コーリング 2

 実のところ私は、私の病気の正体が一体何なのかということを知りません。そもそも病気なのかどうかもわかっていません。何かしらの事故などがあって回復後に残った障害なのかもしれないし、あるいは精神的なショックから起こった何かなのかもしれません。とにかく私はある時を境に記憶を無くしていっているのだそうです。

 週に一度家族や友人だという人達が私と津崎カケルの住む家に訪れます。私の寝室の本棚にはアルバムがたくさん積まれているので、私はそのアルバムにいくつか目を通してからその人達を迎えます。アルバムでしか見覚えのない人も、まだ名前や思い出を鮮明に覚えている人もいます。そういう人がいると覚えている思い出から少しだけ『私』を辿れたりします。面会はそんなに長い時間できませんが、彼らと会話していると時折無性に懐かしくなったり、今まで忘れていた過去の記憶と思われるものが脳裏をよぎったりします。どちらにしろ──あるいはそのどちらも起こらなくとも、彼らと話していると心がとてもあたたかくなるので、私は週末になると必ず本棚へ向かいます。たまにそのことを忘れると、津崎カケルがきちんと教えてくれます。「カナタさん、明日はご家族がいらっしゃる日ですよ」。

 津崎カケルは私の世話をしてくれている青年です。見た目には私よりも年下と思われる彼と私の関係はよくわかりません。どうやら家族ではなさそうだし、医者にしてはあまりに若く、そして治療と言えるような行為をしません。私の家族とは儀礼的な言葉しか交わしていないところを見ると特別に親しかったわけでもないのではないかと思います。けれども彼が私をカナタさんと呼ぶので、私は津崎カケルのことをカケルさんと呼んでいます。世話をしてくれている人に対してこちらだけ距離をとるのもよくないだろうと思うのです。
 津崎カケルは話す時いつも穏やかな敬語を使います。私は彼の言葉のゆっくり具合が好きです。彼の紡ぐ言葉はいつでも美しい音となって私の耳に届きます。丁寧な口調なのに相槌を打つ時は「はい」ではなく「うん」であるのも好ましく感じられるのです。かえってその柔らかな物腰に似つかわしくて、なんだかかわいらしいと思います。
 私が近しい人や今まで行っていたはずの習慣、それに大切な約束などというものを忘れると彼はその声をもって私に教えてくれます。


「私が私を忘れてしまうその瞬間に私の名を呼ぶのが、カケルさんであることを願いたいです」

 ある時ふと、私のこの病気(だと思うことにしているのです、よくわからないから)について考えていたら悲しくなってそうこぼしたことがあります。私は基本的には自分の置かれた状況を気楽に生きていると思います。それはおそらく津崎カケルが心を砕いてそう生きられるように私の周りを整えてくれているからできることなのでしょう。それでも、家族や友人が帰った後だとか知らない名前から手紙が来た時だとか、それから津崎カケルに対して申し訳なく感じた時だとか、そんな時にはどうしようもなく泣きたくなったりします。
 彼は私にとってどんな人間だったのでしょう。よく考えると彼のパーソナリティを私はいっさい知りません。知らないのではないのかもしれないという可能性が、私には苦しいのです。……だって、もしかしたら昨日までは覚えていたのかもしれないのに。

 津崎カケルは私に笑いかけて「大丈夫だよ」と返しました。敬語ではない彼の言葉はどこか耳に懐かしいものでした。
 何がですか、と私は当然、問います。

「僕はずっとカナタさんを呼び続けますし、忘れても、また教えますから」

 津崎カケルはにっこりと笑いました。その屈託のない笑顔を見て、私は安心すると同時にやはり疼くような悲しみを抱きました。安心したのが『彼と私は本当に何でもない関係だったのかもしれない』と思った故だったものだから、そうでなかった場合の彼の立場というものを余計に酷なものに感じたのです。
 何もかもを忘れてゆく人のそばにいながらあんな風に笑えるのは、たとえば彼のしていることが単なる仕事であった場合くらいしか思いつきません。私に思い入れがないならいいのです。そうでなければ、……津崎カケルは何を思いながらあの笑顔を浮かべ、あの台詞を言うというのでしょうか。全ては想像の域を出ないものです。


 ──こんなこともありました。


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