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「刹希、もう帰ってこないアルカ」
「わからないよ」

二階から、刹希が一度も振り返らずに去っていく様子を見ながら、神楽は寂しそうにつぶやいた。
神楽の中で、刹希はいつもこのバラバラな万事屋を一つにまとめていたお姉さんだった。
姉がいたらこんな感じなのだろうかと、思うときもあった。
だからこそ、銀時が記憶喪失になった時も、万事屋を解散するといった時も、彼女ならどうにかしてくれると思ったのだ。

「でも、刹希さんもあの銀さんとずっと一緒にいるんだから、きっと大丈夫だよ」
「まったく、大人は面倒くさいのばっかりネ」
「あはは、だね」

なんだか、ダメかもなんて思い始めていたけれど、どうにかなるかもしれないと、根拠のない思いが湧き上がってくる。
今までどうにかなっていたのだ、今回もなんとかなる。
大人たちがうじうじしてるなら、自分たちはいつも通りでいないと、あの二人が素直になれないではないか。




    *




「はぁ……」

駅の終点まで来た刹希。
見知らぬ土地に来て、これから気ままに行きたいところへ行こう。
そう思うのに、なぜだか足が重くて、ため息ばかりがこぼれる。
ベンチに座って、来る電車来る電車を眺めては、ため息ばかりついてしまう。

解散しようといった言葉に、刹希は少なからずショックを受けていた。
それを本人も自覚はしている。
ショックであり、同時にどんどん理不尽な怒りが湧き上がってくるのだ。
大体自分が江戸にいたのは銀時にここに住めばいいと言われたからだ。
その時はバイトを始めてそんなに時が経っていなくて、利害も一致していたため、居候することにしたのである。
何かにつけて銀時は刹希を引き留めていて、この男は自分がいないと社会的に死にそうだから、結果面倒を見る形に落ち着いていた。

「それなのに、あのバカ……」

勝手に解散だと言って、姿を消して、こっちの気も知らないでどういうつもりだろう。
居ろといったのはそっちなのに、記憶がなくなったら責任をとることも忘れてしまうのか。
また自分はどうしたらいいのかわからなくなるんだと思うと、また昔のことを思い出した。
戦争が終わって、すぐのことだ。
銀時がいきなり姿を消して、小太郎もビックリしていて、刹希も唖然とした。
あの時の喪失感と似ていた。

「枯れない、か……」

出会ってばかりの神楽を思い出すと、彼女があんなことを言うとは思ってもみなかった。
短い時間しか一緒にいなかったけれど、神楽には神楽なりの考えがあったのだろう。
そして、そこに銀時を信頼していきたいと思うものがあったのだ。
自分に、あそこまでできるだろうか。記憶のない銀時をずっと待つことなんて、できるのだろうか。
いくら想像しようとしても、全く思い浮かべなかった。

「……あぁ、私って、昔から変われてないんだな」

変わりたいと思った。
銀時たちと出会って、変われたと思った。
けれど、本質なんてそうそう変わらなくて、こうしてまた自分本位に動いている。
そして心のどこかで、銀時がまたどうにかしてくれるのではなんて、思ってしまうのだ。
なんて女なんだろう。なんて人間なんだろう。
だんだん自分にもイライラしてきた。

「……記憶喪失のあいつが行きそうなところか……」

そんなのわかるわけがない。
だって今の銀時はアホな男ではなくてまじめな男なのだから。
やっぱり放置だ、そうしよう。
いやでも、それでは今までと同じだし、第一、子供が信じて大人の自分が逃げ出すってどういうこと?
悶々と考えてばかりいると、もう夕暮れ時だった。
刹希は一人うなり声をあげると、すっと立ち上がり向かいのホームに向かった。
このまま去ったら負けた気がする。
銀時を連れ帰るまでは面倒を見てやる。
そう、自分に言い聞かせた。

意気込んだはいいものの、結局現実なんてそう都合よくはいかない。
手当たり次第に探しては見たものの、銀時は見つからなかった。
そういえば、あいつはかくれんぼが得意だったなと、昔を思い出した。
やっぱり自分がこんなに苦労する必要性なんてあるのだろうか。
もう日も暮れて、探すのも難しくなった。
今日は諦めて、明日探そう。
それでダメならやっぱりもうやめよう、銀時のことなんて忘れて、いつもの自分に戻ったっていいじゃないか。

「そうしよう……」

結局、銀時たちと会う前の自分が自分だったのだ。




    *




一人たたずんでいるその姿には見覚えがあった。
記憶はないけれど、この言い知れない気持ちは、記憶があった頃の自分のものなのだろうか。
銀時は一つ息を吐き出して彼女の方へ歩いて行った。

「どうしたんですか?こんなところで」
「、……ああ」

どうも、と他人行儀に言ってくる刹希。
一瞬目を丸くしたけれど、すぐに笑みを浮かべる女。
それもそうだ、これだけ捜しても見つからなかった男がすんなりと自分から姿を見せるのだから。

「もういいや」

そう独り言ちる刹希に銀時は首を傾げた。
何かあったのだろうかと、彼女を上から下へとみると、足下には大きな荷物があった。
どこかへ行ってしまえるほどの荷物だ。

「何処かへ行くんですか?」
「……まあね」

刹希は笑顔を引っ込めて顔を俯けた。
きょとんと、何も分かっていなさそうな銀時を見ると、なぜか心がちくりと痛むような気がするのだ。
この感情を言葉にするのも形にするのも億劫ではならない。見たくない。

「銀時は?何してるの?」
「僕は工場で働いていまして。そこの工場長に拾ってもらったんです」

とても優しい方ですよという銀時に、また昔を思い出してしまう。
きっと、自分がこの街を出ると言えば、銀時は子供のように言い訳をしながら引き留めてくるに違いない。
今は誰も引き止めない、絶好の機会なのに。

「どこか、遠くへ行こうと思ってた」
「え?」

小さく呟いた言葉に、銀時は振り返った。
言葉は自然と口をついてきて、止まることはなかった。

「行こうと思ったけど、出来なかった」
「……それは、どうしてですか?」
「……どーしてかな」

刹希は足元の石を蹴って、一つため息を零した。
どうして?
どうしてだろう。少し考えるけれど、頭が考えることを拒絶していた。

「刹希さんはこの街のことが、好きなんですね」
「え?」
「思い出のある街だから、人がいっぱいいるからこそ、ここに居たいんじゃないですか?」
「……そうかもしれない」

そうじゃないかもしれない。
ハッキリとは分からなかった。
でも、確かに、刹希の中にはここから去りたい気持ちがあったのだ。
誰もいない場所に行きたいといつだって思いながらも、ずるずるとここにいる。

「私、銀時に言いたいことがあったの」
「……」
「ずっと……」

銀時は刹希の肩に手を添えると、彼女の名前を呼んだ。

「大切なことは、僕じゃない、あなたの知っている坂田銀時に伝えるべきです。僕は、その、あなたの気持ちには答えられません」
「…………ちっ、違う!!そいういうのじゃないから!!」

銀時の勘違いに気が付いて、刹希は自分が熱くなるのを感じた。
一体記憶のない彼に何を言おうとしているのだろうかと、恥ずかしくてたまらない。

「別に、こ、告白とかそういうのじゃないから!そんな浮ついた話じゃなくて、もっと真面目な話なんだから!」
「結婚、とか?」
「なんでそっち!?告白から発展しただけじゃん!!あんたのそういうところ、記憶なくなっても変わらないんだから!!」

息を荒くする刹希を見て、銀時は小さく笑った。
今までこんな風に彼女が声を荒らげて自分と向き合ってくれなかった分、なんだか嬉しかった。
だが、刹希としてはなぜ笑われたのか分からず、少し眉を潜めた。
どうしてそんな風に笑うのだろうか。
言いたいことがあったのに、連れて帰ろうと思ったのに、喉の奥につっかえて声にもならない。
もどかしくて、もどかしくて、気分が悪くなる。

「刹希さん?」

やっぱり戻ってくるんじゃなかった。
やっぱりこんな奴に言うことなんて何もなかったのだ。

「今の銀時がそれでいいなら、もういいけど」

ここまで帰ってくるのにもお金がかかったし、結果がこれじゃどうしようもない。
呆れて目の前の男に一言いうのも疲れた。

「おーい、坂田さーん!おやっさん達次の店行くって言ってますよ〜!」
「すまないゴリさん!すぐ行くから!」
「……疲れてるんだなぁやっぱり……誰あれ」

聞き覚えのある声とはっきりとは見えないがこちらに近づいてくる背格好に、刹希は眉間を押えてため息を吐き出した。
その人物が銀時の隣まで来て、はっきりと近藤勲だと認識した。

「僕と同じ工場で昨日から働いてるゴリさんですよ。今日は僕とゴリさんの歓迎会で皆と飲んでまして」
「ゴリさんっていうか、ゴリラ……じゃなくて近藤さんでしょう」
「いいえ、俺はゴリさんです、綺麗なお嬢さん、以後お見知りおきを!!」

勢いよく握手を求めてくる近藤に刹希は愛想笑いを浮かべて受け流した。
若干悲しそうにする近藤だったが、気を取り直したように銀時に話しかける。

「坂田さんのお知合いですか?」
「うん、僕は覚えてないんだけどね、記憶があるときの……」

そういえば近藤はお妙の卵焼きを食べて卒倒していたのを思い出す。
あの時銀時と同じようにバカになっていたっけ。
工場で働いているということは真選組の屯所にも帰っていないのだろう。彼らも不憫である。
まあ、そんなこと刹希にはどうでもいい事なのだけれど。

「もう疲れた。帰ろう」

でも、どこへ帰ればいいというのだろうか。
どこへ行けば、いいのだろう。


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