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「近藤さんがいなくなった?」

翌日、記憶喪失の銀時を新八と神楽に任せて、刹希はバイトをしていた。
今日もかぶき町を巡って、銀時の記憶を取り戻そうとして新八たちは頑張っているのだろう。
そんな彼らをよそに、刹希はあじさいで土方の話を聞いていた。

「居なくなったってわけじゃねぇんだがな。あの人が一晩帰ってこないことなんて最近じゃままある」
「はぁ、それじゃあ心配する必要ないんじゃないですか?」

土方もどうせ、近藤がお妙の家に潜伏していると思っているに違いない。
刹希でさえ、そんなことを一瞬考える。
けれどそこで思考が停止した。
そういえば、近藤は昨日お妙のダークマターを食べて記憶喪失になっていたっけ。

「……そうえいば、昨日お妙の家で近藤さん見ましたよ」
「やっぱりか……」

土方は疲れた様子で言葉を吐き出した。

「何かあったんですか?大の大人が一晩帰らなかったくらいで大げさすぎますよ」
「まあな。……今はバタバタしてるんだよ」

それくらいしか言えないのだろう。
刹希もそれを承知しているから、それ以上は聞かなかった。

「いろいろあって、近藤さん、記憶喪失になってましたよ」
「なんでそんなことになってんだ?」

ていうか、本当かそれ。
と、土方は疑うように見てくる。
誰が嘘をつくもんですかと、刹希は呆れながら言い返した。

「きっと記憶なくしてどこかさまよってるんですよ」

近藤の行方を知る由もない刹希は適当にそんなことをいう。
記憶喪失だろうと、さすがのお妙も近藤を家に置いておくとは思えなかった。

「刹希ちゃ〜ん、注文良い〜?」
「あ、はーい」

営業スマイルで刹希はさっさと土方のもとを離れた。
近藤についてまだまだ聞きたいことがあったのだが、まあ後でいいか。
土方はぼんやりと刹希のことを見ながら時間をつぶした。




     *




「なんかあったのか?」

そう言ってきた土方に、刹希は目を見開いた。
なんで、何も言っていないのに、わかるの。

「え、いきなり、なんですか?」
「いや、なんだ……いつもより暗いと思っただけだ」

勘違いならいいんだと、男は言う。
なぜか、とても心の奥がギュッとなるのを感じて、刹希は唇をかみしめた。
ああ、銀時もこれくらいわかってくれたら……。

「……今、銀時が記憶喪失なんですよ」
「は?万事屋の野郎がか?」
「ええ。事故にあって。打ち所が悪かったんですって」

なるほどそういうことか。彼女が暗いように見えた理由が分かった。
そして、意外とこの女にも誰かが大事に遭い、心を痛める人間だったのかと思い知る。
しかも、それがあの坂田銀時相手だということが、意外だ。

「……私、いつもと違いました?」

髪を耳にかけなおしながら、心地悪そうに刹希は訊ねてくる。
いつも気丈に振舞う刹希を見ている分、彼女の言った通り違っていた。
今の仕草だって、何か嘘をついているようなバツが悪そうなもので。
こっちが彼女の痛い部分をついても、いつもであれば笑顔で言い返してくるか、ひきつった笑みを浮かべてうまく流すのだが。

「なんとなくそう思っただけだ。気にすんな」

プライドの高そうな彼女のことだ、あまり触れないほうが吉だろう。
刹希は重たく小さなため息をついていて、盗み見れば、心底疲れた顔をしていた。
まあ、あの能天気な男が記憶喪失にでもなれば気苦労も絶えないだろう。
別に特別な仲でもないのに、奴の面倒を見て、普段からストレスをためていると愚痴をこぼすくらいなのだから、同情してしまう。

「前から思ってたんだが……お前、なんであの野郎と一緒にいるんだ」
「……」

思いを寄せ合っているわけでも、未来を誓い合ったわけでもないのに、坂田銀時と刹希が一緒にいることが不思議だった。
土方はとんと、刹希の考えていることを察することはできなかったし、元より彼女のことを深くは知らない。
ただ実家を出ていて、この小料理屋でバイトをしていて、なぜか万事屋と行動を共にしている、変な女。

「……それもそうですね」

確かにそうですねと、刹希は急に笑顔になっていった。
それが異様に気味が悪くて、戸惑った。何か言うべきだと思いつつも、何も言えないまま、土方は逃げるように勘定を支払い店を出てしまった。
一体あの笑顔は何だというのだろう。


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