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銀時と土方が廊下で振り返った後の神楽たちはというと、蔵の中にいた。

「やられた……今度こそやられた」

再び屯所内に響いた男二人の叫び声を聞いて、新八は頭を抱えて言う。
幽霊じゃないにしても、あの女の形相は相当なものだ。
どう考えたって普通じゃないのは見てわかる。
これからどうしようと一人考えあぐねていると、横にいた総悟が呑気なことを言い出す。

「しめた、これで副長の座は俺のもんだィ」
「言ってる場合か!」
「オイ、誰か明かり持ってねーかィ?あっ!蚊とり線香あった」

マイペース極まりない。
この人にツッコんでたらキリがないと思った。
とにかく今は幽霊の方だ。

「なんだよアレ〜、なんであんなんいんだよ〜」
「新八銀ちゃん死んじゃったアルか、刹希置いてきぼりしちゃったけど大丈夫カナ」
「刹希さんは幽霊平気みたいだし、取り乱してどうにかなるとは思わないけど……」
「あの人は幽霊に祟られて死ぬより幽霊たたっ斬る人種だと思うねィ」

平然とそういう総悟に、今回は同意してしまいそうだった。
怖がる男二人の横で、呆れた顔つきで幽霊を見ながら走っている刹希には感服するほどだ。
銀さんもあれくらい男らしければまだ尊敬もできただろうにと、なんだか思考がズレて行っている気がする。

「絶対なんか真選組に恨みでもあんですよ、なんでこんなことに〜」

新八の恨みがましい言葉に、総悟が思い出したように声を漏らす。

「実は前に土方さんを亡き者にするため、外法で妖魔を呼び出そうとしたことがあったんでィ。ありゃあ、もしかしたらそん時の……」
「アンタどんだけ腹の中まっ黒なんですか!?」
「元凶はお前アルか!あのれ銀ちゃんと刹希の敵!!」
「あーもうせまいのにやめろっつーの!なんでお前ら会うといっつも……」

花見の時からこの二人は喧嘩をよくすると思ったが、ここまで来て取っ組み合いを始めようとする。
新八があたふたしていると、前から風を感じて扉の方を見た。
「あれ、扉が開いてる」なんて思っていると、少し開いた扉の隙間から、何かがこちらを見ていた。
血の気が引いている感覚もあるが、思わずじっと見てしまうのが人の性だ。

「ぎゃああああああああああ」

あの、銀時と土方の後ろにいた女の形相だと認識すると新八は思っくそ声を張り上げた。

「でっ……でっでで、出すぺらアどォォォ!スンマセン!とりあえずスンマッセン、マジスンマッセン!てめーらも謝れバカヤロー!人間心から頭さげればどんな奴にも心通じんだよバカヤロー!!」

そういうなり両脇にいた神楽と総悟の頭を掴み、新八は容赦なく地面に叩きつけた。
いきなりすぎて受け身も取れなかった総悟は気絶した。
もうこの先一生見れない光景かもしれない、と刹希なら言うところだろう。

「あのホントォ!くつの裏もなめますんで、勘弁してよォマジで!僕なんて食べてもおいしくない……ん?アレェ?……いない」

気が付くと扉の隙間から覗いていた女は消えていた。
銀時たちの方へ行ったのだろうかと、新八は考えながら、総悟の持っていた蚊取り線香に何か思い当たるものを感じたようだった。

所変わって大人組サイドである。
池の近くにある茂みに隠れている刹希と銀時。
銀時に引っ張られてなぜか一緒に隠れているのである。

いつまで隠れてるんだろう、なんて考えている最中も、夏場ということもあり蚊の羽音がうるさい。
夏なのだから仕方ないだろうと割り切る刹希と、幽霊の恐怖も相まって短気になっている銀時が羽音に苛立っている。
かれこれ五分ほど経っただろうか、ついにイライラも頂点に達したらしい。

「「うるせーって言ってんだよブンブンよォ!!」」

銀時と土方が立ち上がって怒鳴った。
一体誰にどなってるんだと、いや蚊にだろうが、刹希は今日何度目になるか分からない呆れた視線を銀時に向けた。
そんな刹希の視線にも気が付かず、銀時は池から出てきた土方と言葉を交わしていた。

「……てめェ、生きてやがったのか」
「お前こそ、悪運の強い野郎だ」
「何、なんなの?この死線をくぐり抜けたみたいな会話?」

「ただ幽霊から逃げてただけだよね?あんたら」とツッコむが二人は聞こえない振りを決め込むらしい。

「……ア……アレはどこいった?」
「しらん。他の連中の方に向かたんだろ」
「逃げやがったか。実はよォ、さっき追いかけれられる時、俺ずーっとアイツにメンチきってたんだアレ効いたな……」
「ほざけよ。俺なんて追いかけられてる時ずーっと奴をつねってた」
「ちっせーんだよ俺なんてお前……」

どんぐりの背比べかよ、とイライラしてしまう。
そんな中、茂みから葉擦れの音が響いた。
瞬間、銀時と土方は同時に池に飛び込んだ。
けれど茂みから出てきたのは蛙である。
顔を出してきた二人に、刹希は満面の笑みで言った。

「幽霊に、何してたんですっけ?」
「さ……さ〜て、水も浴びてスッキリしたし、そろそろ反撃といくかな」
「無視かオイ」
「無理すんなよ、声が震えてるぜ。奴は俺がしとめる、ヘタレは家で屁たれてろ!」
「土方さんアンタもですか」
「びびってんのはテメーだろ、わざわざ池に隠れてたのは股間がびっしょりだったからじゃねーの?」
「なんだテメー、幽霊の前にテメーを退治してやろうか!」

強がり男二人の言い争いほど見るに堪えないものはない。
無視もいいだろう、それなら絶対何があっても助けない、と刹希は心の中で鋼の心を持って誓った。
勝手に自爆しろ甘党、マヨラー!

「テメーにはいろいろと借りがあるからな、延滞料金も含めてここでキッチリ返してやってもいいんだぜ」
「え?何か貸したっけ?もういいよあげる!僕もう新しいファミコン買ったから」

先ほどから、またブーンブーンと羽音が聞こえてくる。
音が大きくなって会話もさえぎられるほどである。
イライラした二人が、無視を決め込んでいた刹希に怒鳴った。

「なんだうるせーな!刹希か!?」
「なんだうるせーな!綾野か!?」
「私なわけねーだろ、アンタらの耳は腐ってんのかァァ!?どー考えても私じゃなくてアッチだろ!こっち来てる赤い着物の女でしょ!!」

イライラが伝染して思わず言ってしまった。
幽霊の存在まで教える気もなかったが、口からついて出たものは仕方ない。
刹希の指差す先を二人が見るとえええ!?と声を上げる。
こちらに飛んでくる赤い着物の女を、銀時と土方はギリギリで飛び避ける。
その様子を、刹希は近くにあった岩の上に座って見ていた。

「オオオオオイ、あんなんありか、ととと飛んでんじゃねーか!」
「土方さーん、幽霊は基本浮いてるので飛んできても何らおかしくありませんよ」
「あ、そっか」

浮いているのを飛ぶと言い換えていいものかどうか、普通なら不自然なのだが、パニック状態の今の土方は簡単に納得してしまった。

「ななな何、おおおおお前ひょっとしてびびってんの?」
「バババ馬鹿いうな、おおお俺を誰だと思ってんだテメェ!」

巷で噂の泣く子も黙る鬼の副長様ですよね、知ってます。

「てかなんでお前はそんな冷静なんだよ!?」
「さっきからずっと座ってるけどなんなの刹希ちゃんんん!?その高みの見物加減イラッとする」
「だって、多分赤い着物の女、男が標的だし」
「え、そうなの?」
「うん」

厳密には男が標的とは断定できないのだが、今の面子からいえば、刹希自身襲われる確率が低いだろうと考えている。
現に女は旋回しながら銀時と土方に向かってばかりだ。

「だから、まあ……二人共頑張って」

にこにこと手を振ってまさに高みの見物である。
いっそ清々しいその振る舞いに、銀時の良い所を見せなければスイッチが入ったらしい。
きっと彼の耳には「銀時ならできるよ(ハートマーク)」が聞こえていたはずである。
現実そんなこと一言たりとも言っていないが。

「じょ……上等じゃねーか、よ……よーし、じゃあお前は奴をひきつけろ、俺はあの……アレするから」
「おいィィィ!!アレするからって何だァァ!エスケープか!?ずらかるつもりだろテメェェ!」
「ちち違うってあの……アレだ、バズーカで撃つ」
「バズーカなんてどこにあんだよ!?」
「人はみんな心にバズーカもってんだよ!」
「テメーだけ逃げようたってそうはいかねェ!」
「オイオイ何してんだテメッ……!!」

土方は逃げようとする銀時の胴体を掴んだ。
二人の背後からは女が飛んできている。
おお、と刹希はその模様を楽しんでいた。
これはまさかの奇跡が起こるのではないだろうか、と一人で楽しんでいた。
そして奇跡は起きる。
土方が銀時を後ろにそり投げたと思ったら、銀時の頭と女の頭が直撃した。

「「ごぶェ!!」」

女と銀時の呻きにも似た声が響いた。

「敵前逃亡は士道不覚悟だ、もっぺん侍道をやりなおすんだな」

今度は勝った、となぜか誇らしげな表情をする土方。
こういうところは小さいなと思う刹希。
幽霊女も再起不能の様だし、縄で縛っておくかと考えていると、銀時が女を抱えて立ち上がった。

「何しやがんだテメェェェ!!」
「ぶを!!」

銀時は怒りにまかせて女を土方に投げつける。
もろ当たった土方は頭に直撃したのか頭部を抑えていた。

「俺に侍道を説くなんざ百年早いんだよ……アレ?」
「銀時、ロープ持ってきて、縛るから」
「……どんな時でも冷静な刹希に銀さん惚れ直しそう」
「ハイハイ、どーでもいいから早く縛るもの」

何はともあれ幽霊騒動は終結しそうである。
長い夜だった気もするし、短かった気もする。

とにもかくにも男二人の石頭を食らった女は完全に気絶していて、縛り上げるのには苦労しなかった。
合流した総悟が面白がって屯所の縁側からよく見える木の枝に、逆さ釣りにしたのはさすがドSというべきだろうか。

翌朝、復活した近藤とともに隊士たちが、逆さまになって吊るされている女に事情聴取?を取っていた。

「あの〜、どうもすいませんでした〜」

女はあの形相を少し緩めて謝罪した。
怖いものには変わりない。

「私、地球でいう、いわゆる蚊みたいな天人で、最近会社の上司との間に子供ができちゃって、この子産むためにエネルギーが必要だったんです」

女はそう言った。
どうやらエサ場を求めていたら、男だらけでムンムンしてるこの屯所をみつけたのだとか。
絶好のエサ場というやつである。

近藤たちと女のやり取りを縁側に座って聞いていた刹希に、隣に座っていた土方はおもむろに尋ねた。

「綾野、お前はいつから気付いてたんだ?」
「はぁ……巻き添えで一緒に逃げてる時ですかね」

至極真面目な口調で聞いてくる土方と打って変わって、刹希はどーでもよさそうに答えた。
刹希としては、本当に幽霊などというものに恐怖も感じないし興味もない。
だから、現れた時からずっと女のことを観察していた。

「どう見ても羽生えてるし、一緒に逃げててもあの天人、私ガン無視でしたし」
「なんだよォォ結局見てんじゃん、意地悪しなくても良くないィィ!?」
「うるさい」

銀時を鬱陶しく押し返しながら、事も終わったことだしせめても自分の意見を添えておくことにした。

「この周辺には民家も多いでしょう。それなのに、天人が現れて数日ここに入り浸ってるということは、男が標的なんてすぐ考えつきますよ。なので私は二人が慌てふためいている様を見てました」
「「なんつー悪趣味……」」
「でもいい連携でしたね、笑っちゃいます」
「全然褒める気ゼロじゃねーか」

わかります?と言えば、隠す気ゼロだからなと返ってきた。

「言っとくが報酬なんぞやらんぞ」
「えー、くれないんですか?せっかく幽霊退治手伝ったっていうのに、身勝手……」
「状況ややこしくしたのはてめーらだろうが」
「ややこしくした覚えないですよ。私たちがいなかったら、今でも幽霊に悩まされてましたよ?ふふふ」

意地悪く微笑すると土方は心中、本当に抜け目のない女だと嫌というほど思い知らされる。
そんな土方の心の内を知ってか知らずか、刹希は霊媒師を紹介したのも私ですよと恩着せがましく言う。
それに関して言えば、土方にとって全くの有難迷惑だといえるのだが。
銀時はため息をついて土方に言う。

「諦めろ、刹希は目ェつけたら金はケチらねェ主義なんだからな」
「おめーらどこのチンピラだァァァ!」
「わかりました、今回はこれで手を打ちましょう」
「何請求書渡してきてんだ?払わねーって言ってんだろーが」
「土方さん、これからもきっとこういうことありますよ?」
「あ?」

突然刹希の声音が真面目になって、土方も調子が狂う。

「ただでさえ恨みを買いやすい仕事柄、死んだ人が化けて出るかもしれないじゃいですか……」
「……んなわけねーだろ、脅しても無駄だぞ」
「いえいえ、私、昔憑かれたことあるので……一応土方さんにもご忠告を……」
「え……何、まじなの」

ここだけの話と言わんばかりのひそひそ声に、土方が信じ始めてしまった。
それに調子に乗った刹希が、土方の後ろを指さす。

「ほら、あなたの後ろにもこの前殺したあの人が見ている……」
「……」

また冗談をと思いつつ振り返ろうとした瞬間、後ろの部屋の障子が勢いよく開いた。

「銀ちゃんそろそろ帰……って、何やってるアルか、二人とも」
「「いや、コンタクト落としちゃって」」
「やっぱり似た者同士ね」

一瞬の行動。
縁側の下に隠れようとする銀時と土方に、刹希は失笑するばかりであった。




2015.12.29


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