B
夕刻、近藤のことはさておいて、万事屋一行は我が家に帰ることにした。
もうこれ以上リセットを繰り返したくもない。
今日のところは記憶を取り戻す作業は終わりにして、家で一休みしようということになった。

「ついでに夕食買いに行こうか。お腹すいたでしょ?みんな」
「そうですね」
「私すき焼きがいいアル!」
「そんな高いのムリだから」

銀時にかごを持たせて、刹希と新八が食材を選ぶ。その周りで神楽があれが欲しいこれが欲しいとせがんでいる。
こんな光景はいつものことだ。
いつもといっても、普段は新八と銀時の位置が逆なのだが。

「もうめっきり寒くなりましたからね、やっぱり冬はお鍋ですよね」
「今日の夕飯は馬鹿が一人減ってるから平和なもんだね」
「バカってもしかして僕のことですか?」
「神楽と張り合って食材争奪戦してるのは銀時ぐらいよ」

子供みたいにと、嫌みのように言う刹希に銀時は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
やはり素直に真に迫った謝罪をされるのは慣れないなと思う刹希。
でも、なぜだか意地悪をしたくなるのはどうしてなのだろうか。

「ヤホーー!踊る世間は鬼ばかりの再放送見るアル!!」

帰って来て早々に神楽はテレビに直行だ。
新八と刹希が台所で夕食の支度にとりかかる横で、銀時はそわそわと身よりなく歩き回って、様子をうかがっていた。

「あ、あの、僕にお手伝いできることありますか?」
「えっ!?あ、そ、そうですね、じゃあ鍋の火加減を見てもらいますか?」

ね、と刹希にお伺いを立てる新八に、材料を取り出していた刹希はちらりと二人を見て笑顔になった。

「あぁ、気持ちはありがたいけど台所に大の大人が三人もいると大変だし、銀時は神楽の面倒を見ててくれる?」
「あ……はい。わかりました」

確かにそうですよねと言った雰囲気でうなずいた銀時は居間に行ってしまった。
そんな銀時を心配そうに見ながら、新八は野菜を切り始める刹希に声をかける決意をした。
ここなら二人、周囲を気にする必要もない。

「ま、まさか銀さんが記憶喪失になるなんて、本当にあのチャランポランにも困ったもんですよね」
「ん。まあね」
「今の銀さんはまじめで確かに良いですけど、やっぱりいつも通りの銀さんに戻ってほしいですよね」
「……そうだね」

それでも彼女は支度の手を止めない。
ただ、その眼は寂しそうで、今リビングで楽しそうにテレビを見る神楽よりも、銀時の記憶を取り戻そうと気持ちを切り替える新八よりも彼女は悲しそうだった。
言葉には出さないけれど、やはり記憶喪失は堪えるのだろう。

「……刹希さんは、今の銀さんは嫌いですか?」
「なんで?」
「いえ、その……銀さんに対して冷たいなと思って」

こんなことを言ったら彼女は怒るかもしれない。
それでも、聞いてみたかった。この状況で、刹希が何を考えて何を思っているのか、知りたかった。

「別に冷たくしてる気はないんだけどね」

刹希は一通り野菜を切り終わったようで、鍋にそれらを敷き詰め始めた。
怒るかと思えば、彼女は存外いつも通りの表情と声音だった。
それに安心するような、けれどやはり、どこか安心できない。

「でも、確かに……冷たくしてるのかもね。お妙じゃないけどあのバカ、私があれだけ面倒見てあげたっていうのに、記憶なくすんだもの」

そりゃ腹立つでしょと、刹希は笑っていう。

「僕、刹希さんに会えば、銀さんの記憶なんてすぐ戻ると思ったんです」

二人の過去は深くは知らないけれど、それでも新八達には安易に踏み込めない何かがあるのだろうと思った。
それはとても言葉には言い表せないもので、触ることも憚られるような。

「期待しすぎでしょ。簡単に戻るならこんなに疲れないよ」

さ、鍋居間に移すよ。
ミトンを手にはめて、刹希は鍋を持ち居間に向かう。
新八も野菜や肉が盛られた皿をお盆に乗せて後に続いた。

結局、彼女は銀時の記憶がなくなって悲しいのだろうか。
そんな言葉は一言も口にしないが、新八の頭ではそれくらいしか考えられない。
やはり銀時の記憶喪失で日常が歪んでいくような錯覚に陥る。
一体、万事屋はどうなってしまうのだろう。
新八は言い知れない不安を抱えた。


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