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便器から救出された近藤は自室の布団に移された。
あの短時間で一体何が起こったのか全くわからないが、他の隊士同様にうなされている。

「う……あ……あ、赤い着物の女が……う……う、来る。こっちに来るよ……うぐっ!」
「近藤さ〜んしっかりしてくだせェ、いい年こいてみっともないですぜ寝言なんざ」

総悟がゆるーい口調で言う。
寝言というかうなされているけれど、全く心配そうにしないあたりやっぱりSである。

近藤がついに寝込む形になってしまったが、これは大変なことになったと感じているのは土方と刹希と新八くらいだ。
ほか三人はいつもの調子である。

「……これは、アレだ。昔泣かした女の幻覚でも見たんだろ」
「近藤さんは女に泣かされても泣かしたことはねェ」

ちょっといい感じに言っているがそれはそれで残念極まりない。

「じゃあアレだ。オメーが昔泣かした女が嫌がらせにきてんだ」
「そんなタチの悪い女を相手にした覚えはねェ」
「タチの良さそうな女なら、土方さんにまとわりつきますからねェ」
「お前は俺に恨みでもあんのか?」

いえいえ全く、ただの嫌がらせですと笑って言えば、じゃあお前が犯人だなとキレそうな雰囲気で言う。
どちらにしても、近藤にも土方にも女に恨まれる覚えはないらしい。

「じゃあ、何?」
「しるか。ただ、この屋敷に得体の知れねーもんがいるのは確かだ」

土方の言うことは最もだ。
でなければ、いきなり近藤が倒れるわけも、倒れた者の口からついて出る赤い着物の女の理由もつかない。
そして、刹希自身感じた視線は一体なんだったのか、という答えも不明のままだ。

「……やっぱり幽霊ですか」
「あ〜?俺ァなァ、幽霊なんて非科学的なモンは頑固信じねェ。ムー大陸はあると信じてるがな」
「?」

銀時はそう言いながら、なぜか隣に座っていた神楽の頭を撫で始める。
あ、怖いんだな、と刹希は隣の光景を冷静に見て判断する。

「アホらし、つき合いきれねーや。オイ、てめーら帰るぞ」
「銀さん……なんですかコレ?」

立ち上がった三人は、銀時を真ん中に新八と神楽が仲良く手を繋いでいた。
どういうことだと言わんばかりに新八が繋いでいる手を見て、銀時に尋ねた。

「なんだコラ、てめーらが恐いだろーと思って気ィつかってやったんだろーが」
「銀ちゃん手ェ汗ばんでて気持ち悪いアル」
「刹希さん、まさか旦那、幽霊が怖い口ですかィ?」
「あー……」
「違うって言ってるじゃん!ガキが怖くないよーにしてやってる銀さんの優しさじゃん!」

総悟に聞かれて言おうかどうしようか迷っていた刹希の言葉を、銀時は遮って否定する。
だが、それが益々自分の首を絞めているのだけれど、銀時はそこまで頭が回っていない。
もうここまで来たら嘘を突き通すのなんて無理だろうに。

「はぁーこっちがつき合ってられねェな。総悟、俺たちァもう一回不審者がいねぇか調べるぞ」
「はぁ、それはいいですけどねィ……」
「あの……なんで私までこうなってんですか?」

土方につられて立ち上がったが、刹希は自分の手元を見て土方を見上げた。
なぜか、土方と手を繋いでいる状況にデジャブを感じる。
え、なんで私まで?と本当に状況がつかめなくて、刹希は素で困った。
それを見て声を上げたのはもちろん銀時である。

「オイオイ、なんでお前ェが刹希と手ェつないでんのォォ!!普通そこは主人公である俺の役割じゃないィィィ!?」
「なに言ってんだ、俺はなァ別にそういうんじゃねーよ。女子供は幽霊の類が怖いだろーが、つまりそういうこったよ」
「どういうこったよですか、土方さん」
「言っとくけどなァ、刹希は全然全く幽霊なんか怖くもなんともねーんだからな、どーでもいいから早く手離してくれませんんんん!?」
「あっ!赤い着物の女!!」

総悟が突然、大きな声を張り上げた瞬間、ガシャンと大きな音が間髪入れず起こる。
見れば銀時が背後にあった押し入れに頭から突っ込んでいた。

「何やってんスか銀さん?」
「いや、あの、ムー大陸の入口が……」
「やっぱり旦那、幽霊が……」
「なんだよ」

でかい声でその続きをもみ消す。
どんだけ認めないつもりなんだこの男。
と、銀時に呆れているが、もっと呆れたいのはもう一人の男だ。
すでに自由になった手を腰に当てて、土方のいる方へ視線を向けると……。

「土方さん、何をやってるんですかィ?」
「いや、あの、マヨネーズ王国の入口が……」

欄間に置いてあった大きな壺に、なぜか頭から突っ込んで、マヨネーズ王国とやらに行こうとする土方にコレジャナイ感が漂った。
もしかしなくても、土方も幽霊が怖い、というオチか。
つくづくこの二人、似ていると思わざるを得ない。

「待て待て待て!違う、コイツはそうかもしれんが俺は違うぞ!」
「びびってんのはオメーだろ!俺はお前、ただ胎内回帰願望があるだけだ!!」
「それはそれで引きますけどね」

苦し紛れるぎる言い訳に刹希は冷淡にツッコんだ。
マヨラー以外はまともで良い人だと思っていたが、まさか銀時と同じように言い訳がましいとは。
男としてはやはり幽霊にビビっているなどと思われたくないのだろうか。
男のプライドって面倒臭いなぁとつくづく思ってしまう刹希。

「わかったわかった、ムー大陸でもマヨネーズ王国でもどこでもいけよクソが」
「「なんだそのさげすんだ目はァァ!!」」

そりゃさげすみたくもなるわ。
あほらしいと思っているとガッと銀時に手をつかまれた。

「刹希は俺とムー大陸行ってくれるもんな!」
「なんで私に振るんですかねェ、手を放していただけません?」
「ちょ、冷たい!なんで敬語!?」

お前のムー大陸の件があほらし過ぎるからだよ、なんて口には出さない。
言ってみれば、友人だけど他人の振りをしたくなった時の心境そのものだ。
手を払おうとするのだが、お前も道ずれだ!と言わんばかりに離れない。
幽霊よりお前の執着が怖いわ!とさえ思い始めた時、神楽が声を出す。

「ん?」
「?」
「なんだオイ」
「驚かそうだってムダだぜ、同じ手は食らうかよ」

銀時と土方はそういうが、新八たち子供勢は顔を真顔にして銀時たち、の、後ろをまじまじと見ていた。
その模様が怖かったのか、銀時と土方にも緊張が伝染していた。

「……オイ、しつけーぞ」
「ぎゃああああああ!!」
「オッ……オイ!!」

神楽を筆頭に叫び声をあげて子供たちは部屋から出て行った。
そりゃ、逃げたくもなるだろう。そうだろう。
刹希自身、出来ればそうしたかった。

「……たく、手のこんだ嫌がらせを」
「これだからガキは……」
「「ひっかかるかってんだよ」」

そういって振り返った二人の目の前には、逆さまになってる赤い着物を着た女が目を見開き口を大きく開いてこちらを見ていた。

「こっ、こんはんは〜」

刹希は締まる腕に痛いと思いつつ、人は本当に驚いたとき、叫び声が出ないというが、まさか挨拶するなんて、と考えていた。
けれど次の瞬間、深い夜の空をつんざく二つの叫び声が轟いた。
刹希は銀時に腕を思い切り引っ張られて一緒に走り始めた。

「うわばばば!!こっち来るなァァ!!」

先を走っている新八がこちらを見ながらそう叫んでいた。
確かに、男二人の後ろにあの赤い着物の女がいるのだから、そう叫びたくもなるだろう。
端で一緒に走っている刹希は無表情なせいで、それはそれで怖かっただろう。

「オイぃぃぃ、なんで逃げんだお前らァァ!!」
「アレ?ちょっと待て、オイ、なんか後ろ重くねーか?」

ようやく気がついたらしい。

「オイぃ、コレ絶対なんか背中乗ってるってオイ!ちょっと見てくれオイなんか乗ってるだろ!」
「しらん!俺はしらん!」
「いや乗ってるって、だって重いもんコレ!」

乗っているというか、それは全力で止まりたい刹希が抵抗しているせいだと思われる。
性格には赤い着物の女はすぐ後ろにいるだけなのだ。

「うるせーな、自分で確認すればいいだろーが!」
「お前ちょっとくらい見てくれてもいいんじゃねーの!?」
「なら綾野が見れば万事解決だ!」
「そうか、刹希見てくれ!」

土方が先ほどの「刹希は幽霊全然怖くない」発言を思い出してか、そんなことを言ってくる。
銀時も言ってくるが、心底このビビりのために状況説明するのが嫌だった。
意地悪どうこうのレベルじゃない、男なら普通に振り向いてみろという話だ。

「どーでもいいから手離してくれません?痛いしいい加減逃げるの疲れた」
「オイぃぃ、銀さんのピンチぃ!!幼馴染として助けようって気はないの!?」
「もういいじゃん、ちょうどいいから幽霊慣れしなよ、コレで」

銀時の助けの声を一刀両断する刹希。
銀時は刹希に見捨てられたというショック感でいっぱいだ。
コイツ本当に尻に敷かれてるなと横で見ていた土方は思うが、やはり刹希は今回違った意味で当てにならないことを再認識する。
ここは癪に障るが横にいる男をどうにかせねばなるまい。

「やっぱりお前が見りゃいいだろーがァァ」
「てめーが見ろよ!ビビリか!?怖くて振り向けねーんだろ!?」
「はァ!?見れるしー普通に怖くねーし!!」
「じゃあ、せーので二人同時にふりむく、いいな!?絶対見ろよ!?」
「お前こそ絶対見ろよ!裏切るなよ!絶対見ろよ」
「もーなんでもいいからいいから早く見ろよ」
「「ハイ、せーの……」」
「「……こ、こんばんは〜」」

振り向けば、やっぱり目の前には大きく口を開けて目を向いている女がいた。
刹希は空いている手で片耳に指栓をして、横から飛び出す絶叫のために対処するのだった。



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