B
「ささ、家事は妻である私がしますから」

さっちゃんはそういうと、どこから持ってきたのか、ピンクのエプロンと三角巾をして掃除機をかけ始めた。
仕事をとられたなぁと漠然と思いながら、まあ暇できていいかと考え直す。
とにもかくにも、ソファに四人並んで、さっちゃんを見ていた。

「本当にここに居座る気みたいですね。どうするんすか、銀さん」
「本気になった女はこってり背脂とんこつラーメンよりしつこいアル」
「参ったなァ……こういう時は糖分で気を落ち着かせるしかねーな」
「オイ、糖尿病設定忘れたんじゃないでしょうね」
「わ、忘れてねーよ?ただお前アレじゃん、ここ最近糖分は取ってないからご褒美だよご褒美」

我慢してたご褒美というが、描写してないだけでお前がどれだけ甘いものを摂取してるか、してないかなど判断できないだろう。
思いきり疑いの目で銀時を見るが、彼はおどおどしながらも甘いものの誘惑には勝てないらしい。
足早に居間を出て台所に向かっていくのだ。その数秒後。

「あぁぁぁ!オイ!冷蔵庫に入れてあった俺のプリンしらねーか!?」
「「「ううん」」」

新八、神楽、刹希は揃って首を横に振った。
銀時はもう一度刹希に捨てたのかと問うたが、さすがに食べ物を粗末にすることはしないと、刹希は首を振った。
すると、銀時はすぐに顔をさっちゃんに向け、足早に近づいた。

「あの、冷蔵庫にあったプリン……」
「あーもう!せっかく隠してたのにしょうがないな、この食いしん坊さん」
「あ?」
「今日は何の日でしょう?」
「え、何ですか?生ごみの日?賞味期限切れてたっけ?」
「もう、忘れたの?……さっちゃんたちが付き合った記念日だよ」
「ねぇ新八、今目の前で始まったこの寸劇は何なの?」
「僕に聞かないでください……」
「いきなりさっちゃんの態度変わったアル」

キャラ変更かよとツッコみたいレベルでさっちゃんの態度が変わっている。
この女、絶対何か企んでる。
刹希の第六感がそう言っている。
そうこうしている間に、さっちゃんがどこからか得体のしれない物を出してきた。

「じゃーん!記念の納豆プリンでーす!」
「うっ、わぁ……」

お皿に乗ったプリンの上に、ネバネバの納豆が乗っている。
その異様な物体に刹希は気分が悪くなりそうだ。
あれ絶対おいしくないだろと思ってしまう。
これはさすがに銀時が可哀相に見えてくる。だが一番可哀想なのはプリンだ。

「なんの罰ゲームですか、これは?」
「今日は特別に二人の好きなものを一緒にしてみました。はい、アーンして」
「ふざけるなァァ!」

さすが甘党。
甘いものに異色の納豆をぶっかけられるのは我慢ならなかったらしい。
思いっきりちゃぶ台返しのごとき華麗な手さばきでさっちゃんごと納豆プリンを投げた。
投げ出した。

「ねぇちょっと、あの床と絨毯誰が綺麗にすると思ってんの?お前らがやれよ」
「刹希さん、落ち着いてください……落ち着いて」
「なんだか昼ドラみたいになってきたネ」
「昼ドラっていうかDVでしょ」

銀時はこんなに暴力的だったかと刹希は考えるが、あまり記憶にない。
こいつの、さっちゃんのせいでキャラ変わってないかと思ってしまう。
だがしかし、銀時としては刹希に暴力なんて一度も振るったことなどないのだから、刹希に心当たりがないのも道理なのだ。

「オイ、押しかけ女房のあとはさっそく俺の可愛いプリンに嫌がらせかテメー。この家のパワーバランスはまず俺!次に甘味だ、覚えとけ!」
「オイぃ!甘味がナンバー2かよ!」
「てか誰がナンバー1だって?寝言は寝て言ってくれる?」

調子に乗っていう事言っている銀時に、刹希は不敵な笑みを浮かべて銀時を見遣る。
さすがに言い過ぎたと、銀時は思ったのがすぐにいつもの調子で謝り倒してくる。

「この家のパワーバランスは稼ぎ金で決まってんのよ、覚えとけ!つまり私がナンバー1!」
「そういうことだ!刹希がナンバー1で、俺がナンバー2だからな、覚えとけ!」

お前ら本当は夫婦なんじゃねーのか!
新八は本当にツッコみたかったそうだ。
銀時はどうでも良いとして、やはり刹希の反応が怖いため、心の内で思い止まってしまう。
そんな二人を前にしても、さっちゃんは挫けなかった。
床に散らばった納豆プリンをかき集めて銀時にまた差し出す。

「そんなに照れないでいいのよ、はいお食べ」
「こんなの食えるかァァァ!!」

容赦がない。
無理矢理プリンを口に叩きこまれたさっちゃんはまた床に倒れた。
なんだこれ、と思っているとさっきまで横にいた神楽が、床に散らばっている納豆プリンを拾って食べていた。

「大丈夫ヨこれ案外いけるアル」
「お前が食うな!」
「アレいけるんだ……」

想像もつかない味なんだろうなァと刹希は考えていた。

「てめーで食わねぇのに勝手にプリンに納豆コラボレーションさせんなバカヤロー。プロビューサー気取りか?カーディガン肩から掛けんぞ!」
「はぁ、私なんで今日バイト入ってないのかしら」
「イヤイヤ、これバイトどころの話じゃないですよ」
「イヤイヤ、これ私に関係ない案件だし」

銀時の問題だしと、刹希はお茶を飲みながら言う。
バイトに行けばこんな茶番を見せつけられなくてすむというのに、刹希は軽くため息をついた。
散々文句を言う銀時となぜか嬉しそうにするさっちゃんに、妙な光景だと感じる。

「大体なァ俺が一夜の過ち侵すわけねーだろ!俺は刹希一筋なんだよ!」
「戦争中に花街行ってた奴が良く言えるな」

地を這うような声音に、一瞬で場の空気が凍りついた。
刹希はいたって普段と変わらない表情でお茶を飲んでいた。
それが余計に怖い。
銀時も変な汗が止まらない。

「まぁ、私としてはこのダメ男をさっちゃんがもらってくれるなら?とてもありがたいけどね」
「ちょ、刹希さん!?」

にっこりと微笑んで言えば、銀時が慌てだす。
ガーンとショックを受けつつも、刹希の一言がかなり効いているらしい。
そんな刹希と銀時のやりとりに、さっちゃんが怪訝そうに刹希を見据えた。

「あなた、一体銀さんのなんなの?」
「え?」
「見たところ兄弟でもなさそうだし、まさか恋人!?」

私と言うものがありながら!!とさっちゃんは声を大きくして狼狽えた。
そんな言葉を投げつけられて、刹希はお茶をテーブルに置いて考える。

「……幼馴染……いや、保護者かな」
「違ェだろーがよ!」
「似たようなもんだと思うけど?世話してるの私だし」

呆れたようにいう刹希だが、さっちゃんは世話してるという台詞に敏感に食いついた。
なるほど、そういうことねと何を考えたのか、銀時を指差した。

「二股ね!?私というものがありながら愛人まで囲って!」
「はァ!?」

二股発言に今度は刹希が声を上げた。
頭が痛くなる展開だ。
誰が愛人だ、誰がとさっちゃんの指をへし折りたい心境になる。

「愛人なわけねーだろ、どっちかってーと俺のお嫁さ」
「何気持ち悪い事言ってんだ」
「じゃあ、私が浮気相手ね!?」
「え、私いつから銀時の正妻になったの?嫌なんだけど」
「じゃあやっぱりあなたが浮気相手ね!」
「ちょっとこのアッパラパー話が通じないんだけど!」

これが銀時だったらクナイの的にでもなっているところだ。
笑顔を引きつらせながら、なんとか手が出るのを抑えるばかりだ。

「大体、天地が引っくり返ろうと明日世界が終ろうと、銀時とそんな関係になりたくもないですけどね」
「おーい、さっきから俺のライフポイント削られまくりなんですけどォ」

銀さん泣いちゃうよと、すでに半泣きの銀時。
この修羅場みたいな空間で、新八は心底帰りたいと思ったのだった。


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