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万事屋が半壊して、銀時が万事屋を解散するといった日から二日が経った。
突っ込んだ宇宙船は撤去され、家の中には冬の寒々しい風が吹き抜けていた。
とりあえずの応急措置として、神楽たち新八の家に泊まらせてもらうことになった。

「店長、急で申し訳ないんですが私、店を辞めたいんです」

一日中考え込んで、刹希はその言葉を口にした。
もちろん、いきなりのことで店長は驚き、フライパンを操る手を止めてしまう。

「店長、焦げます」
「あっ、ああ、そうだね」

慌ててコンロの火を止めた店長は、再度刹希を見遣る。

「えっと、それ本当に言ってる?」
「一応、本気です」

もう、この町にいる必要はないのだ、バイトを辞めないと始まらない。
もう決めたのだからと、刹希は自分の決断が間違いだと思わないように、何度もこれでいいのだと自分に言い聞かせた。

「……何か、銀さんとあったのかい?」
「…………」

いつもなら愚痴交じりに話をするのだが、今はそんな気分に離れなかった。
気分という言葉よりも、もう、そういった話をする必要性を感じないからというのが正しいか。
もう会う必要もない人間に何かを残す必要性はあるのだろうかと。

「今までここにいたほうが珍しかったんです。本当に、すみません」

店長は悲しそうな顔をしていた。
そういえば、彼女を雇うときにそんな様なことを言っていたのを思い出す。
自分はここに長居するつもりがないのだと、お金がたまれば出ていくからと言っていた。
それが、いつの間にか何年も経っていて、けれど店長は刹希がいるこの生活も楽しくていつまでいるのかという言及はしなかったのだ。

「お世話になりました」

来るべくしてきたのだろう。
彼女が決めたならそれも仕方ない。
頭を下げて詫びを入れる彼女に、店長は目じりを下げて承知した。

「でも、何かあったらいつでも戻ってきていいからね」
「…………はい」

この人は何でこんなにやさしいのだろう。
自分を拾ってくれた時からその優しさは知っている。
だからこそ、そこに甘えていたのかもしれない。

日も頂点から西へと傾き始めたころ、バイトを早く上がった刹希は半壊した万事屋へと向かう。
見通しの良くなった玄関から室内へと続く廊下だったところを進み居間へと向かうと、神楽が銀時の特等席でもあった椅子に座っていた。

「風邪ひくわよ、神楽」
「……なんで刹希は銀ちゃんを引き留めてくれなかったアルか」

憎たらしそうな声に、刹希はため息をこぼした。
なんだかんだ、神楽は銀時に懐いていたんだなぁと、一昨日のことで実感した。
まだ年端もいかない少女だからこそ、緩い銀時との生活は居心地がよかったのだろうか。

「真面目なあいつが解散なんて言うんだから、どうしようもないでしょう?」

そう言い残して、刹希は自分の部屋だった場所に向かう。
神楽の恨みがましい声なんて、聴いていられない。

「うわ……どうすんのこれ」

瓦礫にまみれた室内を見回して再度ため息がこぼれる。
とりあえず、必要最低限のものを昔買っておいた旅行鞄に詰め込む。
押し入れの中には家から出てきた際に持ってきた刀が入っていて、それを服が汚れる中探し出した。
こんなもの、置いていけばいいのに、結局自分は未練がましいのだ。
それとも、被害者面したいだけのために持っているのだろうか、刹希は刀を見つめながら考える。
刀と自分の手から腕から、全身を縛り付けて話してくれないような感覚が、いつだってこの刀を握ると思い起こされる。

「刹希さん?なにして……」
「神楽ならあっち」

居間に視線を向けた彼女に、新八は一瞬躊躇したが、素直に居間に向かった。
大体も物を鞄に詰めた刹希は、新八の後を追い、居間を覗く。

「神楽ちゃん、またここ来てたの?この家いつ崩れるかわからないから危ないって言ったろ。さっ、ウチに戻ろう。姉上も定春も待ってるよ」

新八はそう促すが、神楽は酢昆布をかじり続けて返事を全くする気がなさそうだった。

「いい加減にしろォォ!!ポリポリポリポリポリポリぃぃぃ!!婆さんかお前はァ!!こんなに酢昆布買いこんで何するつもりだ!!」

それでも神楽は反応しない。
そんな少女に、新八も思うところがあったらしい。

「…………ひょっとして神楽ちゃん、銀さんが帰ってくるまでここで待ってるつもりなの?」

帰ってくる可能性なんてないかもしれないのに、それでも神楽は待つ気でいるのだ。
なんて一途で、素直なんだろう。
なんて自分は冷めた人間なんだろう。

「……お医者さんが言ってたよね。人の記憶は木の枝のように複雑に入り組んでるって、だから木の枝一本でもざわめかせれば他の枝も動き始めるかもしれないって……でも……もし木そのものが枯れてしまっていたら、もう、枝なんて落ちてなくなってしまっているかもしれない」

僕らみたいな小枝なんて、銀さんはもう……。
そう諦めるような声音で新八は刹希は振り返った。
なぜ、そんな目で見てくるのだろう。
そんな目で見ないでほしい、私に期待なんかしないでほしい。
私は、銀時に救ってもらえても、銀時のことは救えないんだと、心の底がつぶれてしまいそうになった。

「……枯れてないヨ」

神楽の言葉に、新八も刹希も、視線を神楽に向けていた。
もしかしたら、一番前向きなのは目の前の一番幼い彼女ではないだろうか。

「枯れさせないヨ。私達、小枝かもしれない……でも、枝が枯れてしまったらホントに木も枯れちゃうヨ。だから私折れないネ、冬が来て、葉が落ちても、風が吹いて枝がみんな落ちても……私は最後の一本になっても、折れないネ。最後まで木と一緒にいるネ」

まぶしい。
まぶしすぎて、気分が悪くなる。
その真っすぐな眼差しが、本当は苦手なのだ。

「刹希さん」

新八がこちらを見てくるけれど、その眼をまともに見られない。
もう、私は子供じゃない。
素直に待つなんてできっこないし、繋ぎとめるなんてこと、出来ないのだ。

「勝手にしたらいい。私は、ここにいたいわけじゃない」

それは子供たちにしてみれば悲しすぎる一言だった。
引き留める声も眼差しも窮屈で、刹希は耳を塞ぐように万事屋から出ていった。

だって、どうしたらいいんだ。
なんで自分がずっとここにいるのかさえよくわからないのに。
どう動けばいいのか、全然わからないのだ。


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