B
「やっと着いたなァ」
「いや本当に死ぬかと思った……あいつらの褌とマフラーもってこれば良かったぜ……」

爆発に巻き込まれながらもなんとか城に辿りつけた近藤と松平。
天導衆の待つ場所まで歩いていると、廊下の角から男が現れ声をかけてきた。

「おや、これは……松平長官」
「ああん?」
「久しくお元気でしたか」

男は松平の隣を歩き出した。
男にしては手入れの行き届いた長髪を高く一つに括り、纏う着物は上質な物だった。
先程までは近藤が松平の隣を歩いていたが、今は男が隣を歩き、近藤はそれを後ろから見ていた。

「こちらの方向という事はそちらも天導衆ですか?」
「その口ぶりだとお前ェさんも呼ばれたか」
「私は何も呼ばれる記憶などないのですがね」

男は薄く笑った。腰に刀を差してはいるが、役人という雰囲気でもない。
自分と同じくらいの年齢か、横髪が邪魔で顔がはっきり見えないせいで判断が付かなかった。

「それにしても、そのなりは如何しました? 面白いことになってますね」
「なぁに、俺ともなればどこから暗殺者を仕向けられるかわからねェのよォ」
「ふふ、さすがは松平長官ですね……」

私には到底手に届きませんよ。
浮ついたような笑い声が、近藤の耳に張り付いてくる。

「あの、あなたは一体?」

後ろからそう問いかければ、男は少し近藤の側に顔を動かした。
髪の隙間から視線があった気もしたが、気のせいかも知れない。
ただ、笑顔でこちらを見ているのだろうと想像した。

「名乗る程のものでもございませんよ。武装警察と私らとでは、基本接点もございませんしね」
「近藤、世の中には知る必要のねえこともあるんだよォ」
「はぁ」

なんだか、これ以上は踏み込めないようだった。
男と松平が他愛ない話を交えながら先を進み、ようやく三人で天導衆のいるその場に立った。
周囲に現れた天道衆に、近藤は疲れきっていたが一応身構える。

「今日ぬしらを呼び出したのは先日の一件、違法闘賭闘技場煉獄関について話があって……ぬしら何かあったか?」
「いえ、ドーナツ作りに失敗しまして」
「ククク、またどこぞで暴れたのではないか? お侍は大層勇敢でおられるからな〜」
「なんでも、三十数人で煉獄関を鎮圧したとか……」
「近頃の侍ときたら腑抜けばかりだというに立派なものだ」

やはり話は煉獄関の関するもののようだった。
軽んじる発言が気がかりなものの、彼らの語彙には罰するという空気は感じられない。
松平は道中で暗殺される可能性があると言っていたが、果たして今この場で腹を斬れと言われないのか、近藤は天導衆の一言一言に集中した。

「うむ……その働き見事。天人と地球人双方のバランスがとれておるのもぬしらのおかげじゃ。ほめてつかわす……」
「しかし、功に焦りすぎ先走りはせぬことじゃ。正義感も結構だが、当たり構わずかみついているとかみついた野良犬の尾が狼の尾であったなどということにもなりかねん」
「わかるな?あまり勝手に動いていると身を滅ぼすことになるぞ。もしも長生きをしたいのなら、利口に生きることも覚えよ」
「……話は以上だ。ぬしらはもう良い、下がれ」

天導衆の言葉に近藤は内心安堵した。
何か処罰が下れば部下にどう説明すべきか悩むものだが、ここは松平の言う通り、真選組を処罰すれば天導衆と煉獄関の関係を認めるようなもの。
今回は処罰せず忠告と言う形で事を収めることになったのだろう。
松平に続いて頭を下げ、ようやく帰れると顔が緩みそうになる。
今朝の占いもやはり当たらないなと思いながら踵を返したときに、後ろに控えていた男が近藤を見た。

「帰りは気をつけてくださいね」

暗がりで自分に笑いかけながら小さな声で言ってくる男に、近藤は何か頭に浮かびそうになった。
だが、すぐに松平に声をかけられることによって、それは瞬く間に消えてしまう。

近藤らが消えたところで、天道衆が男に向かって話を始めた。

「さて、以前話したことを覚えているか?」
「心は決まっただろうな?」

天道衆の凄みある声音を前にしても、男は笑顔を崩さずに彼らを見上げていた。

「せっかくですが、まだその時ではないでしょう」
「ほう?」
「わたくし共もやり残していることがございます。そう時間がかかるとは思いませんが、それが終わってから……その方がお互い利を生みましょう」
「人間の童が笑わせてくれる」
「若い内に当主ともなると気を病むことも多いのだろう」

何度でも言えばいい。
男はそう心の中で言う。
笑顔で、腹の中のものを包み隠す。

「時間はくれてやろう。だが、長引けばお主達の首が危うくなるだけだがな」
「こちらとしては、お主達が土の肥になろうが構わんのだから……」
「は。よく、心に刻んでおきましょう」

男は会釈をするとその場から去った。
城から出ると車がすでに男の前に停車していた。彼がこの城に来る際に乗ってきたものだ。

「ご苦労様でございます、若様」
「ああ」

車の前に立っていたのは笠を目深に被った中性的な青年である。
男を労いながら後部座席のドアを開け、男は慣れたように車に乗り込んだ。
青年も笠を外して運転席に乗り込み、車を発信させた。

「如何するおつもりですか」
「あちらにつくつもりはない。……凛、それは以前一族で話し合った、結論は出ているはずだ」

男の這うような低音に、凛は萎縮したように謝罪の言葉を漏らす。
実質今の政治の頂点に立つ天導衆と言葉を交わすのは流石に疲れる。男は小さく一つ息を吐き出した。
天導衆の話も重要だが、男の頭にある件が思い出された。

「……そういえば、使いはどうなった?」
「は、1週間前の連絡を境に消息不明です」

これで何度目になるかわからない。
人を探してこの十年ほどで何人死んだのか。興味もないが、人員の無駄にも感じる。
早くこんなことは終わりにしたいのだが、そう上手くはいかない。
男の脳裏にまだ幼いその姿が浮かんでくる。

「あれが関東にいるのは確かだ……いつまで手こずっているのか」

うんざりしているような声音に、凛は静かに生唾を呑んだ。
方々に送った使いの消息から最近は関東の方にいることは掴めてきているが、やはり上手く捕まらない。
上手くいかないのは様々な原因が重なる為だろう。
凛は何度目になる言葉を漏らした。

「あの方よりも、弱い者を送ることを改めた方が良いのでは……」
「ならばお前が行くか」

凛の言葉に男は辛辣に返した。
バックミラー越しに向けられる視線に、凛は短く断った。
凛としても、無事に生きていられるか分からない可能性があった。それほど、相手は腕が立つ。
けれど、凛のいう事は最もであり、男もそれを重々承知であった。
だからと言って、これ以上の人材は割くことも男側としても痛手である。

「まぁいい。あれもまだ、腕が鈍っていない証拠だ」

逃げて俗世に浸れば使い物にはならないだろうが、逃げかわせる腕はあるのだ。
まだ男にとっての存在価値はある。
それがわかるだけまだ良いくらいだろう。

「定期報告は強化させろ」
「わかりました」

時間はないが、まだある。
最終的に自分が出ればいいだけの話だ。
それで、すぐに終わる。
この馬鹿馬鹿しい隠れ鬼が、終わるはずだ。





2017.5.26




(あとがき)
(読者側に対して)身元を隠しているつもりなのに、隠しきれてない男を登場させました。
なんかもうここ以外でいつ登場させたらいいのか全く分かりません。
もしかしたら次登場するときは最後の登場かもしれない……。
どこかしらでちらっと登場させたいけれどね……。


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