刹希の様子がいつもより可笑しい。
と、新八は思っていた。
いや、可笑しいというよりも思っていた反応と違っていたことで違和感を感じていたのだ。
「記憶喪失?事故ったと思えば記憶喪失!?どうして次から次へと面倒事を持ってくるのよ!事故も静かに出来ないの?」
違いはあろうが大体こんな反応をするのではないかと、新八は考えていた。
彼女のバイト先まで行く道中、若干の憂鬱さを持っていたし、彼女が怒らないようにする為の説明を散々考えていたのだ。
それが、現実は素っ気ないもので。
「ふーん……記憶喪失ね」
少し冷めた表情で銀時を見ながら言う刹希に新八は結構驚いていた。
仕舞には謝る銀時に「あ、うん」と表情を引きつらせているではないか。
この人もこういう反応をするんだなぁと、今更そんな発見をした新八。
もしかしたら、彼女も怒るよりも記憶喪失という状況に付いていけないのかもしれない。
付き合いも長いようだし、ショックだったのかもしれない。
「ちょっと新八、ぼーっとしてないでこのアホの今後について考えてよ」
「あっ、はい。すみません」
きつめの語調に意識を浮上させ、新八は左隣にいる刹希を見遣った。
ここから近いのは結構前に依頼を請け負ったあそこだからと、独り言のように喋る刹希。
新八の右隣には記憶喪失中の銀時だ。
彼は今までにありえないぐらい、真面目そうに刹希の独り言に相槌を打っていて、たまにやっぱり思い出せないとか、すみませんとか言っている。
「あの……僕を挟んで話すのやめてもらえません?」
「え?」
「はぁ?」
あ、これは言ってはいけないやつだったか。
新八は言ってから後悔する。
いやでも、ここは普通ツッコむところだ。
「私は新八に話してるんだけど」
「……そうだったんですね!いや〜勘違いしてました!」
「なら良し」
刹希はそういうとまた昔の依頼について話し始めた。
そんな大切そうなのか無駄なのかわからない話でさえ、新八の耳にはあまり入らない。
だって普段から万事屋で歩く際は刹希と銀時が並んで歩いているのが通常だった。
新八と神楽は二人で前か後ろを歩いているし、はたまた二人の挟んで歩いているか。
刹希は銀時にいつでも怒っているが、なんだかんだと並んで歩くし、子供である神楽たちが加わってもそのままなのだ。
癖になっているんだろうなぁと思ってはいたが、今の状況で隣に並ばない辺りもしかしてこの人意識して並んでいるのでは?
なんて、笑っちゃうようなことを考えてしまう。
きっとないし、言ったらクナイか鉄拳が飛んでくる。
「げ、ヅラ」
普段は小太郎と呼ぶ彼女が珍しくあだ名を口走る。
目の前を見ると、ある店の前でのぼりを持った桂小太郎がいた。
「あ、桂さんに会えば、刹希さんもいますし銀さんも何か思い出すかも!」
「え〜、別に小太郎はいいでしょ。なんかこじれそうだし」
あからさまに気だるそうだが、銀時が「いえ、お願いします。紹介してください」という言葉で刹希は渋々承諾した。
まあ、彼女の考えていることもわかるが、ここは銀時の記憶を取り戻す方が最優先だ。
「なに?記憶喪失?」
とりあえず簡単な経緯を説明すると、小太郎は刹希と同じ反応を見せた。
「それは本当か?何があったか詳しく教えろ銀時」
「だから記憶がないって言ってるでしょーが」
「小太郎って本当に天然なところあるよね……」
だから話がこじれるんだと、刹希はため息をこぼしたくなる。
「てか桂さん何やってるんですか」
新八は桂の営業スタイルが気になったらしい。
まあ刹希も少しばかりは気になっていたけれど、そこに踏み込むと面倒くさそうで触れなかったのだ。
「国を救うにも何をするにもまずは金が必要ということさ」
「金がないと始まらないもんねェ」
「そうだ。ちょっとそこのお兄さーん、ちょっとよってって、カワイイ娘いっぱいいるよー。そうだ銀時、お前もよっていけ。キレイなネーちゃん一杯だぞ。嫌なことなんか忘れられるぞ」
「これ以上何を忘れさせるつもりですかァ!!アンタらホント友達!?」
「友達って言うか悪友?」
「刹希さんも冷静に分析しないでください!!」
あーもーこの人達は、と怒る新八を見ているとなんだか刹希も笑みがこぼれてしまう。
ああなんだか銀時が可笑しくなっても周りは変わらないんだという事を忘れていた。
「何か思い出せそうな気がする……行ってみよう」
「ウソつけェェ!!」
見事に新八の跳び蹴りを食らう銀時。
うん、やっぱり変わらないようだ。頭が痛い。
「あっ、今ので何かきそう!何かここまできてる!」
「本当か!思い出せ銀時!お前は俺の舎弟として日々こきつかわれていたんだ!」
「いや、小太郎のじゃなくて私の舎弟だったじゃない」
「オイぃぃぃ!記憶を勝手に改竄するなァ!!」
「いやいや、実際似たようなものでしょ」
よく思い出してよ日頃のやりとりを、と彼女に言われると、まあ確かに似たようなものだった。
思わずそうですね、と言ってしまいたくなるほど銀時が言いなりだった。
「どの辺アルか、どのへん叩かれたら記憶が刺激された?ここアルか?ここか?」
「いやこのへんだろアレ?このへんか?」
味をしめたバカ二人が銀時を叩き始めた。
刺激を与えるのは記憶を戻すのにいいかもしれないが、これは逆効果なのでは。
止めるべきかさせたままにすべきか、なんて考えながら状況を見守っていたそのとき。
「か〜〜つらァァァァ!!」
車のエンジン音と聞き覚えのある声に振り返ると、パトカーが刹希たちに突っ込んでこようとしていた。
刹希、新八、神楽はなんとか車体を避けて難を逃れることができた。
「な、なななな何ィィィ!?」
車内を窺い見れば土方と総悟が。
すぐさま周囲を確認すれば元いた場所に小太郎はいない。これはやばいと直感する。
「ここ離れるよ」
刹希はそう言うと新八と神楽の背中を押してパトカーから倒れ込むように離れた。
瞬間、背後ではパトカーが爆発した。
周囲には爆発によって硝子やら車体の部品が飛び散っている。
こんな町中で爆弾なんか使うんじゃないと、小太郎の頭に一発入れてやりたいところだ。
「今日はつきあってもらうぜェ桂ァァ!!」
「フン、やるな。逃げるぞエリザベス!!」
「待ちやがれェェェ!!」
爆発したパトカーを放置して、土方達は逃げた小太郎を追って行ってしまった。
残された刹希たちは大破したパトカーのそばでひっくり返っていた銀時に駆け寄った。
「銀ちゃん!」
「しっかりしてよ銀さん!」
「君達は……誰だ?」
「あ〜……こういう展開かァ……」
ほら言った。小太郎と関わるとろくな事がない。
衝撃を与えて記憶が戻るかと思えば、リセットされてしまったらしい。
先ほどまでキリリとしていた眼がなんだか宇宙人のような間の抜けた感じになっている。
小太郎はいなくなってしまったし、次の知り合いに会いに行くしかないだろう。
とりあえず、刹希たちは再び自己紹介をして次に向かう事にした。
「まァそォ、それは大変だったわね」
昔の依頼で知り合ったかぶき町の住人達を巡りながら、一行は新八の家に来た。
家にいたお妙に慣れたように銀時の状態を説明したところだった。
彼女は心配そうな表情で銀時を見遣った。
「じゃあ私のことも忘れてしまったのかしら?」
「スミマセン」
「……私のことは覚えてるわよね?」
「いや、スミマセンって言ったじゃないですか」
「いや覚えてるわよ。ふざけんじゃないわよ」
私のことも覚えていないのにお妙のことを覚えているわけないだろうと、刹希は思うのだが、彼女にこの手の常識は通用しないだろう。
桂から始まり、ここに来るまでもなかなか気が滅入ることが多かった。
話に加わるよりも静かに成り行きを見守っておくことにした。
「私は覚えているのに一方的に忘れられるなんて胸クソが悪いわ、何様?新ちゃん、これで私を殴って銀サンの記憶だけとり除いてちょうだい」
「姉上、僕エスパー?」
「じゃあ仕方ないわ。是が非でも思い出してもらうわよ。同じショックを与えればきっとよみがえるわ」
「姉御勘弁してくだせェ!またフリダシに戻っちゃうヨ!」
どこに置いてあったのか工具用の金槌を持ったお妙が銀時を殴ろうと迫る。
それを神楽と新八が止めにかかるが、意外にも銀時がお妙の手を掴んで止めたのだ。
あ、なんか意外だなぁと、刹希はこたつの上に置いてあったミカンを手にしながら考える。
「すみません。今はまだ思い出せませんが、必ずあなたのことも思い出しますのでそれまでしばしご辛抱を」
お妙はすぐに握られていた手を振り払うと元の場所に座りなおした。
ブシュ
思わず手に持っていたミカンを握りつぶしてしまった。
新八も思わず刹希の名前を呼んでしまったが、至って笑顔で「何か?」と返された。
笑顔が怖いが、刹希の声音はそれ以上言わせないものだった。
とりあえずミカンが無駄になってしまったし、気を落ち着かせようと、刹希は新しいミカンを手に取る。
「いやだわ。何銀サン如きでドキドキするなんて。あんなのタダ目と眉がちょっと近づいただけじゃないの、黒目がちょっとデカくなっただけじゃないの……もう過去のことはいいじゃない。後ろをふり返るより前を見て生きていきましょう」
「なにィィィ急に変わったよ!何があったんですか!?」
「昔の銀サンは永劫に封印してこれからはニュー銀サンとして生きていきなさい」
「姉上ェェ!それじゃ臭い物にフタの原理です!あっ臭い物って言っちゃった」
まあ新八の言いたいこともわかる。
確かに、この短い間記憶のない銀時と接していると、彼は本当に好青年といえる、今までとは段違いで素晴らしい性格の持ち主だ。
これからは周囲に迷惑をかけるこれまでの銀時よりも責任感ある今の銀時のほうがうまく回るだろう。そんなの誰が考えても当然だ。
「あんな目と眉の離れた男のどこがいいのよ。あんなチャランポランな銀サンより、今の銀サンの方が真面目そうだし……す……素敵じゃない」
お妙の発言に、手に持っていたミカンの一欠けらに思わず力が入る。
思いもよらない発言に、刹希は真顔でお妙を見ていた。
なんだかさっきからモヤモヤしていたが、イライラもしてきた。
状況はのめるがついていけない感じがあったのだ。
そんな刹希のことなど露知らず、新八が声を荒げている。
「何ほほ染めてんですかァ!!まさか惚れたんかァ!?認めん!俺は認めんぞ!!あんな男の義弟になるなんて俺は絶対イヤです!!」
「話を飛躍させるんじゃありません」
「そーですよ!今は目と眉が近づいてますが記憶が戻ればまた離れますよ!!また締まりのない顔になりますよ!!」
一瞬で場の空気が静まり返った。
いや、存在を考えなかったわけではないが、意外と登場しないものだから忘れていたのだ。
でもやっぱりいたんだと、刹希は少し冷静になる。
「何をしてんだてめーは……」
「いや、あったかそうだったんでつい寝ちゃって……」
お妙がこたつから出てきた近藤の顔面に乗る。
メキメキなんて音が聞こえる気もするがきっと幻聴だろう。
「あのコレ、お土産にハーゲンダッツ買ってきたんで、みんなで食べてください」
「溶けてドロドロじゃないスか!アンタ一体何時間こたつの中にいたの!?」
液体状のハーゲンダッツをお妙が受け取るはずもなく、なぜか銀時がそれを受け取っていた。
お妙に殺される前に素直に帰ればいいものを、近藤はやはりというべきか、こたつに腰を落ち着かせるのだ。
いやいや、近藤さんそこはおとなしく帰ってください、話がややこしくなりそうなので。
「よォ、久しぶりだな。しばらく会わんうちに随分イメージが変わったじゃないか」
記憶喪失中ですから、そりゃ普段と雰囲気が違うのは当然でしょう。
「記憶喪失を利用してイメチェンをはかりお妙さんを口説こうって魂胆か。だがそうはいかんぞ」
記憶喪失中の男に何言ってんだあんた。
「お前なんかより俺のほうが目と眉が近いもんねェェェブワハハハハ!!見てくださいお妙サン、コレ江戸中さがしてもこんな目と眉が近いやつはいないよ!!」
「ストーカーをするような人は目から毛が生えてても好きになれません」
「わかった!じゃあ、目より下に毛ェ生やすからどーですか!?」
「どーですかって化け物じゃないですか」
ああ、なんかすごいツッコみたいけど新八にツッコミは任せておけばいいし、こんな不毛な会話に混ざるのも億劫だ。
なんて、刹希は近藤らから銀時に視線を移した。
見た目は変わらないはずなのに、なんだか違和感がある。それにモヤモヤしてしまっているのだろう。大半はあの真面目な目のせいだとは思うが。
「こ……これは、なんだろう不思議だ……身体が勝手にひきよせられる」
「!!あっ!!甘い物!」
「そうネ!甘い物食べさせたら記憶が蘇るかもしれないヨ!」
まあそれも一つの手かもしれないと、刹希も考える。
ただ、これだけ知人と会ってきて思い出せないことを踏まえると、甘い物だけで思い出せるのだろうかと疑問もあるけれど。
「うらァァァァ食えコノヤロー!!」
「ぐぼェ」
「姉上ェェェ甘い物です!とにかく家中の甘い物をかき集めてきてください!!」
「え?何?」
「いいから甘い物!」
お妙は困惑しつつもとりあえず甘い物を探しに行った。
神楽が解けたアイスを無理やり食わせ、銀時に声をかけているが、どうだろうか。
「銀ちゃん!戻ってきてヨ、銀ちゃん!」
「う、う……ぼ……僕は……僕は……俺は」
「銀ちゃん!」
「銀さん!」
「ぎ」
こんなに記憶が戻ってくれるのがうれしいとは思わなかった。
一瞬聞こえたいつもの声音に、刹希でも身を乗り出していたのだが、刹那。
お妙が銀時の口に何かをねじ込む光景に頭の中が真っ白になった。
思わず浮いていた腰が戻り、すぐに頭が冷静な状態に戻ってしまった。
「……姉上、なんですか?それ」
勢いそのまま床に倒れた銀時はピクリとも動かない。
嫌な予感しかしないのだが。
「卵焼きよ。今日は甘めに作ってみたから」
「……」
「いや〜なかなか個性的な味ですな、この卵焼……ブっ」
つまみ食いをするゴリラストーカーは止める間もなくお妙の卵焼きを食ったらしく、秒もたたずに倒れた。
恐るべしダークマターである。
そしてどちらともなく目を覚ました二人は、声をそろえていった。
「君たちは……誰だ?」
フリダシである。
あらカワイイ、という問題ではないのだお妙、と刹希はさすがにお妙につかみかかりたい衝動にかられる。
かられるけれども一応耐えた。
記憶がない状態で、この先どうしていけばいいのか、真剣に考えなければいけないとなると、頭の痛い話である。