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日も暮れ始めた時刻になり、バイトが終わった刹希は帰路を行く。

――お前、なんであの野郎と一緒にいるんだ。

刹希の頭には、日中土方に言われた台詞がついて離れなかった。
なぜと言われても、そんなもの理由なんてなかった。
ただ、その時の流れと、あの男が提案してきたからにすぎない。
しかし、いつだってこの町を離れることはできた。
しなかったのは自分であり、何度も考えては結局留まり続けた。
理由なんて、そんなもの……。

「あ、刹希さーん!!」

自分の名前を呼ぶ声に刹希は足を止めた。
振り返ると新八たちが手を振ってこちらにやってきた。
それまで悶々と考えていたそれを中断して、意識はすでに銀時に向かっていた。

「いま帰り?」
「はい。刹希さんもバイト終わったんですね」
「今日の夕飯は何アルか?」
「あー、焼き魚かな」

冷凍庫に入っている魚の切り身を思い浮かべながら刹希は言う。
とりあえずおとなしい銀時を見れば、今日も成果は見られなかったのは分かった。
進展のないものを聞くもの無駄な気がして、刹希はそのまま歩き出した。
その後ろから三人も続いてくる。

「鰤だから煮つけにしても美味しいかな」
「私焼きのほうが好きネ」
「じゃあ焼きね」

前を歩く刹希と神楽を後ろから新八と銀時がついてくる。
なんだか、あまりない並びだと新八は思う。
自分も銀時と何か話すべきかと思案していると、彼が小さな声で話しかけてきた。

「ずっと気になっていたんですが、僕と刹希さんは、その……恋人、なんですか?」

至極真面目な顔で言ってくるものだから、新八は一瞬フリーズしていたがすぐに顔をしかめた。
これはどういうべきか。
いやいや、普通に違いますと言えばいいではないか。
でも、やはり、記憶のない人間だとしてもだ、二人の生活スタイルや関係性はそう見えてしかるべきなのだと思いなおす。
最近、二人の関係性に麻痺していた新八は、やはり可笑しいんだなと改めて認識した。

「いえ、違いますよ。それ、刹希さんの前では言わないほうがいいですよ」

きっと激怒するか呆れかえるかするはずだ。

「でも、いい年した男女が同じ屋根の下で生活するものなんですか?」
「そんなの知りませんよ。むしろ僕が聞きたいくらいですよ、あんた等の関係を」

銀時は見るからに刹希に好意を持っているため分かりやすいものだが。
そう、わからないのはやはり刹希だ。
彼女がなぜ銀時の家に居候しているのか、はっきり言って全くわからない。
だが、本人に聞く勇気もない。

「刹希さんともっと話せれば、何か思い出せるかもしれない」

新八もそうあってほしいと思った。
早く銀時の記憶が戻って、全て元に戻ってほしいと思った。
このまま銀時の記憶が戻らなければ、何かが、壊れてしまうんじゃないかという漠然とした不安があったからだ。

「今日は外食かもね……」

ふと、前方から聞こえた声に、一体どうしたのだろうと首を傾げた。
立ち止まる刹希と神楽が見上げる先を、新八たちも見ると、自分たちの家が見るも無残に破壊されていた。
硝煙が立ち込め、万事屋の屋根には宇宙船らしきものが突っ込んでいた。
パッと見、リビングは分からないが、玄関口周辺は家の体を成していないだろう。

「飲酒運転だとよ」
「ありゃもう建て直さないとダメじゃないの?気の毒にね〜」

と、近隣住民が野次馬をしている中で、宇宙船の運転手らしき人物が警察に事情聴取を受けているではないか。

「アッハッハッハッハッすみまっせ〜ん。友達の家ば行こーとしちょったら手元狂ってしもーたきにアッハッハッハッー!このへんに万事屋金ちゃんって店はありませんかの〜」
「万事屋銀ちゃんならアンタの突っこんだ家ですけどね」
「違う違う!金ちゃんじゃ。おまえ何をきいとるんじゃ、そそっかしい奴じゃの〜アッハッハッハッハッ!!」
「ハイハイ分かった。じゃとりあえず署まで来てもらうから」
「おっ、金時の家まで案内してくれるがか!江戸っ子は親切じゃのう、すまんの〜アッハッハッ〜」
「おめーうっせーから!少し黙ってろよ!!」

こうして宇宙船の運転手、坂本辰馬は警察に任意同行されてしまったのだった。
呆れて家を壊したことを怒りに行く気にもなれなかった。
なんでこうも面倒ごとが続くんだろうか。
とりあえず、辰馬には後で家の修理費を徴収しに行かなければ。

「……どうしましょ」
「家までなくなっちゃったアル」
「……もういいですよ。僕のことはほっておいて」

とりあえず、夕飯でも食べてから考えればいいと思っていた刹希は、銀時の言葉に動きが止まってしまった。

「みんな帰る所があるんでしょう?僕のことは気にせずにどうぞ自由になってください」
「銀さん?」
「きけば君達は給料もロクにもらわずに働かされていたんでしょう。こんなことになった今、ここに残る理由もないでしょうに」

なぜだろう。
銀時の言葉を聞いていると頭が痛くなってくる。
あのちゃらんぽらんがもっとも過ぎることを言っているからだろうか。

「記憶も住まいも失って、僕がこの世に生きてきた証はなくなってしまった」

生きた証がない。
生きた証がないなんて、この男ほどこの町に証を散りばめた奴はいないだろう。

「でも、これもいい機会かもしれない。みんなの話じゃ僕もムチャクチャな男だったらしいし、生まれ変わったつもりで生き直してみようかなって」

銀時の言葉を聞いていると痛い頭が、苛立ちを覚えてる。
騒がしい周囲、万事屋から上がる煙で、目が染みる。

「……だから、万事屋はここで解散しましょう」

いうと思った。
むしろ、いつまで言わないでいられるかと、思ったぐらいだ。
新八と神楽は銀時の言葉に動揺し、背中を向ける彼に声を荒げた。

「ウ……ウソでしょ、銀さん」
「やーヨ!私給料なんていらない、酢昆布で我慢するから!ねェ、銀ちゃん!」
「すまない、君達の知っている銀さんは、もう僕の中にはいないよ」

その言葉に、刹希は目を見張った。
ああ、そうか、もう自分の知ってる銀時はいないのだ。
そう思うと、急速に昔のことが思い出された。
差し伸べてくれた手、ぶっきら棒な言葉、バカみたいなことばかりして、危ないことばかりした彼。
もう、そんな銀時はいない。

「銀さん、ちょっと待って!」
「無理ヨ!オメー社会適応力ゼロだから!バカだから!」

帰る家もない、行く当てもない、なんて自分とそっくりなんだろう。
もうここにとどまる必要はない。
危険を冒してまでここに留まらずに、遠い地へ行き、逃げ続ければいいのだ。
彼のいない町にいたって、何も利益なんてないのだから。

「銀ちゃん!」
「銀さァァァん!」

去っていく銀時を、子供たちは最後まで引き留めようとした。
自分も、走ってその腕を掴めばいいのに、それさえできない。
自分の意志の弱さを自覚しつつも、それを悪いこととは思えなかった。





2018.2.8


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