと刹希はなんだか羨ましくなった。
もうあんなに気持ちを素直に表に出せるほど、綺麗じゃない。

「刹希も帰るだろ?なんせ、あそこはお前の家だもんな」
「……ばか」

仕方ないなぁ、今回だけだよ。

刹希は笑っていうと、銀時の隣を歩き出した。
後ろから付いてくる新八と神楽がそんな二人を見て、また嬉しそうに笑うのだった。




2018.5.25


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