B
総悟に煉獄関の探りを頼まれたその足で、刹希たちは鬼道丸を付けることになった。

「あの人も意外に真面目なトコあるんスね。不正が許せないなんて、ああ見えて直参ですから報酬も期待できるかも……」
「土方さんたちの口止め料も上乗せすれば結構弾みそうよね」

久しぶりに金にがめつい所を見た気がすると、新八は苦笑いする。

「私アイツ嫌いヨ。しかも殺し屋絡みの仕事なんてあんまりのらないアル」
「のらねーならこの仕事おりた方が身のタメだぜ。そーゆー中途半端な心構えだと思わぬケガすんだよ。それに……狭いから……」

銀時はそういうと疲れたような声をあげる。
何しろ、現在大人二人子供二人の四人で一人用の駕籠に乗っているのだ。
キツイってもんじゃない。よく入ったと逆に褒めたいくらいだ。
せめて二人組で別々ならよいのだが、金がないゆえの無理矢理な手段である。

「銀時がいることによって無駄に狭い……」
「それひどくない? 俺が一番場所取るみたいだろ」
「みたいじゃなくてそうでしょうが」

神楽を膝の上に座らせてなんとか場所を確保するけれど、辛い体勢だ。
早く鬼道丸が止まらないだろうか、止まらないとこっちも限界だ。

「刹希はもっとこっちに詰めても良いんだぜ?」
「新八、銀時がそっち詰めていいってさ」
「銀さん、こんなときまで下心出さないでください、面倒くさいんで」
「別にそういうんじゃねぇよ! 銀さんは刹希ちゃんが窮屈そうだから、心配して言ってるわけでね……」

横で言い訳がましくしゃべりだす銀時を、刹希は反応することもやめた。
日も傾き始めたことだし、今日の夕飯はどうしようか。
むしろ備考で夕飯どころではないか、一食抜きなら食費代が浮くなぁ、などとグルグル考える始末だ。

「オイ! 何ちんたら走ってんだ、目標見失ったらどーすんだ!!」
「うるせーな、一人用の駕籠に四人も乗せて早く走れるか!!」

といっても下に滑車があるのだから、持ち上げて運ぶよりもよほど体力バテするとは言えないだろう。
でもさすがに四人乗りはきつかった。
しかし金は惜しみたかった。

「あん? 俺たちはな、四人で一人なんだよ。俺が体で刹希が心臓で神楽が白血球、新八は眼鏡」
「眼鏡って何だよ! ってゆーか眼鏡かけてんの? どーゆう人なの」

また銀時が変な事を言い出したのに、刹希は呆れた。
というか、自分が心臓てどういうことだ。
自分が動かないと身体が動かないし死んでしまうではないか。めちゃくちゃ重労働な役回りな気がする。

「基本的には銀サンだ。お前らは吸収される形になる」
「嫌アル。左半身は神楽にしてヨ!」
「そういう問題?」
「私は心臓なら脳ミソがいいなぁ……銀時の体を我がものにする」
「人の体乗っ取る気満々だよこの人!」

くだらない話をしていると、ようやく駕籠が止まった。
新八が様子を窺い、目標が出てきたのを確認すると全員が駕籠から雪崩でた。

「行くぞ、後を追うぞ!いだだだだ!! 踏んでる踏んでる!」

銀時に三人それぞれ踏み越えて外に出た。
死にかけの銀時など置いて、目標の鬼道丸を追う。

「オイ、ちょっと待て! 代金!!」
「つけとけ!」
「つけるってどこに!?」
「お前の思い出に!」

もし取り立てが来たら真選組の沖田総悟につけることにしよう。
刹希は振り返ることなく、そんなことを心の中で決めたのだった。

こそこそと忍び込んでみると、中は廃れた建物があった。
如何にも人など住んでいなさそうだが、建物の中から物音が聞こえてくる。

「……お前らはここで待ってろ」
「銀さん!!」

銀時が茂みから出て軒先に近づく。
物音を立てないように障子を開けて、中を覗いている様子を茂みから見ていた刹希たちは、銀時の後ろに近づく男にはっとした。
作務衣を来た男は銀時の背後に立ち、両手を握り人差し指を立てると、目の前のケツの穴にぶっ刺した。
銀時は悲鳴を上げた。
刹希はもう退散しようかと思った。

もんどりうつ銀時を見かねて刹希たちは二人の元に駆けつけた。
泥棒と叫んでいたため、その誤解も解くためだった。
なんとか誤解は解けたようで、四人は廃寺の中に入れてもらえることになった。

「申し訳ない、これはすまぬことを致した。あまりにも怪しげなケツだったので、ついグッサリと……」
「バカヤロー人間にある穴は全て急所……アレッ?アベッ!ケツまっ二つに割れてんじゃん!!」
「銀さん、落ち着いて下さい。元からです」

既視感のあるやりとりだなぁと思いながら、刹希は招き入れてくれた男を見遣った。
廃れているといっても一応は寺であるここで、男は和尚のような立場なのだろう。
あまり見えない厳つい顔をしているが、隣室で騒いで楽しそうにする子供たちを見ればこの男は悪い人間ではないのだろう。

「そちらにも落ち度があろう。あんな所で人の家を覗きこんでいては……」
「……」
「スイマセン。ちょっと探し人が……」
「探し人?」
「ええ。和尚さん、この辺りで恐ろしい鬼の面をかぶった男を見ませんでしたか?」
「鬼?これはまた面妖な。では、あなた方はさしずめ鬼を退治しに来た桃太郎と言うわけですかな」
「三下の鬼なんざ興味ねーよ。狙いは大将首、立派な宝でももってるなら別だがな」
「宝ですか……しいて言うならあの子たちでしょうか」

いきなり面をした男に銀時たちは思わず叫び声をあげた。
その面は言わずもがなである、あの闘技場で目にした鬼道丸の鬼の面だ。
男が鬼の面を取り出してつけて見せたのだ。

「アナタ方、闘技場から私をつけてきたでしょう」
「え!? え!? ホントに、じゃ、和尚さんが!?」
「私が煉獄関の闘士、鬼道丸こと……道信と申します」

なんだか、やっかいな展開になってきたと、刹希は道信と子供たちを見て項垂れた。

隣の部屋で子供達と遊んでいた神楽は、幼児らに誘われて庭に遊びに行く。

「おねぇちゃんも一緒に遊ぼうよ」

一人の男の子がそう人懐こそうな笑顔で刹希の着物を引っ張る。
そんな男の子につられて神楽も誘ってくるが、刹希は苦笑して断った。

「あそこのお姉ちゃんに遊んでもらいなさいな。見ててあげるから」

さぁと、男の子背中を弱く押して、送り出す。
縁側に銀時と新八と揃って座った刹希は、道信から茶を受け取った。
なんだか、最初の緊張感がまるでない。

「オイオイ、いいのかよ。どこの馬の骨ともしれん奴に茶なんか出して……鬼退治に来た桃太郎かもしれねーぜ」
「あたなもいいのですか? 血生臭い鬼と茶なんぞ飲んで」
「こんなたくさんの子供たちに囲まれてる奴が鬼だなんて思えねーよ」

銀時の言うとおりだ。少なくとも、今の彼は鬼ではない。
だが、彼がこんな大人数の年端もいかない幼児を抱えているのは理由があるはずだ。

「……あの子供たちはどうしたんですか?」
「みんな私の子供たちですよ」
「あらまー、若い頃随分と遊んだのね〜」
「いえ、そういう事では……みんな捨て子だったのです」

刹希は道信に向けていた視線を子供たちに移した。

「孤児……アンタ、まさかこいつらを養うためにあんなマネを……」
「私がそんな立派な人間に見えますか? この血にまみれた私が……」

過去に負い目がある人間ほど、真っ当な事をしたくなるのだ。
自身の汚れた部分を綺麗にしたくて、少しでも世界に自分の今の姿を見てもらいたくて、子どもを拾う。人助けをする。人を救おうとする。
そんなことをしたって、酷くこびり付いた汚れは取れないというのに、人は無意識にしてしまうんだろう。

「今も昔も変わらず、私は人斬りの鬼です」

道信は昔から腕っぷしだけが取り柄だったのだという。
そんな彼は、気付けば人斬りなどと呼ばれるようになっていた。
幾人もその手で葬ってきたのだろう。

「やがて、獄につながれ首が飛ぶのを待つだけの身となっていましたが、私の腕に目を付けた連中に買われ、獄から出されました。それが奴らでした」

結局、道信は獄を出ても人を殺めなければならなかった。
なんて不遇なのだろうか。
だが、自分も大して変わらない刹希は何も言わなかった。

「……あなた方は煉獄関を潰すおつもりのようだ。悪いことは言わない、やめておきなさい。幕府をも動かす連中だ。関わらぬのが身のため」
「鬼の餌食になるってか?」
「それはそれで、面白そうだ……宝に触れぬ限り鬼は手を出しませんよ。あの子たちを護るためなら何でもやりますがね」

そういうと、銀時は笑った。
自身の膝に登ろうとした赤ん坊を抱き上げる様子を見た。

「鬼がそんなこと言うかよ……アンタ、もう立派な人の親だ」
「汚い金で子を育てて立派な親と言えますか……」
「でも今は悔いているんだろう?」

悔いているんだろう。
遠い昔に同じような事を言われたのを、刹希は覚えている。
遠い記憶、懐かしい記憶だ。

「最初に子供を拾ったことだって慈悲だとかそういう美しい心からではなかった。心にもたげた自分の罪悪感を少しでもぬぐいたかっただけなんだ」
「……そんなもんだけでやっていけるほど、子を育てるってのはヤワじゃねーよ。なァ? クソガキ……」

あの後言われた言葉に、刹希は少なからず救われていた。
不器用にも涙を拭ってくれた。
少しでもまともになりたいと思っていたが、こうして月日が経ち、本当に真っ当で言われているのか刹希には判断もつかなかった。

「先生コレ! どう似合う? ねェきいてる!?」

新八の眼鏡をかけた少年が走りやってきた。
けれど、道信は返事をしなかった。

「先生? 先生どうしたの!? オイお前! 先生に何言った! いじめたら許さねーぞ!」
「そうつァ、すまなかった」

銀時が抱いていた赤ん坊を少年に預け立ち上がるのを見て、刹希もゆっくり立ち上がった。

「こいつァ、詫びだ。何かあったらウチに来い……サービスするぜ」

名刺を子供に押し付けるように渡すと、銀時は門の方へと歩き出した。
まだ子供と遊んでいた神楽と新八に声をかけて、四人は帰り始めた。
そんな四人を、道信は最後まで見ていた。

「変な奴ら。そーいや、ウチに客が来るのって初めてだね、先生」
「……そうだな。最初で最後の客人だ」

表に出て帰りは歩きで帰ることになった。
新八と神楽が子供たちについてしゃべっている傍らで、刹希は銀時に言う。

「銀時、今回の依頼は本当ならやるべきじゃないって私は思ってるから」
「わぁってるよ」
「……深く足突っ込まないように……頭に入れといて」

彼はいつだって無茶をする。
目の前で誰かが泣いていたら手を差し延ばすし、誰かが助けを求めていたら助けてしまう。
いつも何かしら言い訳をして、彼は危ない事にも足を突っ込んで怪我をする。
今回も止めはしないのだろう。あそこまで知ってしまったら。




2017.3.1


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