同級生 

 高峰君は高校時代、とても人気があった。爽やかという言葉がこれ以上なく似合うような容姿と性格をしていて、バスケ部のレギュラーで、誰にでも優しかった。当然友達はたくさんいたし、当然、女の子からもとても好かれていた。誰に告白されたの誰が『ツー君』を好きらしいのという話は散々聞いたものの女の子と歩いているところなんかは見たことがなかったし、そういう噂も聞かなかったけれど。……そうだ、高峰君は誰とも付き合ったことがなかった。そしてそれがどうしてなのか、誰も知らなかった。
 高峰君がそういう時に使う決まり文句は、『今は忙しくてそういう暇がない』というようなものだったと聞いていた。部活を引退してからもどんな子に対してもそうだったからか、みんなもうそういうものだと思っていたようで、それを疑問視する声を聞いたことはない。だから、告白すらしなかったような子も、たくさんいたのだろうと思う。私だって、似たようなものだった。

「俺さ、高校の頃……えっと、結構好かれてた、よね」

 気恥ずかしそうに高峰君が言う。私はジャングルジムへと走っていく莉子ちゃんから視線を離さずにうなずいて、先を促した。

「追及されると説明が面倒だから一度も言ったことなかったんだけど、ずっと好きな人がいたんだ」
「──、」
「年上の、いとこでさ」

 思わず目を向けると、高峰君は懐かしそうに目を細めた。「橘透子っていうんだ、俺は透子さんって呼んでたんだけど、莉子のお母さん。すごく綺麗なひとだった」

 莉子は透子さんそっくりだよ、──という言葉が、ひどく幸せそうに私の耳の中で響いた。

「俺の母さんと透子さんのお母さん、まあ俺の叔母さんか、年子の姉妹の割にすごく仲が良くて。俺と透子さんは母さん達が遊ぶついでで小さい時からしょっちゅう会ってたんだ。……小さい時っていっても、透子さんは俺より結構年上だったけど」
「いくつなの?」
「今、三十くらいかな。……どう話したらいいのかわかんないな……年上っていうのは、生きてたら、の話でさ」
「え?」

 迷うように、数秒、目蓋が下ろされた。しばらくしてふっと息をついた高峰君は、遠くを見るように目をすがめて口を開く。

「莉子がまだ一歳にもなってないくらいの頃に、旦那さんと一緒に事故で亡くなった。俺が高三の時。色々ショックでその時は何も考えられなかったけど、大人になったら莉子を引き取ろうってことだけはずっと思ってた。……形見とかそういうのじゃないけど、なんつーか、無くしたくなかったんだろうな」
「……高三?」

 全然、そんな様子なかったのに。私の表情で言わんとしていることがわかったのか、高峰君はからりと笑って言った。

「案外、なんとなく生きて来られるもんだよ。──騙しだましね。鳴海さんとよく話したの、あの頃だったの覚えてる?」
「え」
「ほら、図書館で」
「……あぁ、そっか。秋くらいだったかな」

 手を小さく叩いて、私は少し笑った。唯一高峰君と接点を持つことができた頃の話。思い出すと今でも、自分が抱いていた控えめな──高揚感、とでも言うのだろうか、そういう感情がよみがえる。二人で話ができるということだけで、楽しかった。


『……高峰君、小説とか読むの?』
 何度思い出しても失礼な言葉だと思う。しかも相手は仲が良いというわけでもなかった男子で、なおかつ自分の好きなひとで。高峰君は怒りもせずただ笑った。『意外でしょ』。いたずらっぽい笑みだった。その珍しい表情に、あわてて首を横に振ったのを覚えている。

『何、借りるの?』
『……うーん、笑わないでほしいんだけど』

 口元の笑みをひっこめてちょっと照れくさそうにそう言い、高峰君は手にしていた文庫本の表紙を見せてくれた。……夏目漱石の、「こころ」。申し訳ないけれど、私は普通に笑ってしまった。

『ちょ、笑わないでって……』
『ご、めん、意外っていうか……でも、恥ずかしそうにしすぎだよ』

 すねたように背を向けた高峰君に、口元を抑えて私は言う。変なの。なんだか、一気に仲良くなったみたいな、感じ。
 高峰君は私の方に向き直ると、片手で頭をかいて、そのままちょっと笑った。似合わないのはわかってるんだけどさー。とかなんとか言った後に、頭にやっていた手を口元へ運んで、人差し指を立てる。

『他の奴らには内緒ね』

 一瞬言葉に詰まって、うなずきながら、変なの、と思ったのを覚えている。高揚感のようなもの。人は、特別という意識にひどく弱いことを後に知った。


 それ以来、図書館で高峰君に会うことが多くなった。高峰君は最初の時と同じ古典文学の棚をよく行ったり来たりしていて、私は自分の好きな本をすすめたり、逆にすすめてもらったりしながら、知っている人は相当少ないであろう高峰君の意外な一面を見ていた。お互いに待っていたわけでも約束していたのでもなかったけれど、私は古典文学の棚の近くを歩くとき、自然と高峰君の姿を探すようになっていった。今でも、習慣でさっと目を走らせてしまうことがある。いるはずのないようなところでも。


[back]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -