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「しるかボケェェェ!!金がねーなら腎臓なり金玉なり売って金つくらんかいクソッたりゃー!!」

先ほどから玄関先で言い争いが聞こえてくる。
きわどい単語が行き交っているが、刹希は聞こえないふりをしてテレビに集中する。

言い争っているのはこの万事屋の主である坂田銀時と、下の階でスナックを開いていて、ここの大家でもあるお登勢だ。

「三か月分の家賃だぞ!!いくら待たせる気だ!」
「家賃如きでうるせーんだよババァ!!そういうことは俺じゃなくて刹希に聞け!」
「ここの主はてめーだろが!!刹希にばっか頼ってんじゃねーよ!!このヒモ男が!!」
「誰がヒモ男だ!!俺だってちゃんと稼いでんだよ!」
「ならさっさと家賃払えや!刹希にばっかり苦労させてんじゃねーよ!!」

全くその通りだ、と映りの悪いテレビを叩きながら刹希は何度も力強く頷く。
バイトをやっているにはやっているが、万事屋の方に依頼が来ればなるべくそちらを優先している。
銀時だけに任せておくと、入る金も入ってこないということになりかねないからだ。
急遽入った依頼のためにバイトを休むなどざらで、今まで何度バイト先の店長に頭を下げたことか……。
その度に大丈夫だよと笑顔で許してくれる店長に、何度銀時がまともに依頼をこなしてくれれば!!と思った事か……。
数えきれなくなってしまったなぁ、なんて遠く思いを馳せる。

それに元々じり貧で、刹希のやりくりのおかげで食事等まだ世間並みだったが、めでたくないことに半月前に万事屋にバイトというか、正社員のような人間が入った。
ただでさえ家賃が溜まっているのに、給料やるほどこの家には金がないのが現状である。

「……バイト時間増やそうかな」

それは最近ちょっと考え始めた仕方のない手段だった。
幸い正社員?の新八がいるおかげで家事や銀時の面倒は彼に任せることができるのだ。
バイト時間を増やしても支障はあまりないだろう。

「ぎゃああああ!!」

どうしようかと悩んでいると、外から新八の叫び声が家の中まで聞こえてきた。

「あ、来たんだ」

何があったかなど気にも留めずに、刹希はテレビを切ってから立ち上がり、玄関先へと顔を出す。
階段の下を見れば、新八と銀時が折り重なって倒れていた。
まあ、何となく息を上げているお登勢と下二人を見れば状況は察することが出来た。
刹希は般若の如く銀時を睨み付けているお登勢に視線を向けた。

「お登勢さん、再来週くらいには給料入るんでその時に家賃払いますね」
「刹希が払う事じゃないだろう。アンタは居候みたいなもんなんだからね」
「いえいえ、私がしっかりしないとあの天パダメダメなんで」
「大変だねェアンタも」
「もう慣れました」

こんな事に慣れるものすごく嫌だが、長い付き合いだ。いちいち目くじらを立てているわけにもいくまい。
いい加減適当に彼女でも見つけてくれれば自分がダメ男を世話する必要もないのだが、銀時は女の方もからっきしらしい。
自分の苦労はいつになったら和らぐのだろうか、と刹希は内心頭を抱えた。

「ていうか、銀さんいい加減降りてくださいよ!!」
「いや待て、今刹希が俺がいないと生きていけないって言って――」
「銀時は金稼いでくるまでこの敷居はまたがせないから」

お登勢さんまた、と笑顔で言った直後に、ピシャリと玄関を閉める刹希。

「ちょ、刹希ちゃんんん!!?嘘!嘘だからァァ!そんな意地悪やめてェェェ!!」
「だから、アンタは早く僕の上から降りろって言ってんだよォオオ!!」




  *




「ホント冗談言ってスンマセンでした」
「冗談言ってる暇あったら百円二百円そこら稼いできてくれないと困るんだけど」
「いやー……そうしたいのは山々なんですけどね」
「……」

床に正座させられている銀時を仁王立ちした刹希が言葉で追いつめていく。

それを傍から眺める新八。
あぁ、ここで働くようになって何度目だろうこの光景。
この家の主は銀時だが、実質的権力を有しているのは刹希なのだと、働き始めてから数日で新八は理解した。
銀時とは違い、まともに働いていて稼いでいる彼女に対してこの家の主は肩身を狭くさせるほかないのだ。
大きい顔したいなら私よりも稼いで見せてからにしなさいよ。それが刹希の言い分である。
それは至極当然で正論なので銀時も言い返せないでいた。

何やら考え事をしていた刹希は思いついたように手を叩いて、黒い笑みを浮かべながら銀時を見下ろした。

「ねえ、銀時銀時」
「何ですか、刹希さま」
「銀時ってさ、ホラ、何しても死なないじゃん」
「え、どういう意味それ」
「だからね、腎臓の一つ二つなくなっても大丈夫だよね」
「イヤイヤイヤイヤ!!!何さらっと物騒なこと言ってんの!?売れってか!ぜってー売らねーよ!!」

満面の笑みで言ってくる刹希は性質が悪いことに、言った事が本気に見えてしまう。
じりじりと歩み寄ってくる刹希とおぼつかない足取りで後ろに下がっていく銀時。
こういうのって普通逆じゃないのかな、とか思う新八。

「大丈夫、痛いのは最初だけだから。すぐにすっきりするから」
「でしょうね!!ついでに永遠の眠りにつくから!!」

どうか察してほしい。
頑張って働いて稼いだ金が、家賃と食費諸々と銀時のパチンコ等のギャンプルに消えていくことを。

「刹希さん、お、落ち着いてくださいよ」

見かねた新八が刹希を止めに入る。
これも何回目だろうか。
刹希は動きを止めて、新八の方へ向き直る。

「……新八」
「はい、な、なんでしょう」
「君は早くここを辞めて、ちゃんとした就職先探しなさい。レジ打ちすら出来なくても人間一つくらい、もしかしたら秀でたものがあるかもしれないよ。それを見つける旅に出てもいいんじゃないかな」

お姉さんの助言は快く受け止めるべきだよ。と肩を叩いて諭しだす刹希。

「辞めないし、さり気に貶すのやめてくれません!?ちょっと、銀さん刹希さん本当に病んでますよ!!」
「落ち着け新八。これくらいで取り乱すんじゃねェよ。刹希たまにこうなるから、俺は慣れたけどね」
「アンタがもっとしっかりしてくれれば良いんじゃないのかよ!!」
「俺はやるときはやる男なんだよ。今はちょっと充電中で」
「今がやるときですよ。アンタさえやってくれたら万事うまくいきますよ」
「あ、刹希もうそろそろバイトの時間じゃね?」
「何下手に話逸らしてんだお前!!!」

新八の容赦ないツッコミもこの二人には通用しなかったのだった。
そして黒い雰囲気を纏っていた刹希は、そうだねとけろりと言って出かける準備をし始めた。
いきなりの変容ぶりもいつものことながら、女の人って分からないなぁ……と思う新八なのであった。



   *



「あの、さっきの今でアレなんですけど、今月の僕の給料ちゃんと出るんでしょーね。銀さん」

刹希に問いかけないように、最後に銀時の名を呼ぶ。
一応、雰囲気は普段通りに戻った刹希だが、油断はならない。
これも働き始めて少ししてから学んだ。

「僕んちの家計だってキツイんだから……ウチ姉上が今度はスナックで働き始めて」
「え、そうなの?」

バックの中を整理していた刹希は目を丸くしながら新八を見た。

「はい。寝る間も惜しんで頑張ってるんスよ……」
「私よりも若いのに大変だね……」
「アリ?映りワリーな」
「ちょっと銀さん!きーてんの!?」

干渉に浸る刹希の横では、銀時が映りの悪いテレビをガンガン叩いていた。
キレる新八を余所に、やっと映ったニュース画面に銀時と刹希は見入る。

『――現在謎の生物は新宿方面へ向かっていると思われます。ご近所にお住まいの方は速やかに避難することを……』
「オイオイ、またターミナルから宇宙生物侵入か?最近多いねェ」
「宇宙生物を退治したら大金貰えるかな」
「どうせ良いように扱われるだけだよ、意味ねーって」
「宇宙生物よりも今はどーやって生計たてるかの方が問題スよ」
「だーから、宇宙生物退治してそこら辺のお偉いさんに金せびりに行くんだよ」

なんて性質の悪いチンピラだアンタは、と思うも口に出すのはやめた。
笑顔で言っているはずなのに、眼だけは笑ってなかったからだ。
その時、玄関のインターホンの鳴る音が室内に聞こえてきた。
一回でいいのに、何回もインターホンを押してくる。
三人は無言でいたが、刹希は玄関の方を見てから銀時を見た。

「銀時」

親指を立てて玄関の方へ向け、彼の名前を言えば、銀時はダッシュで玄関に向かっていく。
それを見ていた新八は冷静に分析した。
きっとあれは、「(とっとと玄関に)行け」であろう。
やっぱりこの人まだ怒ってるよ。

「金なら再来週払うって言ってんだろーが腐れババァ!!」

閉まっている玄関など関係ないかのように銀時は、外にいるであろう人物に向かって跳び蹴りをかましていく。
思いっきり玄関の戸を蹴破って、外にいたグラサンを掛けたオッサンの顔に直撃した。

「局長ォォ!!」
「貴様ァァ!!何をするかァァ!!」

グラサンを掛けたオッサンが見事に倒れて、両脇にいた男たちが人んちの玄関先で怒鳴っているのが刹希の耳にも聞こえてきた。
思わず深いため息がついて出てきて、仕方なしに玄関へと向かっていった。

「スンマセン、間違えました。出直してきます」
「銀時はまた何やらかしてんの?」
「げ!!刹希!!」

現実逃避を図ろうとした銀時に、玄関まで来た刹希は首をかしげて問いかけてくる。
銀時の奥にいる男たちを一瞬見て眉を寄せるも、すぐに笑顔を作って前へ出る。

「あー、なんかこの馬鹿がスミマセンでした」
「いやいや、大丈夫だよ。ちょっと鼻血出た程度だから」
「良かったー。お鼻、お大事にしてくださいね。それでは――」
「って、ちょっと待てェェェ!!」

銀時を家の中に押し込んで、華麗に訪問者を撒こうとしていた刹希に、グラサンのオッサンは素早く拳銃を突きつけてきた。

「貴様らが万事屋だな。我々と一緒に来てもらおう」
「オイオイ、女にそんな物騒なもん向けてんじゃねーよ」

銀時は刹希の額に向けられていたそれを掴んで、下げさせる。

「……それによ、知らねー人にはついていくなって母ちゃんに言われてんだ」
「幕府の言う事には逆らうなとも教わらなかったか」
「オメーら幕府の……!?」
「入国管理局の者だ。アンタらに仕事の依頼に来た、万事屋さん」
「あ、私これからバイトだったんだー」

そう言って、手ぶらで出て行こうとする刹希の腕を掴んで引き留める銀時。

「バイトよりも金が手に入るぞ」
「……休みの連絡してくる」

顔を覆って、シクシクと泣き真似をしながら、刹希は家の中に引っ込んでいった。


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