B
刹希が西郷と初めて会ったのは攘夷戦争に参加していたときのことだった。

「私としたことが……」

森の中でぽつんと立ち尽くしながら、刹希は小さくつぶやいた。
数刻前までは銀時達といたのだが、今は一人だ。
なんで、と言われれば、迷ったのだ。

正確には迷ったというよりも、置いて行かれたというほうが正しいのかもしれない。
久々の町で刹希は少し浮かれていたのだ。
久々に見るかわいい簪とかきれいな着物とかおいしそうな食べ物とか、そういったものに目移りしていたのだ。

「おーい、刹希置いてくぞ」
「迷子になるんじゃねーのか、あいつ」
「みんなと違って私は迷子になんかならないよ」

そう露店に顔を向けながら刹希は言った。
銀時や晋助と違って、自分はしっかりしているし、大丈夫。
そんなことを考えていたのだが、今、刹希は見事に一人でいた。
一人でいることに取り乱したりはしないのだが、戻った時にほら見たことかと言われるのが嫌だった。

「確かこっちの道で合ってるとは思うんだけど……」

朝見せてもらっていた地図を頭の中で思い浮かべて歩いているのだが、一向に出会える気がしない。
もしかしたら、もう会えないのではないだろうか。
刹希の脳裏にそんなことが思い浮かんでくる。

それはそれで、まあ、いいのかもしれない。
ぼんやりと歩を進めながら、またそう考える。
長いこと彼らといすぎたのだ、ここではぐれて会えなくなっても未練なんてないだろう。
刹希はうんうん頷きながら、それでも歩いた。
結局、また会いたかったのだ。

そのとき、木の葉がうごめく音がした。
刹希は咄嗟に足を止めて周囲を見回した。
こんなご時世、森の中に入れば敵がいても可笑しくはない。
けれど刹希は武器といえる武器を持っていなかった。
当時の刹希は武器は持つなと銀時達に言われていたのだ。

現れたのはやはり天人だった。
5人、それなりの集団だ。
ばったり鉢合わせしてしまったといった感じで、お互い少し視線を交合わせていたが、天人が笑ってしゃべりだした。

(どうしようかな、武器も特にないし……さすがに走って逃げるのは難しいし)

けれど、ここで死ぬのも虚しい。
嬲り殺そう。
そう言った声に、刹希は後ろに下がる。
にじり寄り、武器を向けてくる天人に、これはもうダメかなと思った。
その時だった。

「おらァァァ!!」
「!」

視界の横からいきなり現れた大男に刹希は目を見開いた。
男はすでにボロボロな状態で、なぜかふんどし一丁だった。
けれどとても強かった。
驚いて一斉に向かってきた天人を腕っぷし一つで全員倒してしまったのだ。
刹希は大げさに呼吸する男に声をかけた。

「あ、あの……ありがとうございます」
「お前みたいなガキがなんでここにいるんだ?」
「ま……仲間に置いてかれて」

迷子とはさすがに恥ずかしくて言えなかった。
置いていかれたのも自分に非があるため、あまり声を大にしては言えなかったが。

「仲間?……まさか、戦争に参加してるのか?」
「そうですけど」

戦闘要員ではないどねと刹希は心の中でつぶやいた。
男は刹希を頭からつま先までじろじろ見てため息をこぼした。
きっと、こんなひ弱そうなやつが参加しているなんて、ただの無駄死にをするだけだと、そう思っているのかもしれない。

「あの、私を隣村まで連れて行ってくれませんか?」
「なんで俺が」
「私、今武器持ってないんで」

そんな無防備な子を一人山に置いていく気ですか?
刹希は首をかしげてそう言った。
男は苦笑して了承してくれた。

「お前、もしかして女の子か?」
「はい」

山道を歩きながら、男が聞いてきた。
もう会うこともない相手だろうと思い、刹希は素直に肯定した。

「なんで女が戦争になんか参加してるんだ」

親はどうしたと聞く西郷に、刹希は笑って言った。

「色々あって、とっくの昔に家は出でるんです。で、放浪してた時に今の仲間に会って、その流れで参加してるんです」

これでも私武器があればそこら辺の男より強いですよ、と刹希は笑う。
その笑顔に男はどこか寒気がした。
確かに、このご時世、戦争に参加しているのに、彼女の身なりは小奇麗だった。
汚れも破れも見当たらない。

「私、刹希って言います。あなたは?」
「西郷だ、西郷特盛」
「ちょうど通りかかってくれて助かりました」

すでに森を抜けて村が遠目に見えていた。
ここで大丈夫ですと刹希は言い、頭を下げる。

「死なないようにな」
「はい。西郷さんも」

西郷は笑った。
まさかこんな子供に心配されるとは思わなかった。
西郷は軽やかな足取りで村に向かう刹希と遠くから走ってくる白髪の男を見た。
あれが仲間だろうかと思いながら、西郷はまた森に足を踏み入れる。

それから戦争も終結して、西郷も刹希も、このことをすっかり忘れてしまった。
その後何年もたってから、かぶき町で再会をしたのだけれどそれはまた別の話である。


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