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それは突如現れたのである。

「ぎゃああああ!! 助けてェェェェ!! ヘルス! ヘルスミー!!」

押入れの襖を蹴破った神楽が、リビングにいた刹希に走り抱き着いてきた。
いきなりの絶叫。
さすがの刹希も吃驚して、怪訝な様子で神楽を見遣る。

「ヘルプミーね。どうしたのよ、神楽」
「ゴッ、ゴッ、ゴキブリぃぃ!! 私っ……私の部屋!!」
「だからあれほど部屋を綺麗にしときなさいって言ったじゃない」

押入れなんて狭いところ、ましてや神楽が居住スペースとして使っている押し入れなど、刹希はあまり手を出していない。
もちろん昔は押し入れの中も定期的に綺麗にしていたが、神楽が来たことによって「私の部屋に入らないでヨ!」という思春期特有の現象が発生しているのである。
押し入れの中でゴミを散らかそうが、それでゴキブリが出ようが彼女の責任なのだ。

「ていうか、宇宙最強の夜兎なのにゴキブリだめなの?」
「ダメ! 油ギッシュ!! シェイプ! シェイプアップ乱!!」
「それは多分ヘルプミーね」

なんでこんなツッコミせにゃならんのだと、刹希は呆れてしまう。
それでも自分から離れない神楽のために、しかたなくゴキブリ退治用のスプレーを持って押し入れに向かうことになるのだ。
そういえば銀時は洗面所にいたから銀時に任せてもいいじゃないか、なんて思ってしまう。

「ゴキブリだめ!! 刹希どうにかしてヨ!」
「神楽ねェ……江戸で生きていくってことはゴキブリも家族みたいなものなのよ? それで泣いてたらこの先やっていけないんだから。こんなのサクッと片付けてあげるから、見てなさい」

ゴキブリくらいで怯える刹希ではない。
余裕な態度で押し入れに近づき中を覗きこんだ瞬間、刹希の目には異様な物体が映りこんだ。
数秒、それを認識するのにかかり、ようやくゴキブリだと思った瞬間に押し入れの扉を閉め、今までにないくらい絶叫した。

「ヘ、ヘルプフォォォド!」
「ヘルプミーな」

銀時のいる洗面所に神楽と一緒に駈け出した刹希は、銀時の腕にしがみついた。
いつもならしない行動でも、自分の見たものにぞっとして正常な思考回路は吹っ飛んでいる。
そんないつもと違う刹希に銀時は鼻の下が伸びながらも心配するように声をかけた。

「どうしたんだ? 二人そろって」
「ゴッ、ゴキブリ!! ヤバイ! ゴキブリが!!」
「はぁ? ゴキブリなんて今に始まった事じゃねーだろ?」

たまーにこの万事屋にゴキブリが出ることがあったのは確かだ。
その時も刹希が容赦なくゴキブリを抹殺しているシーンを拝見している銀時からすれば、どうして彼女がここまで怯えているのかが分からない。
え、今更可愛らしくして俺の気を引きたいの? とか、そんなバカな発想をするが、一瞬で理性が現実に引き戻してくれる。
刹希が今更そんな可愛い事してくるわけがない。悲しい事に。

「ゴキブリなめてると痛い目見るんだからね! いや、ホント……真面目にムリ! さすがにヤバイ! 銀時行ってきて!!」
「……しょ、しょうがねぇなァ。刹希ちゃんは〜」

こんなにもあからさまに頼られるのがうれしくて、思わず顔が緩んでしまう。
だが、それに気が付かれれば拳が飛んでくるか、クナイが飛んでくるか、睨まれるくらいなら軽いものだ。
とりあえず緩みそうになる頬に力を入れて、銀時はリビングに入った。
廊下に続く扉から、刹希と神楽が顔を覗かせていた。

「お前らなァ、江戸で生きてくって事は共に生きていく事と同じことだぜ。見とけ、江戸っ子の生き様を」
「どうせ純粋江戸っ子じゃないでしょアンタ」
「ちょ、それは公式に明言されてねーから! 触れちゃダメだから!!」

あわあわと慌てる銀時に、刹希はどうでもいいから早く行けと手を動かす。
さっきまでの怖がり具合はどこへやら。
やっぱりこんな展開だと、悲しいやら寂しいやら、銀時は何気なく襖を開けた。

「!! うおおおおお!!」

叫び声を上げた銀時は、倒れながらも刹希たちのいる廊下側へ逃げ込んだ。
もちろん、刹希と神楽も叫び声をあげて玄関になだれ込むように倒れる。
押し入れからついに解き放たれたゴキブリに、戦々恐々としてしまうが、そんな事を知らない新八が玄関を開けて入ってきた。

「おはよーございまーす……どしたんですか?」
「ゴッ……ゴキブリ! ものっそいゴキブリ」
「ゴキブリ進化した……ヤバイ」
「パルプ! パルプフィクション」
「ヘルプミーな」

どんな間違いだ、と刹希は銀時の服を掴みながら神楽に突っ込みを入れる。
そんな三人に、新八は呆れたようだった。

「ハァ? ゴキブリ? 何を今さら……江戸で生きていくって事はねェ、ゴキブリと同じ部活に入るよーなもんですよ」

新八はそういうと、転がっていた殺虫剤スプレーを持ちリビングへ向かう。

「見といてくださいよ、江戸っ子の心意気」
「オイ、志村、うしろ」

銀時が指摘しなければ刹希がしていたところだ。
やはり、自分が見たものは見間違いようもなくゴキブリなのだと、どこか冷静な思考回路で考える。
この世のものとは思えない、少年程の身のたけとなったゴキブリが新八の背中についている。
それを目にした新八が目を白目にするのを刹希は見ていた。

「ぎゃっふァアアア!! ヘツ……ヘルペス! ヘルペスミー!!」
「ヘルプミーな」

人をも呑み込んでしまいそうなゴキブリが、なぜこの家に現れてしまったのか。
今日の万事屋はテレビニュースを付けていなかったために、真相が全く分からなかった。


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