雨を見たかい 1/2



 差し出された傘は、黄色い、小さなものだった。

 どしゃ降りの雨、昇降口の中。突然視界に割り込んできたそれを視線で辿ると、持ち主らしい女子と目が合う。いつのまにいたのか、背の低い、たぶん茶髪の──後輩。上履きの爪先、学年別の色でそう判断する。
「……どうぞ」
 黙って見つめられているのが嫌なのか顔をしかめ、俺に傘を差し出したまま微動だにせず彼女は言った。この子、誰だろう、なんて当たり前の疑問が脳裏をよぎる。何でこんなことしてるんだろう。なんだか気味の悪い状況だった。
「君のじゃないの?」
 指差して訊ねれば口をとがらせる。
「私のものです」
 もっとましなことは言えないのか、とでも言いたげだった。何か申し訳なくなって質問を重ねる。
「なんでくれるの」
「傘がないんでしょう」
「だって、君は?」
「いいんです」
 もう、と今にも自殺しようとしている人のような口調で彼女が言ったとき、ぽたりと床に雫が落ちた。彼女の髪の毛からだった。はっきり見えなかったけれど、たぶん、ブレザーの肩のあたりまで濡れている。
 紺色のはずのそこは真っ黒くて、電気の無い昇降口で彼女は首だけ浮いているようにも見えた。赤いネクタイが血みたいだ。──でも、彼女は上履きで、ハイソックスは乾いている。ように見える。はじめに思ったよりもずっと異常な展開だということに気づいた。
 もう濡れてるし、困ってるみたいだから、いいんです。彼女はまたそう言って、俺に傘を押しつけて、開け放たれた扉から出て行こうとしてしまう。ざぁざぁと雨が降っている。雨の中に細い背中が透けようとする。俺は手を伸ばしていた。

 彼女が振り返った。

 つかんだ手首が思いの外細くて俺は呆然としていた。彼女はぎょっとしたように目を見はって俺の顔を凝視する。黒い目に映った俺は馬鹿みたいに呆けた表情だった。
「な」
 なに、と言うはずだったのだろう彼女の声にかぶせて言う。
「君がささないならいらない」
「は?」
 彼女が振り向いたあたりから頭は真っ白だった。口説き文句のようなことを言っている自分がものすごく恥ずかしかった。響きだけだけれど。



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