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いつもと変わらず小料理屋あじさいで働いていた刹希の元に電話が掛かってきた。
相手はお登勢で、彼女が仕事場に電話を掛けてくるなんて初めてではないだろうか。
一体どうしたというのだろうと疑問に思っていると、銀時が病院に運ばれたというではないか。

「なんでも事故ったらしくてね。詳しいことはアタシも分からないけど、神楽一人行かせるのも危ないってもんだからこれから病院に行くつもりなんだよ」
「そうですか」

今日は月曜だ、どうせジャンプを買いに行った際に不注意で事故ったのかもしれない。
まあ、はねられたくらいであの銀時が死ぬとは思えないし、ここはお登勢に任せるとしよう。

「入院することになったら教えてくれますか?仕事が終わったら顔を出すので」
「ああ、わかったよ」

電話を切った刹希はため息を一つ零す。
今までも怪我ばかりしてきた銀時だったが、今回は交通事故とは。
会ったときになんときつく叱ってやろうか、などと考えながらもどこか心が落ち着かない。

「軽傷ならいいんだけど……」

別に銀時の容態を心配しているわけじゃない。
重症なら治療費がかさむからだ。
万事屋の家計を考えれば金がかかるのは痛いし、出来うる限り避けて通りたいだけだ。
金がかさむのは神楽の食費代だけで十分である。

「深刻な顔して、何かあったのかい?」
「あ、いえ。銀時が事故って病院に搬送されたみたいで」
「大丈夫かいそりゃ。刹希ちゃん行かなくていいの?」

厨房から出てきた店長は心配そうに言ってくるが、別に仕事を投げ出してまで銀時の容態を確認するほどでもない。

「大丈夫ですよ。どうせケロッとしてるだろうし、銀時なんて体が丈夫なこと以外取り得ないですしね」

なんて刹希が言えば、店長も苦笑しつつ同意していた。
彼を知るものなら、事件に巻き込まれたり怪我を負うような事態に遭遇したりしても、なんだかんだ大丈夫だろうと思ってしまう。
あの男はそのくらいいつも飄々としていたからだ。
なのに、この胸騒ぎのようなものは、なんなのだろうか。

店が開店してから何度目になるかわからないドアベルが音を立てた。
電話があってから数時間経った頃だろうか。
店長と一緒にいらっしゃいませと声をかけた刹希は、入り口にいた一行に目を少しばかり見開いた。

「え、銀時?新八と神楽も……」
「おや、銀さん。もう大丈夫なのかい?」

銀時は頭に包帯は巻いているものの、普通に歩いているし、どうやら大したこともなさそうだった。
なんだ、無駄に心配して損した、と刹希はほっとする。
いやいや、別にそんなに心配していたわけじゃないし。こんなこと銀時に気が付かれたら調子に乗るに決まってる。
奴は意外とこういう事には目ざといから。

「えっと、ここは一体?」
「ここは刹希さんが働いているお店、あじさいです」
「銀ちゃんもたまに来てるアルヨ」

三人の会話に刹希は思考を停止させた。
え、何そのよくわからない会話。
なんで銀時に今更な事を話しているのか、理解したくもないことが頭をかすめた。
とりあえず、銀時のことを聞かないと始まらないのだが、話を進めたくなくなってきた刹希。

「えっと…………」

だめだ、何から聞いていいか分からない。
というかツッコむべきか?
なんだか頭が痛くなってきた。

「銀さん、事故に遭ったって聞いたけど、もう退院して大丈夫なのかい?」

店長が気を利かせてくれたのか、そう切り出してくれた。
その問いかけに、神楽と新八が反応して慌てたような、落ち込んだような反応を示した。

「はい、一応傷は大したことないんですけど……」
「銀ちゃんが記憶喪失になってしまったネ」
「…………は?」

後ろで店長が驚いてから同情するような言葉を言っている気がするが、刹希には全く聞こえていなかった。
記憶喪失?
大した怪我もないかと思えば、なんて状況だ。
通りで先ほどから銀時の目がきりっとしているはずだ。
眼と眉が近くなっているはずである。何か腹立つ。

「何の冗談?」
「あ、いえ、冗談なら僕たちも良かったんですけど……」
「銀ちゃんなんにも覚えてないのヨ。刹希に会えば何か思い出すかと思ったんだけやっぱり駄目みたいアル」

そう言われて、視線は銀時に向けてみると、彼は少し申し訳なさそうな表情で神楽を見下ろしていた。
普段の銀時なら絶対しない仕草と表情である。
それだけで、銀時に記憶がないことは明白だ。

「ふーん……記憶喪失ね」
「刹希、さん。あの、すみません。貴女の事も思い出せないみたいで、とてもお世話になったと聞きました。それなのに……」
「……あ、うん」

何この生き物。
素直すぎて気持ちが悪い。
銀時ってもっとこう……ちゃらんぽらんで、何も考えていなくて、責任感ゼロで、こんな真面目な奴じゃない。
目の前の男を見ていると、本当に記憶喪失なのだと実感してくる。

「……それで、どうするの?これから」

頭が混乱したままだが、とりあえずここで突っ立っていても始まらない。
彼らがここに来たという事は、銀時の記憶を取り戻そうとしているのだろうことはわかる。
ただ、新八と神楽の子供らだけで動き回るのも大変だろう。

「かぶき町は銀さんの知り合いも多いと思うのでしらみつぶしに回ってみようかと」
「そう。本当に行き当たりばったりだね」
「刹希ちゃん、店のことは良いから銀さんたちの手伝いをしてきなよ」
「え!?店長!?」

いきなり何を言い出すのやら、店長は笑顔で頷いている。
でも、と刹希が渋るれば、自分も銀さんが心配だから、刹希ちゃんが付いていってあげてというではないか。
この人はいつだって優しいのだ。
ダメだとは思いつつも、銀時達のことを思うと放っておくことも出来なかった。
ここは店長のご厚意に甘えることにした。

「じゃあ、私もついて行くよ。新八たちが知らないところも案内できるし」
「ホントアルか!やっぱり刹希は頼りになるアル!」
「ありがとうございます、刹希さん」

そんなこんなで、銀時の記憶を取り戻す作業が始まった。


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