同級生 1

 私はそのひとをいつも、高峰君と呼んでいた。


    ×


 どうだった、同窓会、と聞き慣れた声が降ってきて、どう答えようか迷った。目を擦り、小さく唸って霞みがかった記憶をたどる。少し、飲み過ぎたかもしれない。
 仲が良かった子やらは来ていなかった上、かなり遅れたものだから行ったころにはほとんどみんな出来上がっていてやたらにテンションの高い元クラスメート達に合わせて飲んでいたら予想以上に帰りが遅くなってしまったし、おまけに帰り道で家の鍵をなくして寝ていた同居人を電話で起こさなければいけなくなった。──つまり。

「……あんまり楽しくはなかったね」

 起こされた同居人であるところの彼は呆れたように笑う。「五年ぶりだったんだろ、もっと何かないの」。真夜中に玄関の鍵を開けるためだけに起こされても文句一つ言わない彼には友達がたくさんいる。同窓会や何かがあると楽しそうに出かけて、楽しかったよと帰ってくる。だから少し、似ていたと思う。あぁ、と私は、思い出して言った。

「初恋の人に会ったよ」

 へぇ、と彼がうなずく。こんな話を始めても面倒臭がらず相槌を打つところも、きっと似ているのだろう。

「どんな感じだった?」
「……子持ちになってた」
 彼は心底おかしそうに笑った。
「そりゃ、そんなになるまで飲みたくもなるかもね」


    ×


 高峰君に会ったのは、同窓会の酒臭い席ではなく、駅へ向かう途中にある公園でのことだった。
 ふと視線をやったそこでまず目に入ったのは、黒い髪を長く伸ばした女の子の後ろ姿だった。白いワンピースの裾を踊らせて父親らしい男性に駆け寄り、小さな声で何事か言いながら手に持ったものを差し出す。その様子を、その時は何気なく視界に入ったほほえましい光景として見ていた。驚いたのは女の子に対してかがんでいた男性が体を起こした時だ。あれ、と思った。どこか。誰か、に。似ているような、と目を凝らした時、男性が女の子の手を取って顔を上げた。
 ……目が合って、小さく開いた口が「あ」と音を出して、私はやっとその男性が、高峰清隆だったことに気がついたのだ。しばらくして、「なるみさん」と、『高峰君』の口が動いた。

 私はそのひとを高峰君と呼んでいた。そのひとを高峰君と呼ぶのは、おそらくクラスで私だけだった。高校のころ私がいたクラスには、高峰という苗字の生徒が二人いたからだ。しかも片方は高峰清志で高峰君が高峰清隆だったものだからどう呼ぶにも区別するのに難しく、初めに高峰ツーとか適当すぎる呼び方をされていたのがなじんでしまった上に略されて、最終的にクラスのほとんどの生徒が高峰君を『ツー』か『ツー君』と呼ぶようになっていった。──私が高峰君をそういう風に呼んだことは、たぶん一度もなかったと思う。意識して呼ばなかったというのではなく、呼べなかったという方が正確なのだけれど。
 これといった接点もなくそうそう話す機会もなかったから、タイミングを掴めないままなんとなく高峰君と呼んでいたら卒業してしまって、その後今日に至るまで会ったりすることもなく(そもそも連絡先すら知らない)、なんとなく、五年。高峰君は、ただ五年分の若さだけを十八の頃に置いてきたような目をしていた。

「……高峰君」

 五年ぶりに呼び名を口に出すと、現実感がぐんと遠のくのがわかった。久しぶり、と言った高峰君は自身の服の裾を不安げに引っ張った女の子に思い出したように笑いかけ、その頭にぽてんと手を置く。そうして私に笑った。

「あ、この子はリコ。高峰、莉子」
 高峰。
「親戚の……お嬢さん?」
「いや、俺の」

 私の表情を見た高峰君は眉を八の字にして「俺のっていうか」と言い直す。首の後ろに手をやり何か思案しているらしい間、女の子──莉子、ちゃんの頭に乗せられた手はずっとわしゃわしゃと動かされていた。莉子ちゃんは嫌そうに眉を寄せている。綺麗な子だ。……まともに見ると、びっくりするほど。
 高峰君の、娘さん。
 見れば見るほど信じがたかった。

「……正確には俺の子どもってわけじゃなくて」
「え?」

 ぽつりとこぼされた言葉に視線を戻すと、高峰君は困ったように笑った。鳴海さんなら、いいかな。
 そんなことを言って。


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