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「遅いな〜姉上」

庭の方を見遣る新八が、堪らず心配そうな声を出す。
先程からどこか落ち着かない様子で炬燵の上の鍋のことなど上の空だ。

刹希、銀時、神楽は新八の家、恒道館に集まっていた。
万事屋の仕事の報酬が弾んだため、たまにはお妙も一緒に食事をとろうということになったのである。
四人で食材を買い、現在今で鍋をつつく準備をしていた。

「客とアフターでもきめこんでんじゃねーの?」
「新八、こっちはできたみたいよ」

刹希の声に新八は鍋に視線を移した。

「ちょっと……何入れたんスかコレ?魔女がグルグルかき回してる謎の液体みたいになってるじゃないスか」
「とりあえず冷蔵庫にあるもの一通り入れたな。鍋は色々入れた方がうまいからな。どーだ神楽?」
「銀ちゃんの足の裏みたいな味がするヨ」
「オイオイ、最悪じゃねーか、兵器だよソレ」
「自分の足の裏でしょーが!どーすんですかもう」
「清潔にするよう心がけるよ」
「オメーの足じゃねーよ!鍋だよ鍋!てか刹希さんがいながらなんでこんなことになってんスか!」
「どうせお妙がひと手間加えて食べられなくなるなら、私が作る必要ないかなって」

どうせ最後がゴミになるなら過程なんて無意味ななんだと刹希は悟ったように言う。

「ただいまァ」

タイミング悪くお妙が帰ってきてしまったようだ。

「ヤバイ……帰って来た。姉上帰ってきた」

さすがに汚物の様な鍋をお妙に見られては彼女の怒りを買ってしまうだろう。
その場合の被害は男人だけで済めばいいのだが、刹希にも怒りが向かう可能性もなくはない。

「この状況を打破できる具材とかはないの?」
「そうだ!俺の足を入れてみるか?同じ匂いがぶつかり合えば相殺されるかもしれん」
「私は具材だっつってんだよ。誰が三十路間近の男の足鍋に入れろっつった」
「スミマセン……」

カツアゲでもされるのかという様な眼光を向けられた銀時は素直に頭を下げてしまう。
そんな脇で、台所から帰ってきた神楽が何やら鍋に入れ始めていた。

「!神楽ちゃんちょっとそれ何いれてんの!?」
「ハーゲソダッツだヨ。姐御ハーゲソダッツ大好きだって言ってたからきっと喜んでくれるネ」
「神楽ちゃん、それはね、好きなモノをドブに捨てているようなものだよ」
「終わったわね」

みるみる鍋の中に溶けて見えなくなるアイスに刹希は手を合わせた。
彼女の脳内はすでにこの状況から、自分だけは無関係だとどうお妙に伝えるかだけを考えていた。

「片付けよう!こんなのない方がいい!ない方がいいよ!」
「やーめーろーやー、あきらめるな、あきらめたらそこで試合終了ネ!」
「試合は中止だから!体育館にウンコばらまかれてたから!」
「新ちゃーん、冷蔵庫に入れてたハーゲソダッツしらない?」

「ヤベー奴め、ハーゲソダッツに早くも気づきやがったよ!おたまはどこいった?」
「無理無理、もう溶けてますよ!」
「あつァつァつァつァ!」

なぜか勢い余って素手で鍋の中のアイスを救おうとする銀時。
傍で見ていた刹希もこれには呆れてしまう。
そして後ろからやってきたお妙を見つけて、そっと距離を取った。

「あ゛ッつァ!!!!」

鍋から手を勢いよく引き抜いた銀時は、そのまま後ろの方に振り切ってしまう。
もちろんそこにはお妙がいるわけで、銀時の手についていた鍋の汁がお妙の顔面に掛けられてしまった。
一瞬の沈黙。
さすがの銀時も振り返り、状況を呑みこんだらしい。

「……私はとめた」

ぼそりと言って刹希はお妙にぼこ殴りにされる銀時と新八を見ないことにした。

お妙に殴られた銀時と新八がコンビニにハーゲソダッツを買いに行っている間に、女性陣は一息ついているところだった。
帰ってきたお妙の後ろには見知らぬ女性がおり、お妙が優しい声音で炬燵に入るように促していた。

「あ、私がお茶用意しておくから、仕事で疲れてるだろうしね」
「あら、刹希さんありがとうございます」

刹希はそそくさと台所に向かい、急須に茶葉を入れて湯を沸かす。
浮かない顔をしていた女性は、女性というよりも少女のような顔つきだった。
お妙も幼さが残る風貌だがお妙と一緒に来たという事は仕事仲間だろうか。
湧いたお湯を急須に注ぎながらそんな事を考えるが、なんだか考えるのも面倒になってくる。
というか、何やら面倒くさそうな臭いがする。

「……巻き込まれるにしても面倒くさいのは面倒だなぁ」

女子分のお茶を湯呑に注ぎながら軽いため息を零す。
お盆を持ち、刹希は再度居間に戻ると、神楽も一緒になって何やら話をしているようだった。
しかも、客人は泣いているようで、手で顔を覆っていた。

「江戸に来てから人の優しさに触れたことなんてあんまりなかったもんやから、アンタみたいな人もおったんやな、こんな近くに……」
「今までどんな人と接してきたの?」

思わずそんなことを言いながら彼女の分のお茶を手前に置く。
一瞬顔が固まるが、お妙が凄みのある声音で刹希の名を呼ぶ。
思わず、ごめんねと謝罪をして炬燵に入る。

「花子ちゃん、よかったら私に話を聞かせてくれない?人間、あんなことする時って視界が狭まっているものだわ。でも、他人に話したり案外簡単な事で気持ちなんて変わるものでしょ?」

一体何をしようとしていたのか刹希には分からない。
しかし、流れから察するに、彼女は何か大変な事をしていたようだ。

「それに、私にもできることがあれば力になるし。私達、同じ店で働く仲間じゃないの」
「……お妙ちゃん」

やはり仕事仲間だったらしい。
しかも喋り方からして地方からやってきたのだろう。
地方から江戸に来て、色々大変だったのかもしれない。

「……ホンマに?お妙ちゃんホンマに力になってくれるん?」
「ええ。私でよければ」
「あの……それならな……言いづらいけど、おか……」
「金は貸さねーぞ」
「…………ハハ、まさか。話……きいてくれる?」

花子は涙を流していたが、誰も言及しなかった。


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