B
「野郎のところに行かなくていいのか?」

煉獄関への突入態勢を整えていた土方が、刹希に声をかけた。
すでに銀時と新八、神楽は煉獄関の中に入っており、てっきり刹希も行くのかと思っていたが、彼女はひょっとこの面を付けたまま動かない。

「ええ、私はちょっと別行動でもしようかと」
「? 何するつもりだお前」
「真選組には迷惑かけませんよ」

そう言う話じゃねェよ、と思うが、今の刹希はどこか得体が知れない。
面を付けているせいだろうか、普段でさえ何を考えているのか分からないのに、今はそれが増しているような気がする。

「あの三人がやられるようなことはそうそうないと思いますけど、ちゃんと仕事してくださいねお巡りさん」
「おめーに言われなくてもやるよ。逃がしゃしねェさ」
「信用してますよ、土方さん」

刹希は土方に顔を向けると、すぐに建物の中に入っていく。
会場内につくと、すでに銀時が天人と戦っている最中だった。
大の男よりも倍もありそうな身の丈の天人は、鬼道丸が使っていた棍棒を振り回し、銀時を打ちのめそうとする。
しかし、銀時は木刀でなんとかその棍棒を凌いでいる。

刹希は会場内を見回して、どこかに天導衆がいるのではないかと探した。
天導衆の遊び場だというなら、一人くらい姿を見せているはずだ。
そして会場の客席よりも上にある、壁から出っ張った立ち見台にマントと笠を被った不審な人物を見つけた。
視線を会場中央に戻せば、銀時を捕らえようと眼帯を付けた偉そうな男が部下を引き連れて集まっていた。
あのボスのような男がこの煉獄関を管理しているのだろうかと、刹希は考える。
そんな男らを牽制するように、銃弾が降り注ぎ、どよめきが起こった。

「なっ、何者だアイツら!?」

逃げ始める客の中心には、鬼の面を付けた子供が二人。
あの威嚇は神楽によるものだ。
刹希は客の混乱に紛れ、会場の反対側に移動し始めた。その間にも新八と神楽は口上を始める。

「ひとーつ、人の世の生き血をすすり」
「ふたーつ!! 不埒な悪行三昧」
「「みぃーっつ!!」」

二人が銀時を指差しているのを見ながら、刹希は男らが出てきた出入り口を目指す。

「……ったく。えーみーっつ、み……みみ、みだらな人妻を……」
「違うわァァァァ!!」
「銀ちゃん、みーっつ、ミルキーはパパの味アルヨ」
「ママの味だァァ!! 違う違う! みーっつ醜い浮世の鬼を!!」
『たっ……退治してくれよう、万事屋銀ちゃん見参!!』

薄暗い通路に入り、後ろからは敵味方の入り乱れた声が聞こえてくる。
刹希は道を阻む浪人を倒しながら、あの天導衆のいた場所まで駆け上がった。
真選組に迷惑を掛けないとは言ったが、約束を守れる気はあまりしないと頭の隅で考えていた。
でも、あれに接触できるなんてそうそうない分、たまにはいい機会かもしれない。
そうして階段を上ると、一本道の先に天導衆の後姿が見えた。
静かに近づき、会場の下が見渡せるところまでやってきたが、天導衆は刹希のことなど気にした様子もなく下の様子を見物していた。
刹希も天導衆に意識を向けつつも、下を見遣った。
新八が、神楽が、銀時が浪士たちと戦っている最中、ボスの首に総悟の切っ先が向けられていた。

「今時、弔い合戦なんざ、しかも人斬りのためにだぜィ? 得るもんなんざ何もねェ。わかってんだ。わかってんだよ、んなこたァ。だけどここで動かねーと自分が自分じゃなくなるんでィ」
「てっ……てめェらこんなマネしてタダですむと思ってんのか!? 俺達のバックに誰がいるかしらねーのか……!」
「さァ? 見当もつかねーや。一体誰でィ」

浪人は真選組に取り囲まれ、刀を向けられる。
逃げることのできない状況にまで追い詰められていた。

「なっ、こいつァ!?」
「オメー達の後ろに誰がいるかって? 俺たち真選組だよ〜」
「アララ、おっかない人がついてるんだねィ」

天導衆はそれでもなお、狼狽えることはしなかった。
男にとっては、煉獄関などなくなったところでどうという事はないのだろう。
けれど、甚だ彼らの行いを良くは思っていないのも確かなようだ。

「……チッ、猿どもが調子づきおって」

マントの下で天導衆は小さく毒を吐いた。

「……随分と偉い方のようで。今日はお供の鴉などはいらっしゃらないのか」
「……フン。小童が、今日は見逃してやろう」

クナイを向けてみたが、何も反応はなかった。
今日は一人でいるのか、別の場所で待機しているのか、どちらにしろ不発である。
去っていく天導衆を追うことは、逆に自分の身を晒すことにもなりかねないだろう。
刹希はクナイを仕舞うと下にいる銀時たちを見下ろしていた。



  *



浪人たちを連行し始めたところで、刹希はようやく銀時達と合流した。
真選組の働きを横に、三人は地上に出て、夕暮れ時の中、一息ついていた。

「刹希、お前いつ来てたんだ? 全然見なかったけど」
「ああ、ずっと見物してたから」
「ちょっとくらい手伝ってくれてもいいんじゃねーのォォ!?」
「煩い」

耳を塞いで銀時の言葉を遮る。
文句を垂れる銀時に、刹希が適当に相槌を打っていると、総悟と土方がやってきた。
どうやら、浪人たちの取り締まりがひと段落ついたらしい。

「……結局、一番デカい魚は逃がしちまったよーで。悪い奴程よく眠るとはよく言ったもんで」
「ついでにテメェも眠ってくれや永遠に。人のこと散々利用してくれやがってよ」
「だから助けに来てあげたじゃないですか、ねェ? 土方さん」
「知らん。てめーらなんざ助けに来た覚えはねェ。だが、もし今回の件で真選組に火の粉がふりかかったらてめェらのせいだ。全員切腹だから」
「え?」

切腹なんていきなり言われて万事屋一同、間の抜けた声が漏れた。
そして、すぐに新八が声を荒げる。

「ムリムリ!! あんなもん相当ノリノリの時じゃないと無理だから!」
「心配いりやせんぜ。俺が介錯してやりまさァ。チャイナ、てめーの時は手元が狂うかもしれねーが」
「コイツ絶対私のこと好きアルヨ。ウゼー」
「総悟、言っとくけどてめーもだぞ」
「マジでか」

まさか、自分も切腹の対象だとは思わなかったのだろう。
総悟は素でびっくりしたような声を出していた。
いつもの様に二人で言い合いをしながら真選組の元へと戻っていく後姿を、刹希は見送った。

「銀さん、刹希さん、僕らも帰りましょうか」
「……そうね」

いつまでもこんな所で感慨に耽っているわけにもいかない。
新八の一声に刹希は頷き、歩き始めたが、銀時はその場で立ち尽くしたままでいた。
神楽がそんな銀時に促すように声をかける。

「銀ちゃん、何やってるネ?」
「ん? おお。……こいつァもう必要ねーな」

銀時は道信の付けていた鬼の面を出すと、軽く宙へ投げた。

「アンタにゃもう似合わねーよ。あの世じゃ笑って暮らせや」

木刀で叩くと、面は小気味良い音を立てて砕けた。
これで、道信も少しは報われたのだろうか。
刹希は胸の中でわだかまる形容しがたい感情を思いながら、帰路に着いた。




2017.3.17


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