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黒塗りのいかにも高級そうな車に銀時、刹希、新八は乗らされた。

「入国管理局の長谷川泰三っていったら、天人の出入国の一切をとり締まってる幕府の重鎮スよ。そんなのが一体何の用でしょう」
「きっとろくでもないことだよ」
「何の用ですか、おじさん」

コソコソと耳打ちしてくる新八に、刹希は盛大にため息をついて窓の外を眺める。
金が入るなら仕方ないが、刹希はあまり幕府の関係者と関わり合いになりたくないのだ。
そんな彼女を知ってか知らずか、銀時はいつもの気だるい調子で長谷川に訊ねた。

「万事屋つったっけ?金さえ積めば何でもやってくれる奴がいるってきいてさ」
「もちろん、幕府の重鎮様がわざわざ私たちに仕事を頼みに来たんですから、それ相応……いえ、それ以上の金用意してくれないとこっちも納得いかないですから」

ここは譲れないとばかりに笑顔を作った刹希は、前の背もたれに乗り出して長谷川に詰め寄った。

「ちょ、刹希ちゃん?そういうことは銀さんにして」
「銀時はちょっと黙ってて」
「はい」

ブリザード並みの視線を浴びて小さくなる銀時。
この対応の差は一体なんなんだ、と今更ながらな事を考える。
こんなやり取りを見ているとこの二人、どっちが年上なのかわかりゃしない。

「もしそっちにとって世間的に知られたくないことなら、口止め料も必要だと思うんですよ。私だってバイトそっちのけでこっち優先したんですから」
「お嬢ちゃんもちゃっかりした性格してるねェ。もちろん、そちらさんが仕事をちゃんとこなしてさえくれればいくらでも出すさ」
「仕事だァ?てめーら、仕事なんてしてたのか」

黙ってろと言われたばかりの銀時だが、口は勝手に話に食い込んでいく。
それでも、刹希は怒ることなく前に乗り出していた体を自分の座っている背もたれに預けた。

「街見てみろ、天人どもが好き勝手やってるぜ」
「こりゃ手厳しいね。俺達もやれるとこはやってるんだがね。なんせ江戸がこれだけ進歩したのも奴らのおかげだから、おまけに地球をエラク気に入ってるようだし無下には扱えんだろう」

車の外にはたくさんの天人が街を行き来していた。
幼いころは見るとこも無かった異種族は、今では何食わぬ顔をして住み着いている。
無下にはできない?それは単に自身を正当化しているようにしか、刹希には思えなかった。
ただ、ここにいる人間は力が足りなかっただけ、どれだけ意気込んでいようと劣勢を盛り返すことができなかった。
それが全てではないのだろうかと。
弱くて何もできなかった自分を仕方ない事なのだと話をそらしているだけだ。
そう頭の中で思考している間に話は進んでいき、車は目的地に到着した。



  *



「余のペットがの〜、いなくなってしまったのじゃ。探し出して捕らえてくれんかのォ」

平安時代の人ですか?と思わせるような眉や口や目、何よりその額から飛び出している触覚らしきものが余計に気持ち悪さを増大させた。
そこにいたのは、バカ……ではなく、ハタ皇子。
三人は何も言わずに踵を返して、車がある方へ戻ろうとした。

「オイぃぃぃ!! ちょっと待てェェェ!!」

その三人を長谷川は引き留めるが、待てと言われて待つバカはいるまい。
刹希自身、遠くから見えたこの生物に今回の仕事が面倒事だとしか思えなかった。
テレビでも散々馬鹿にされているのだ、まともなわけがない。

「君ら万事屋だろ?何でもやる万事屋だろ?いや、わかるよ!わかるけどやって!頼むからやって!やってくれたら金すごい払うって!」
「うるせーな、グラサン叩き割るぞ、うすらハゲ」
「ああ、ハゲでいい!!ハゲでいいからやってくれ!!」
「こっちだって仕事選ぶ権利はあるんですよ。ちょっと今回は縁がなかったってことで」
「お見合いみたいなこと言うのやめて!!こっちは必死なんだよ!!」

銀時の肩を掴んで、コソコソ話を始める長谷川。
というか、さっきまでの威厳はどこへやら……本当に必死そうだなぁ、と思う刹希。

「ヤバいんだよ。あそこの国からは色々金とかも借りてるから幕府(ウチ)」
「しらねーよ、そっちの問題だろ。ペットくらいで滅ぶ国なら滅んだ方がいいわ」
「ペットくらいとはなんじゃ。ペスは余の家族も同然ぞ」
「だったらテメーで探してくださいバカ皇子」
「自分のペットは自分で面倒見てくださいバカ皇子」
「オイぃぃ!!バカだけど皇子だから!!皇子なの!!」
「アンタまる聞こえですよ」

フォローにすらなってないし、本人に隠しきれていない。
刹希が真面目にどう帰ろうか模索しようとした時だった。
ハタ皇子の後ろに何やら、ありえない生物が見えるような……。
自分の目がいたって正常ならば、見間違うはずがない。

「……ぎ、銀時」
「ん?なんだ、珍しく青い顔しちゃって」

そんな刹希も可愛いぞと言っているが、当の本人にはあまり耳に入ってきていない。
とりあえず、まっすぐハタ皇子の奥を指差した。

「あれ……なんだと思いますか」
「え?」

銀時につられて、長谷川と新八も指を差した方へ顔を向けた。
瞬間、ハタ皇子の奥にあったホテルがそいつによって、いとも簡単に潰れてしまった。

「おおー、ペスじゃ!!ペスが余の元に帰って来てくれたぞよ!!誰か捕まえてたもれ!!」
「ペスぅぅぅ!?ウソぉぉぉぉ!!」
「だから言ったじゃん!!だから言ったじゃん!!」

そこにいたのはまさに宇宙生物だった。
一見してタコのような……そうでないような……。
ただ、頭に浮かぶのは、これはペットと言っていいレベルじゃないだろ!ということだけだった。

「あっ!!テレビで暴れてた謎の生物ってコレ!?こんなんどーやって捕まえろってんスか!!っていうか、どーやって飼ってたわけ!?」
「ペスはの〜、秘境の星で発見した未確認生物でな。余になついてしまったゆえ船で牽引してつれ帰ったの――じゃふァ!!」

後ろから伸びてきたペスの足にハタ皇子は容赦なく吹っ飛んでいく。

「全然なついてないじゃないスか!!」

最もな事を新八はツッコむ。
その間にもペスは市街地の方に進んでいく。このままでは、また街を無茶苦茶にしかねない。
だが、ペスの進行方向に木刀を持った銀時が立ちふさがった。

「銀さん!!」
「新八、しょう油買ってこい。今日の晩ごはんはタコの刺身だ」
「私はタコ焼きの方が好きかな」
「んじゃ、晩ごはんはタコの刺身とタコ焼きだな――いただきまーす!!」

刹希も小刀を構えてペスに突っ走っていくが、すぐに足を止めて銀時に叫んだ。

「銀時!あぶな……」
「させるかァァ!!」

横から銀時に向かってスライディングをしてきた長谷川が、もろに銀時の足を取ってこけさせる。
声をかけるのが遅かったようだ。

「あちゃー……」
「いだだだだ!!何しやがんだ!!刹希、脳ミソ出てない?コレ」
「安心して、出てないから。むしろ出るもんないから」
「最後のそれいらない!!」

でも、見事に脳天から地面に突っこんで行く様はさすがに痛そうだった。

「手ェ出しちゃダメだ、無傷で捕まえろって皇子に言われてんだ!!」
「無傷?できるかァそんなん!!」
「それを何とかしてもらおうとアンタら呼んだの!!」
「無理無理!無理だって!!」

言い争いが進んでいくうちにペスはどんどん先を進んでいく。
刹希は苛立ち気味に銀時と長谷川の間に立った。

「何でも屋って言ってるけど、こっちだって出来ないこともあるんです。その辺勘違いされても困るんですよね、長谷川さん」

手に持っていた小刀を彼の喉元に突きつけて、ひそかに殺気を含んだその瞳が長谷川を見上げる。
今までとは違う彼女の纏う空気に、長谷川に緊張が走った。
だが、それも長くは続かない。

「うわァァァァ!!」
「!! 新八ィィ!!」

その場の空気を壊すように、新八の絶叫が聞こえてくる。
見上げれば、新八がペスの足に捕まってしまっている。
あぁ、これはヤバいな、と地味に焦る。
銀時が舌打ちをして新八の元に駆け付けようとするが、それを長谷川は制した。

「勝手なマネはするなって言ってるでしょ」
「てめェ」
「……」

ちらりと銀時は後ろを見れば、刹希の頭に銃口を突きつけている長谷川がいた。

「無傷で捕獲なんざ不可能なのは百も承知だよ。多少の犠牲が出なきゃバカ皇子はわかんないんだって」
「アレの処分許可得るためにウチの助手エサにするってか。どーやら幕府(てめーら)ホントに腐っちまってるみてーだな」
「というか幕府は元々腐ってるよ」
「腐ってよーが俺は俺のやり方で国を護らしてもらう。それが俺なりの武士道だ」
「ククそーかい。だがな、そいつを人質にするのは間違ってるぜ」

不敵な笑みをこぼす銀時に、長谷川は刹希を見おろした。

「全く……自分のことしか考えてない、これだから役人は好きになれないんだっての」

許容のない、それでいて潜められた声がぞくりと背筋を這っていった。
刹希は小刀を長谷川の喉元から離して、遠慮なく銃口管を斬った。
撃たれるなどと、欠片も考えなかった。

「な!!」
「んじゃ、俺は俺の武士道でいかせてもらう!!」

刹希の無事が確保されたのを見届けて、銀時は走り出した。

「待てェ!!たった一人の人間と一国……どっちが大事か考えろ!!」
「しったこっちゃねーな、んな事!!」

銀時はペスの足の隙間を縫うように入り込んで思いっきり地面を蹴った。

「新八ィィィ!!気張れェェェ!!」
「気張れったって……どちくしょォォ!!」

なけなしの最後の力を振り絞って新八は食われないように踏ん張った。
銀時は勢いよくペスの足を駆け上がっていく。
下から見れば気持ちいいくらいだ。

「幕府が滅ぼうが、国が滅ぼうが、関係ないもんね!!俺は、自分(てめー)の肉体(からだ)が滅ぶまで背筋のばして行きてくだけよっ!!」

銀時はペスの口めがけて飛び上がり、木刀を振りかざした。
そして、一直線にペスの体内に入っていく銀時。
刹那、動きを止めたペスは口から大量の血を吹きだして息の根を止めた。

「……あ〜あ、お嬢ちゃんのとこの目茶苦茶やってくれやがったよ」
「これがウチのやり方ですから」

血の雨が長谷川と刹希に降り注いでくる。
あぁ、無駄に洗濯物増えちゃうじゃん、とどうでもいいことを考える。
何処か清々しげな表情をしている長谷川に刹希は言った。

「大切なものを護りたいからこそ、時には犬のように従順である必要はないと思いますよ」

返答はなかったが、聞こえてはいるだろう。
刹希は視線を長谷川からすでに亡骸と化したペスに向ければ、ペスの口から新八と銀時が出てくるのが見えた。
刹希は笑みを浮かべながら彼らに走り寄った。

「大丈夫?そこのお二人さん」
「えらい目に遭っちゃったよ。なんか口ん中気持ち悪いんだけど」
「なんか三人して全身血まみれですね。これ取れるんですかね」
「血も滴るいい男じゃない。地味な外見が派手になると思うよ」
「それって水ですよね!!血と水じゃ全然違いますからね!?てか地味で悪かったな!!」
「んじゃとっとと帰るか」

賛成と刹希と新八が同意したその先では、長谷川がハタ皇子を殴り飛ばしていた。
思いっきし飛んでいくハタ皇子。
そんな様子を目撃した三人は顔を見合わせて、銀時は嘲笑った。

「あ〜あ!!いいのかな〜、んな事して〜」
「しるかバカタレ。ここは侍の国だ、好き勝手させるかってんだ」
「でももう天人とり締まれなくなりますね。間違いなくリストラっスよ」
「え?」
「やるならもっと色々方法はあったのにね。殴るのは一番やっちゃいけませんよ」
「えぇ?」
「バカだな。一時のテンションに身を任せる奴は身を滅ぼすんだよ」

そこ後の彼がどうなったのか、再会するまで刹希は知る由もないのだった。





2013.7.27


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