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なんとか廊下のゴキブリを置いて居間に逃げ込んだ四人。
朝からなぜこんな騒動に巻き込まれなくちゃならないんだと、刹希はため息を零した。

「なんスかアレ。なんであんなんいるんスか?」
「あれホントにゴキブリアルか」
「しらねーよ」
「しらねーよってアンタの家でしょ」
「俺の家だけれども掃除当番は刹希ちゃんだから」

いきなり矛先を向けられた刹希はバイトをどうしようと考えていた思考を中断させて、銀時を睨み付けた。
とんだいちゃもんをつけられたものだ。

「何?私がちゃんと掃除してないからあんなのが出てきたって言いたいの?」
「そうだとは言ってないだろ。でもアレだよね、掃除は基本刹希の担当だしさ。可能性は高いじゃんって話で」
「それなら最近は新八も家の掃除してるから、責任としては新八も大いにあると思うけど」
「えっ!?ちょ、なんで僕のせいなんスか!大体銀さんがダラダラして家事やらないのがダメなんじゃないんスか!?」
「そうそう。あれはもはや銀時が作りだした化け物だよ」
「君のだらしない生活があんな悲しいモンスターを生み出してしまったんだヨ。銀時君」
「てめーらも住んでるよーなもんだろーが!!」

正確には刹希も神楽も居候の立場である。
自分もこの家に住んでいるが、この際そのことには目を向けるべきではない。
だって絶対自分が原因ではないと思っているからだ。

「こいつァ仮説だが、俺ァ恐らくコレが関係してると思う」

そういって銀時が出したのは神楽の好物である酢昆布だ。

「食べられてるわね」
「恐らく酢昆布を食すことによって奴らの中で何か予測できない超反応が起こりあんなことに……」
「マジでか!!」
「いやそんな訳ないでしょ。酢昆布にどんな作用があるってのよ」

酢昆布よりもデカくなったゴキブリ自体が可笑しいだろと突っ込みたくなる。
あのゴキブリが普通のゴキブリではないんじゃ……と考えてみるが、そちらもそちらでリアリティーのない話だ。

「ヤバいよ。あんなモン誕生させた上、もしアレが街に逃げたら僕ら袋叩きですよ」
「そうなる前に俺達で駆除する」
「銀時が駆除してる間に私は街を出ることにする」
「酷くない!?刹希ちゃんんんん!」

ゴキブリが縁の切れ目になるとはね、と刹希は黄昏たような表情で銀時を見遣る。
そんな彼女の冗談か本気かもつかない言葉に銀時は取り乱す。
大きい身体のくせをして子供のように引き留める姿に、神楽と新八は呆れるものだ。

「それより新八、殺虫剤はどうしたの?出るにしてもさすがに無防備すぎるのは心もとないし」

大の大人以上にデカいゴキブリに市販の殺虫剤など通用するとは思えないが、ないよりはましである。
だが、先程殺虫剤を持っていた新八を見ても、彼の両手に殺虫剤はない。

「あっ、あっち置いてきちゃった」

あっち、とは逃げてきた廊下の事だろう。
パニックで慌ててたとはいえ、殺虫剤を置いてくるとは。
そんなことじゃサバイバルゲームではすぐ死んでしまうぞ!と刹希は文句を言いたくなった。
しかし、そんな新八を褒めたのが、未だに刹希の肩を掴んだまま離さない銀時である。

「新八、お前のそういうところ、銀さんは大好きだぜ」
「珍しく褒められてるみたいですけど、全ッ然嬉しくないですからね」
「銀ちゃんキモいアル」
「銀時が殺虫剤取りに行きなさいよ。そしてゴキブリの餌食になればいい」
「ホント刹希ちゃんが辛辣すぎて俺が辛い……」

何を言っているんだかと、刹希はため息を零す。
だが、このままここでじっとしていたって状況はいい方向へ転がることもないのだ。

「しょうがない。新八、行ってきなさい」
「結局僕が行くのかよ!!」
「そりゃ刹希が言うんなら行くしかねェだろお前」
「アンタ本当に掌返しが早すぎだろ」
「大体、自分で殺虫剤忘れてきたのが悪いんだろーが」
「何でもいいから早く行けヨ。それだからお前はいつまでたっても新八なんだヨ」
「なんだァァ!!新八という存在そのものを全否定か!!許さん!許さんぞ!」

どうでもいいから早く行きなさいと刹希が辛辣に追い立てる。
さっきまで銀時が総攻撃されていたはずなのにいつの間にやら自分が総攻撃されている。
新八は半ばやけくその様な心持で立ち上がった。

「とってきてやるよコノヤロー!巨大ゴキブリがなんだチキショー!!てめーのケツくらいてめーでふくよ!血が出るまでふき続けてやるよ!」
「そこまでしなくていいからさっさと取って帰って来なさい」

銀時じゃあるまいし、と刹希は新八に声をかける。
新八が殺虫剤を置いてきた事には変わりないが、銀時のように餌食になれというほど、彼を無碍に扱うはずもない。
やはり刹希は銀時には厳しいのだ。
新八は勢いそのまま廊下に飛び出した。文字通り回転しながら廊下を進み、華麗に殺虫剤をつかみ取る。
視界に入らない巨大ゴキブリに緊張感が漂いつつも、来た廊下を戻ろうとしたその時、背後からあの虫特有の這いずる音が聞こえてきた。

「ぎゃああああああ」

障子一枚挟んだ廊下から新八の絶叫が万事屋に響き渡る。
どうやら新八がゴキブリと遭遇したらしい。
静かになった廊下を障子越しに見据え、刹希はため息をついた。

「銀時が行かないから新八が餌食になっちゃったよ」
「俺の所為みたいに言わないでくれない?元はと言えば刹希が行かせたんだろ」
「元はと言えば銀時がぐーたれて家の事何もしないからでしょう」
「してますぅー。飯ちゃんと作ってるだろォ」
「1番料理担当少ないくせに威張らないでくださいー」
「1番少ねーのは神楽だろうが」

神楽が作ると基本的に卵掛けご飯しか出ないでしょうが。そうでした。
と、心の中で会話を繰り広げる二人。
そんなことお構いなしに神楽は銀時と刹希の間に割って入った。

「これからどうするアルか?新八は?」
「……とりあえず、こうしてても仕方ないよ」
「んじゃ、死んでる新八でも救出に行くか」

どっこいしょと三人は立ち上がる。
良し行こう、そうしよう、と銀時が障子の取っ手に手をかけるがいっこうに開けない。
三人して深呼吸をしながら、行こう、うん、行こう、うん。を繰り返すばかり。
不毛なやりとりを繰り広げている間に、世間では大事が起こっていた。


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