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居間がゴキブリで埋め尽くされる羽目になった万事屋は、最後の砦科のように神楽の押し入れに避難した。

「だー!こっち来るなってーの!!一体どーなってんだ?」

開いている押し入れの前で銀時がゴキブリがこちらに来ないようにしているが、いつまで持つだろうか。
刹希にとって怖いものなどないに等しいが、今回の大量のゴキブリはさすがに嫌いになりそうなレベルを凌駕していた。

「銀時がゴキブリなんて殺すから家族呼んだんじゃないの?」
「何ソレ、ゴキブリの逆襲?敵討ちですか?こんなことならもっとゴキブリに優しくしときゃよかったなオイ」
「ああ、さっき廊下出た時に部屋の刀取って来ればよかったなぁ……」
「結局刹希ちゃんも殺す気満々んんん!!」

とりあえず斬っとけば良いだろう思考なのは刹希も変わらないのだ。
昔の刹希はとりあえず斬ればいいなど、安易な考えをしてはいなかったが、年を重ねるごとに開き直っているところがある。

「オイ神楽お前寝てる場合じゃ……」
「エヘヘ、ゴキブリが三匹。ゴキブリが四匹。ゴキブリが五匹」
「神楽ちゃァァァん!?ダメだよそんなん数えながら寝たら!ネバネバの部屋に閉じ込められる夢見るよ!!」

しっかりしろと神楽を起こしにかかろうとするが、目の前の壁に黒い物体がちらついた。
ゴキブリだ。
だが、そのゴキブリは押し入れの外に溢れている巨大なものではなく、通常見るサイズであった。
しかも、壁を這うそのゴキブリの背中には〈五郎〉と書かれている。

「なんだコレ。なんで五郎?」

銀時の言葉に刹希は手元のクナイから五郎に視線を移す。

「妙なもんだな、いつもは見ただけで鳥肌モンだがこんな状況じゃァな」
「普段じゃ触りもしないしね」
「運がいいぜお前。蜘蛛の糸ならぬゴキブリの糸だ。きっちり恩返ししてくれよな」

そういうと五郎は巨大ゴキブリの中に放り出されてしまった。
いやなぜ殺さずに離すんだとツッコみたかったけれど、目の前の巨大ゴキブリの群れを見ているとその気も失せる。
と、その時。
廊下の方から聞き覚えのある声が騒々しく近付いてきた。
居間の扉が開くと、ゴキブリが煙りと共に転がり込んでくる。

「銀さァァァん!新八ただいま戻りましたァァ!!」
「お前生きてたのか!!」

背中と腕にボンベを担ぎ、新八が戻ってきた。
ゴキブリを蹴散らしながら、新八が押し入れの前にやってくる。

「何?僕がゴキブリ如きにやられるわけないでしょ。超強力な殺虫剤買ってきたんスよ、ホラッ!」

新八は背中に担いでいた殺虫剤を銀時に投げ渡す。
銀時は殺虫剤を受け取り押し入れから出ると、新八と共にゴキブリを退治し始めた。

「さっそくツキがまわってきやがった。イイ事はするもんだねェ」
「え?なんで銀時の分だけなの?私の分は?」
「そんなことより、外エライ事になってますよ!」
「そんな事ォ!?あんた私の為に殺虫剤取りに行ったんじゃねェのかよォォォ!?」
「す、すんません!!」

ずずいと怖い顔を寄せてくる刹希に、新八はひィィィ!と涙目になる。
怒る刹希を諭すように、銀時が彼女の肩に手を置いた。

「そんな怒るなよ、新八だって必死にここまで戻ってきたんだぜ?大丈夫、刹希のことは俺が守ってやるからよ」
「結構です。自分の身は自分で守ります」

にっこりと笑顔を浮かべる刹希に、一瞬固まってしまう銀時。
それでもこんなやりとりはいつもの事だ。すぐに切り替えて銀時は刹希の前に出てゴキブリ退治を再開する。

「で、外で何が起こってるっていうの?」

先ほどの新八の台詞について、刹希は聞き返した。
新八もやっと二人の会話が終わった事に息をついてしゃべり出す。

「街中酢昆布ゴキブリがウジャウジャでもう大騒ぎなんスよ!」
「やべーな。俺らのせいだってバレたら打ち首だぜ」
「銀時の死は無駄にはしないよ」
「刹希ちゃんのそういう所も嫌いじゃない!」

そういうのもういいんで!と、新八が遮り、万事屋に戻ってくる際に聞いた変な噂を二人に話し始めた。

「こいつらが宇宙から地球をのっとるためにやってきた人喰いゴキブリだとか、背中に五郎って書かれた女王ゴキブリを殺さないと地球は滅ぶとか、もう勝手に話が大きくなっちゃってて」

新八の言葉に耳を疑いたくなる。
つい先ほど見た、噂のゴキブリが刹希の脳裏によみがえった。
そして、それは銀時も同じだったはず。

「……新八君、もっかい言って」
「いやだから、背中に五郎って書かれたゴキブリ殺さないと地球が滅ぶんだって。もう笑っちゃいますよね、アッハハハハ」
「アッハッハッホント……笑っちゃうな」

数分前の呑気な声と打って変わった銀時のどこか気力のない声音に、刹希は無言で彼を見遣る。
もう、哀れとしか思えなかった。

「俺、地球を滅ぼした魔王になっちゃったよ。アッハッハッ〜もう笑うしかねーや」
「アッハッハッ、え?え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」

銀時の仰天発言に新八が叫び声を上げる。
「煩い」と思わず傍らにいた刹希は耳を塞ぎ、ため息を零す。

「見たんか!五郎さん見たんか!ここにいたんかァァ!!」
「アッハッハッー。逃がしちゃったよ俺。刹希も見たよな〜」
「見た見た。これは共倒れだね」
「そうだな〜、地球滅ぼしちゃったもんな、俺たち」

新八は早く五郎を見つけないと、と騒ぎ出すがこんな巨大ゴキブリがひしめき合っている中で小さなゴキブリを見つけるなど無謀すぎる。
顔を青くさせた銀時は殺虫剤を床に落として、押し入れにいた神楽をおんぶした。

「無理無理、もうどっか行っちゃったって。それよりステーキ食いに行こう。死ぬ前にステーキが食いたい」
「最後くらい特上A5ランクの牛肉いっぱい食べても罰は当たらないでしょう」

背負われた神楽は未だにゴキブリの数を数えていた。
足でゴキブリを蹴り倒しながら外に向かう銀時に、刹希も続いて行く。
人類が滅ぶならそれはそれで願ったり叶ったりだぜ、とか可笑しなことを考えているが、本人に自覚などない。
思考が現実逃避を始めていた。

「今日は好きなだけ食べていいぞォ。どうせみんな死ぬんだからヒッヒッヒッ。俺が殺したようなもんさヒッヒッヒッ〜殺せよ〜」
「ちょっとォォ!!銀さんしっかりしてくださいよォ!!銀さん!」
「新八もそんなところにいないで、最後くらい奮発してあげるわよ?」
「刹希さんまで!!」

三人を追いかける新八の足下を、五郎が通り過ぎていく。
五郎は誰の目にも触れられず、隣室にいた定春に叩き潰され息絶えた。
こうして地球は守られたわけだが、万事屋は豪勢な食事にありついたばかりに、刹希がしばらく血の涙を流していたのは言うまでもない。





2017.7.24


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