もう夕暮れ間際だった。
バイトの時間も終わった刹希はあじさいを出て、歩いていた。
ふと、視界に入った昼間に見た姿に刹希は首を傾げた。
「何やってるの?あんたら」
「え?」
「げ、刹希」
何が「げ」だというのだろう。
何かやましい事でもしてるのかお前は、と刹希は目を細める。
女装をしている銀時と小太郎は近所の子供と一緒にいた。
廃れた塀を見ていたが、どうかしたのだろうか。
「仕事はどうしたのよ」
「あ、いや、これには色々あってだな」
「近頃童の間で肝試しが流行っているらしくてな、西郷殿の御子息が入っていって帰ってこないらしい」
「ああ、てる彦くんが……」
子供のくせに妙に空気を読んでいる子供。
なんだか自分に似ているなあと刹希は思っていた。
そんなてる彦が帰ってこないとなれば、西郷も随分と心配するだろう。
けれど、目の前の屋敷はいかにも空家と言って差し支えないのだが、子供たちはそれを否定した。
「こないだも得体のしれねー獣みたいな鳴き声きいたし、なんか絶対いんだって」
「……化け物屋敷って奴か」
話している間に小太郎が塀の崩れた隙間から敷地内に入っていく。
銀時もそれに続いて這いずって侵入しようとした。
したのだが、途中でぴったりと動かなくなった。
「オイヅラ、おめースゲーな。よくこんなせまいトコ……」
足を這わせているのを見ていた刹希だったが、ぴたりと動かなくなった銀時を見てまさかと思う。
「銀時?」
「アレ?ウソアレ?マジでか?マジでか?」
焦る声が壁の向こうから聴こえてくる。
小太郎と何か喋っているようだが刹希にはよく聞こえない。
とりあえず、つっかえてしまってどうしようもないことだけが刹希の中で理解できた。
「……君たち、てる彦くんの親にここのこと知らせてきてくれる?」
「ええ!!なんで俺たちが」
「いいわね?坊や達」
頭をガシっと掴んで脅すように言いつけた。
子供は顔を青くさせて走っていく。
それを見てから、刹希はカバンを腕に通して助走をつけて塀に飛び移った。
「自分の体型考えてから入りなさいよね」
「刹希!!おま、その手があったか!」
「アホなの?」
悔しがる銀時に刹希は呆れてしまう。
軽やかに塀の上から小太郎の脇に飛び降りて周囲を見回した。
「頭がパーだからそんな歪んだ毛が生えてくるんだ。ホラ、力を抜け」
「いでででででダメだ!もうほっといてくれ俺もうここで暮らすわ!」
「そりゃ生活費浮いて助かるわね」
「嘘!やっぱ助けてください!刹希様ァァ!」
涙声で懇願する銀時だが、刹希はやっぱこのまま放置でもいいんじゃと考える。
と、その時。
草むらの方から一瞬、葉が擦れる音が聞こえた。
「!!」
ここは誰もいないはず。
刹希も銀時も小太郎も、驚いて音がした方に顔を向けた。
「てる彦くん?てる彦くんだよな……てる彦くんだと言ってくれ」
銀時の問いかけにも反応がない。
刹希と小太郎は顔を合わせ、アイコンタクトをとった。
同時に音の正体を確かめようとして動いたが、それを銀時が穴から出ていた腕を伸ばして、小太郎の足を掴んだ。
そのまま刹希は歩いて行こうとしたが、小太郎が待てという。
「てめェら、普通この状態の俺置いてくか?」
「貴様ここに住むと言っていたではないか」
「そうよ」
「心配するな、スグ戻ってくる。カステラ買ってくる、カステラだから」
「カステラなんか何に使うつもりだよ!!ヅラ子ォォ、私達ツートップ今まで頑張ってきたじゃない!!」
「しるか」
「わかった!あのアレだ!昔お前が欲しがってた背中に「侍」って書いてある革ジャンやるから!」
「誰が着るかァァそんなセンスの悪い革ジャン」
「ねぇ、私行っても良い?」
「何をやっとるんだ、おぬし達」
……。
刹希は現れたハタ皇子と目の前のくだらないやり取りに心底頭を抱えたくなった。